4-1「インターセプト」
本当は3話分で続くけて書く予定の内容でしたが、長くなりそうな感じなので4話として分けます
4-1「インターセプト」
《あー、曹長殿? それと、候補生たち。盛り上がっているところ、誠に申し訳ないのですが》
マードック曹長の「ベルラン」と、再度の模擬空戦に突入しようという僕らが意気込んでいるところに、言葉通り申し訳なさそうな口調の無線が水を差した。
《カルロス軍曹? どしたい、エンジントラブルか? 》
《いえ、機体は問題ありません。ただ、フィエリテの防空指揮所から緊急の要請がありまして》
《防空指揮所から? 》
《はい。所属不明機が1機、時速400キロメートル以上、高度6000、進路0で北上中につき、こちらで確認し、誘導の上、着陸させよと。従わない場合は威嚇射撃も許可すると言って来ています。最終捕捉地点はフィエリテの東30キロ。我々への進路指示も受信しています》
《高度6000に所属不明機? ぁぁ、何て間の悪い! 他の機は間に合わないのか? せっかくひよっこどもがやる気を出しているんだぞ》
《我々の他に、間に合う機体は無いそうです》
《……。チッ、仕方がない。おい、ひよっこども、悪いが模擬戦は無しだ!》
マードック曹長の言葉に、僕は落胆せざるを得なかった。
名誉挽回のチャンスが、貴重な経験を積む機会が、消えてしまったのだ。
だが、止むを得ないことだろう。
所属不明機がフィエリテの東で目撃され、北上中ということは、つまり、領空侵犯が行われているかもしれないということだ。
しかも、僕らの首都の、目と鼻と先にいるのだ。
その正体を明らかにしなければならない。もし、仮に、こちらに何らかの害意を持つ存在であれば、被害が出る前に阻止しなければならないからだ。
それが、そもそも、僕らの本来の仕事だ。
所属不明機がいったいどこの誰かは、確認してみるまでは分からなかったが、もしかすると、連邦か帝国の飛行機かも知れない。
実際、以前にも似た様なことがあったのだ。連邦と帝国の戦争はアルシュ山脈を越えた向こうで行われていて、王国は中立を維持して戦争とは無関係を貫いている。とはいえ、航法ミスや、空戦中に敵機に追われて、といった理由で、連邦や帝国の軍用機が、王国の空に迷い込んだのは1度や2度ではない。
王国の領空を侵犯した機体には、爆装したままの機体もあった。うっかり手違いで王国の空で爆弾を落としたり、墜落したりされてはたまったものではないし、王国の空で連邦と帝国の空中戦でも起こってはたまったものではない。
中立、中立と一口に言っても、それを実際に維持するには、やらねばならないことがいろいろある。
王国の上空に、連邦だろうと帝国だろうと、無断で侵入してくることは、王国の主権を明白に侵害する行為だ。それを阻止する意思なり実力なりを王国が示さなければ、まかり間違えばその状態が繰り返されることになりかねない。
いつでも不測の事態に備えているぞと、相手に見せることも僕らの任務の内だ。
もちろん、現状では、相手が軍用機であるとまでは断定できない。無許可で飛行している民間機かも知れないし、何らかの理由で遭難しているのかも知れない。
どちらにせよ、確認する必要があるのには違いなかった。
《あばよ、ひよっこども! 》
《では、これで失礼します》
2機のベルランのパイロットは短く別れの挨拶を済ますと、翼を並べ、バンク角をピタリと揃えながら旋回し、高度6000をめがけて登って行った。
陽光を反射して翼がきらめき、あっと言う間に遠ざかっていくその姿は、何とも勇ましく、頼もしく見えた。
《……えっと、中尉殿? どうしましょう? 》
小さくなっていく機影を見送った後、僕らを代表して、ジャックがレイチェル中尉にお伺いを立てた。
僕らのあずかり知らないところで中尉が立てた計画では、今日の訓練予定は開発中の新鋭機、ベルランとの模擬空戦であったはずだ。
だが、所属不明機の出現で、その計画は流れてしまった。
このまま帰還しても構わなかったが、まだ燃料には余裕があるし、何より、僕らは不完全燃焼だった。
せっかくやる気を出した所に、邪魔が入ってしまったのだ。
《あー、そうだな……。おい、ミーレス》
《はい、中尉殿! 》
急な呼びかけだったが、僕は即座に答えることができた。
何となく、そんな予感がしたのだ。
《残りの燃料で飛んでいられるのは何分だ? 予備燃料も含めて何分飛べるか出せ。空戦用の燃料は空戦用で計算しろ。それと、ちゃんと着陸分は省いて出せ》
まただ。
また、中尉は、僕を指名してくる。
どうして、いつも僕ばかりに質問してくるのだろう?
僕は不満に思ったが、そんなことにかまってはいられない。返答が少しでも遅ければ中尉は機嫌を損ね、面倒なことになる。
僕は腕時計を確認し、ザックリと計算する。
《空戦20分、巡航速度で110分です》
《おーし、まぁ、そんなところだろう。たっぷり余裕があるわけだ》
中尉は普段通りの口調のままだ。
良かった。
僕の計算は合っていたらしい。
もちろん、自信はあったが、それでも、心配でドキドキするものだ。
《という訳で、あたしからの提案はこうだ。……歴戦の大先輩方の仕事ぶりをじっくり見学させてもらう。どうだ? 》
《中尉、高度6000ですよ? 難しくないですか? 》
中尉の提案に、異論を唱えたのはアビゲイルだ。
僕からすれば、にわかには信じられないような行為だ。
あの中尉に異議を唱えられるなんて!
さすがは、中尉の実の親戚といったところか。アビゲイルの肝のすわりようを僕も見習いたい。
《アビー、よく考えろ? 別にあたしらまで高度6000に上がる必要は無い。あたしの機はともかく、お前らの機は6000だとかなりきついからな。酸素マスクはあるが、そもそも操縦席が密閉されてないだろうが。下から見上げりゃいいのさ》
中尉の言う通り、僕らの乗っているエメロードは、操縦席が密閉型ではなく、正面に風よけのキャノピーが置かれているだけで、身体は風に吹き曝しだった。
視界は非常にいいし、風を体感できるので僕は気に入っているのだが、今の高度から3000も上がっていくとなるといろいろと都合が悪い。
想像するだけでも身体が震えそうになるほど、高度6000は寒いに違いない。僕らはせいぜい4000まで上がったことがある程度だが、容易に想像はつく。
パイロット用の飛行服には電熱線が仕込まれており、今も作動して僕らを適度に温めてくれてはいるが、高度6000まで上がってはさすがに能力不足だろう。
エメロードは素晴らしい飛行機だが、この点、やはり旧式と言わざるを得ない。
《そういうわけだから、お前らは別に心配しなくてもいい。ただ、現場が実際にどんな風に仕事してるのかを見りゃいいんだ》
悪くないかもしれない。
いや、嘘はよそう。
とても魅力的な提案だった。
中尉の提案に、僕らは、それ以上異論を唱えなかった。
僕らは中尉の提案に飛びつく様に、次々と了解の意を告げた。
《よォし。お前ら、あたしが先導してやるから、しっかりついて来な! 》
中尉はそう言うと、機首を、マードック曹長たちが飛んでいった方角に向けた。
僕らも、翼を揃えて旋回し、その後に続く。