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15-5「南へ」

15-5「南へ」


 僕ら301Aが南へと移動する準備は、思ったよりもずっと簡単に終わった。

 以前僕らが駐留していたフィエリテ南第5飛行場から移動した時に比べると、本当に短い時間で準備が終わった。忙しくなるだろうと覚悟していた僕は拍子ひょうし抜けした思いだった。


 というのも、今回の移動はほとんど人員だけで、301Aで使っていた機材はそのままフォルス第2飛行場に置いて行くことになったからだ。

 僕らが使っていた機材は元々よく管理されて整理整頓されていたし、機体の整備も良好で、改めて何かをしなければならない様なことはほとんどなかった。

 まとめるべき荷物がせいぜい個人の所有物くらいになってしまったのだから、移動の準備が簡単に済んでしまったのも当然だ。


 どうして僕らが使っていた機材をほとんど置いて行ってしまうかと言うと、補給線に過度な負担をかけない様にという配慮からだった。

 以前に計画されていた南への移動では機材と一緒に動く計画となっていたが、軍の上層部では、その一件で補給線に多くの負担がかかったことに学んだらしい。

 機材と人員を分け、使える機材は前線の部隊にそのまま使い続けてもらう方がずっと補給線への負担が少なく、移動も早く終わるという考えだ。


 それに、僕らは移動した先で新しい機体を受領することになっている。

 まだ詳細は知らされていないのだが、新型機であるらしい。


 新型機ということは、現在僕らが保有している機材、例えば予備部品などといったものは恐らく互換性が無い。

 もちろん、新型機と言っても単純にベルランの改良型である可能性は高かったから、全く互換性が無いとは言い切れないかもしれない。だが、使えないものの方が多くなるだろう。


 要するに、僕らは新天地で一から部隊を作り直さなければならないということだった。

 僕たちパイロットも、整備班たちも、新しい機体の扱いを基本から習得し直さなければならなかった。


 そのことを思うと少しだけ気が重くなったが、そんなことよりも、ワクワクとした感覚の方がずっと強かった。


 新型機。

 新型機に乗れるのだ。


 例えそれが全くの新型ではなくベルランの改良型であったとしても、これまでのものより性能は向上しているはずだった。

 そんな最新鋭の機体に、実戦部隊の中では恐らく、僕らが最初に触れることになるのだ。

 期待せずにはいられなかった。


 それに、南へ向かう旅路も、僕にとっては楽しみなものだった。


 まず、僕らは列車で南下し、王国南部の港湾都市であるタシチェルヌ市へと向かう。

 そこから船に乗りえ、海を渡って、かつてオリヴィエ王国の首都であったクレール市へと至る。


 僕は機関車が好きだった。

 蒸気を吹き出し、力強く列車を引いていく。

 そんな列車に乗って旅をするのは、いつでも楽しみなことだった。


 しかも、僕は生まれてからずっと、海というものを見たことが無かった。

 タシチェルヌ市出身のアビゲイルから話には聞いているが、その色やにおい、よせては去っていく波というものがどんなものなのか、僕は想像することしかできなかった。

 絵や写真で見たことはあったが、それでも、本物がどんなものなのかは、実際に触れてみないと分からない。

 その本物を見ることができる上に、船という、水の上に浮かぶ乗り物にも、生まれて初めて乗ることができるのだ。


 正直に言うと、船に乗ることについては不安なこともあった。

 まず、第一に、僕は泳ぐことができない。足のつかない水に近づくだけでもちょっと怖い。

 そして第二に、船がどうして水の上に浮いているのかが分からない。


 木や葉っぱが水の上に浮くということは僕も知っているが、アビゲイルによると、人を乗せて運ぶ船の多くは鋼鉄でできているのだそうだ。

 木製の船もあるが、それは魚を取ったり、簡単な雑用をしたりするような小さな船に多く、今回の僕たちの様に大勢を乗せて運ぶ船はまず鋼鉄製なのだそうだ。


 確認するまでも無いことだが、鉄は水に沈む。

 僕が沈んでしまうのだから、僕よりも重い鉄が沈まないはずが無い。


 僕は出発の前日、鉄でできている船がどうして浮かんでいるのかさっぱり分からないし、本当に大丈夫なのかとアビゲイルに確認してみたのだが、彼女はその時とても不思議そうな顔をした。

 彼女にとっては、木製だろうと鉄製だろうと、船である限り浮かぶのは世界のことわりであり、らぐことの無い常識であったらしい。


「それより、あたしは飛行機が飛んでいることの方が不思議だよ」


 アビゲイルはそう言うと、事故でもあって船の中に水が入って来なければ何も心配いらないよと、僕の心配を笑い飛ばした。


 彼女がそう言うのなら、きっと、そうなのだろう。

 それに、言われてみると確かに、飛行機が飛んでいることの方がずっと不思議な様な気がする。

 飛行機は揚力と呼ばれる力で飛んでおり、パイロットコースの教育課程で基礎的な原理は学んでいるのだが、字面じづらでは覚えていても、その現象を僕は完全に理解しているとは言い難かった。


