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15-3「診断」

15-3「診断」


 僕は、僕の仲間たちの側に戻ってくることができた。

 僕がいなかった間にも仲間たちは1人も欠けることが無く、僕はそのことがたまらなく嬉しかった。


 仲間たちも、僕の生還を喜んでくれた。

 僕が301Aの下に戻ったその日の晩、仲間たちは僕の生還を記念して、ささやかなパーティを開いてくれることになった。


 パーティと言っても、大げさなことはできない。

 カルロス軍曹を歓迎した時と同じように手に入るものを集めて、みんなで集まって食べたり飲んだりしながら、おしゃべりを楽しむだけだ。


 話題は、当然の様に僕にかけられた高額の賞金のことになった。

 何しろ、一生豪遊しながら暮らしても余るほどの金額なのだ。

 みんな、冗談交じりに賞金があったらこう使いたい、ああしたいなどと話し、僕のことをからかった。


 それから、僕が不時着してから、ここに戻って来るまでの話をした。

 不時着した場所が偶然、僕の故郷であったことや、故郷の街で父さんと再会することができたこと。シャルロットやゾフィに助けられ、そして、連邦によって僕が政治利用されることを防ぐために、生かされたこと。

 ゲイルの死と、戦場のただなかに取り残された神父たちの話。

 僕が仲間たちと離れていたのは1週間ほどでしか無かったが、本当に、いろいろなことがあった。


 仲間たちは僕の話を聞きたがったが、僕としては、仲間たちがどんな風に過ごしていたのかに興味があった。

 僕がそれについてたずねると、仲間たちは交代しながら、その間にあったことを教えてくれた。


 僕が不時着してからも、当然のことだが、301Aは毎日の様に出撃を続けていた。

 301Aは反攻作戦の開始当初、フィエリテ市周辺の連邦空軍施設への航空撃滅戦を支援するため、フォルス市からフィエリテ市まで往復するという僕らにとっての長距離進出任務に就いていた。

 だが、その後は主に、戦場上空の戦闘空中哨戒任務が担当だったそうだ。


 これは、フィエリテ市への長距離進出を行ったその1回の出撃だけで、僕らの部隊だけでなく、他の部隊でも何機ものベルランが航法のミスや戦闘による燃料の消耗しょうもうなどによって不時着を余儀よぎなくされ、戦闘機部隊に長距離進出を続けさせることは難しいという判断がなされたためである様だった。


 戦争になる以前は、日ごろの訓練と地上からの管制支援によって王国の戦闘機はフォルス市からフィエリテ市程度であれば十分往復して作戦できると考えられていたのだが、実際にやってみると難しかったということらしい。


 開戦当初に受けた大損害の結果、王立空軍では熟練パイロットが不足し、僕らの様なパイロットコース未了の雛鳥ひなどりを前線に投入しなければならないありさまだった。

 しかも、王国の国土が戦場になってしまったため、戦前から構築されていた地上から航空部隊を管制するシステムが損なわれており、十分に機能しなかった。


 こういった事情から301Aを始めベルランを装備する戦闘機部隊はフィエリテ市への長距離進出任務を外され、より行動範囲の狭い場所での任務に割り振られることになったらしい。


 フィエリテ市の連邦空軍施設に反復攻撃をかける爆撃機部隊の護衛は、航続距離の延伸のために改良されたエメロードⅡ装備の戦闘機部隊の担当になった。

 必要が無くなれば投棄できる外装式の落下タンクを装備できる様に改造され、エンジンの出力を向上させるなどして全体的な性能が改善された改良型はエメロードⅡC型と呼ばれ、一部の部隊で先行して運用が開始されていたものであるらしい。