 そんな僕があーだこーだと考えているよりは、本物を実際の目で確認した方がずっと確実だろう。

 そして、僕らはとうとう、南へと向かって移動を開始した。


 フォルス市からタシチェルヌ市へと向かう列車に乗るために駅へと向かった僕らを待っていたのは、見たことも無い姿をした機関車に牽引けんいんされた列車だった。

 僕は王国の主要な鉄道網の結節点だったフィエリテ中央駅で、王国の幹線鉄道を走っている機関車は全部見たことがあるはずだったが、その機関車は本当に見覚えがなかった。


 その正体は、カイザーが知っていた。

 その機関車は王国が新しく開発したり、敵から鹵獲ろかくしたりしたものなどではなく、元々は王国を東西に貫く南大陸横断鉄道の花形特急列車を牽引けんいんしていたグリズリー型蒸気機関車なのだそうだ。


 だが、グリズリー型蒸気機関車と言えば、空気抵抗を減らすために作られた美しい流線形の機関車であったはずだった。

 その日僕らが乗ることになった列車を牽引けんいんしていたのは、どう見ても流線型のボディなどではなく、他の機関車と同じ様に車体の上に大きなボイラーが乗っている武骨な形をしていた。


 カイザーの説明によると、あの流線形をしたボディは実際にはカバーの様なもので、そのカバーを取り払ってしまうと普通の機関車とあまり変わらない見た目になってしまうのだそうだ。

 そして、カバーを取り払ってグリズリー型蒸気機関車が運用されているのは、この戦争のためであるらしい。


 高速で長距離を走行する際には流線形のカバーが有効に働き、その性能発揮に役立っていたのだが、前線への補給物資を運ぶような貨物列車を牽引する際にはあまり速度を出せないため、流線形のカバーは重りにしかならないのだそうだ。


 僕はカイザーの博識に感心させられたが、同時に、残念でもあった。

 あの流線型でいかにも速そうなグリズリー型蒸気機関車が、普通の機関車みたいな見た目で、特別でも何でもない列車を引いているなんて。

 王国の鉄道の顔として華々しい活躍をしていたことを思うと、あまりにも寂しかった。


 見た目は変わってしまっていたが、しかし、中身はグリズリー型蒸気機関車であることには変わりがなかった。

 流線型のあの美しいボディでないことは残念だったが、僕はずっとグリズリー型蒸気機関車が引く列車に乗ることを密かなあこがれとしていたから、嬉しかった。


 もちろん、牽引している列車は、南大陸横断鉄道の花形特急列車用の豪華なものではなく、普通の客車と貨車だったし、他にも運航されている列車との関係で速度も一般の列車と同じものだった。

 だが、それでも、僕にとっては楽しい旅路になった。


 何しろ、仲間たちと一緒だったからだ。


 僕らは二等席の対面式座席に、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4人で腰かけ、楽しくおしゃべりをしながら旅を楽しんだ。

 以前も、こんな風に新型機を受け取るために列車に乗ったことがある。あの時は三等客車で椅子の座り心地も悪く、僕らの関係もギクシャクしていたので居心地が悪かったが、今回は二等客車で前よりも座席に余裕があり、僕らの関係にも問題が無い。


 僕らの部隊のマスコットであり、愉快な友達でもあるブロンも一緒で、クワッ、クワッ、とにぎやかに鳴いている。

 彼は本来貨物車両に乗せられるべき「荷物」だったのだが、それではかわいそうだとライカが言い出し、鳥籠とりかごに入れられたまま僕らの足元に置かれることになった。

 やはり以前よりも太ったためか、鳥籠とりかごの中は少し窮屈きゅうくつそうだったし、持ち上げるとずっしりと重く、彼の世話役として運搬を担当した僕はちょっと苦労させられた。


 それでも、彼がいてくれるおかげで僕らの雰囲気はより明るく、おしゃべりもより楽しいものになった。

 ブロンも貨物車両の中に1羽だけで押し込められているよりも僕たちと一緒にいられる方が嬉しいらしく、元気に鳴いている。


 列車は何時間もかけて走り続け、やがて、タシチェルヌ市へと至った。

 列車がカーブに差しかかると、車窓の向こう一面に青が広がり、アビゲイルが「あれが海だよ」と教えてくれた。


 僕は興奮して、思わず立ち上がってしまった。

 仲間たちからは笑われてしまったが、僕にとってそれは、生まれて初めて目にする光景で、とても素晴らしい出来事だった。


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