 ベルラン装備の僕らの部隊は主要な任務から外されてしまったように思えるが、実際のところの忙しさはあまり変わりがなかったなかったということだった。


 連邦空軍は王立空軍からの航空撃滅戦を受け、大きな損害を被って活動量を低下させていたが、それでも、全く飛んでこないわけでは無かった。

 むしろ、王立軍の前進を阻むためにフィエリテ市周辺の防空に必要な戦力を割いてでも対地支援任務を優先している様な感触さえあったそうだ。


 交戦の生じない日もあったが、高い頻度で301Aは敵機と遭遇そうぐうすることになったらしい。

 出会った敵機の全てを撃墜できたわけでは無かったが、それでも、仲間たちは着実に戦果を得ていた様だった。

 僕がいなかった間に、僕と同期であるはずのジャックやアビゲイル、ライカたちと、撃墜スコアの差が開いてしまっている。

 悔しくは無かったが、仲間たちに負担をかけた分、これから少しでも頑張って埋め合わせをしたいと思った。


 僕らはいつまでも話していたかったが、仲間たちには次の日にも出撃任務が割り当てられており、あまり遅くまで起きていることは良くなかった。

 敵機に撃墜された理由が寝不足だなんて、そんなのは少しも笑えない。


 翌日。僕は出撃する仲間たちを、整備班と一緒に見送った。

 僕としてはその出撃に同行したいという気持ちだったのだが、王立空軍では現在、稼働機を全て出撃させている様な状態であり、僕が乗ることができる予備機など、どこにもありはしなかった。


 せっかく生きて仲間たちのところに戻って来たのに歯がゆい限りだったが、これは、仕方の無いことだ。

 それに、僕にやっておくべきことが何も無いわけでは無かった。


 僕は、一応、怪我人だ。手首に負わされた怪我がまだ治りきっていない。

 故郷の街でゾフィに治療してもらうことができたが、その後も無理をしなければならなかったせいもあって、まだかすかに痛みが残っている。

 僕は問題なく任務に臨めると思っていたが、基地の軍医に見てもらって、正式に任務に復帰できる様にきちんと診察を受けて来る様にと、ハットン中佐から命じられている。


 だが、軍医による診察の結果、僕は当面の間任務に復帰できないと診断されてしまった。


 僕はショックだった。何とか軍医に頼み込み、すぐにでも任務に就けるという診断結果に変えてもらおうとしたが、軍医は頑なだった。

 軍医によると、僕の手首の骨には、ヒビが入っていたらしい。

 ゾフィも同じ様なことを言っていたが、どうやら彼女の見立ては正しかったようだ。

 治療が適切だったおかげでもう大体くっつきかけているということだったが、それでも、任務中に機体の操縦に支障が出る恐れがあるからと、しばらくは治療に専念しろということだった。


 僕は何度も軍医に懇願こんがんしたが、軍医は逆にムッとし、「俺はヤブ医者じゃない。休養が必要だと言ったら、大人しく休め」と僕に命じた。

 どうしても、診断結果を変えてくれるつもりは無いらしい。

 僕はすぐにでも仲間と一緒に飛びたかったのだが、引き下がるしか無かった。


 出撃から帰還したハットン中佐に肩を落としながら診断書を差し出すと、中佐はやれやれといった感じで肩をすくめ、それから、「治るくらいの間なら待っていられるから、きちんと怪我を治しなさい」と言って、僕をはげましてくれた。


 ヒビはもうほとんどくっつきかけているということだったから、何週間も待つ必要は無い。

 だが、あまりにももどかしい。


 僕はその間、仲間たちのためにできることをしようと、カイザーに頼み込んで整備班の仕事を手伝わせてもらったりした。

 だが、僕は整備に関しては専門家では無かったし、できることと言えば工具を綺麗きれいにしたり、弾薬が弾詰まりなどを起こさない様にみがいたり、そういうことしか無かった。


 ひまになったのでバンカーの脇で座って休んでいると、部隊のマスコットとしての地位を不動のものとした真っ白なアヒルのブロンが、クワッ、クワッ、と鳴きながら、能天気そうな顔で僕にすり寄って来た。


 愛くるしい仕草だったが、今の僕にとっては憎たらしい限りだ。


 しかも、ブロンの奴は、僕がいない間にまた、太った様な気がする。

 彼の世話は動物の飼育に慣れている僕の仕事で、僕は彼が太り過ぎない様に注意深くエサを選んで彼に食べさせていたのだが、ブロンは僕がいない間、好き勝手にあっちこっちでエサをもらって回っていたらしい。


 部隊の人々は、僕がいないせいでブロンはきっとお腹を空かせているのに違いないと気の毒に思って、気前よく彼にエサを与えていた様だった。

 だが、それは大きな間違いだ。

 アヒル、特にブロンの様に家禽かきんとして飼育される様な種類は、野生から改良されており、早く大きくなって丸々と太り、美味しく食べられる様に、エサをたくさん食べる様に進化している。


 彼らは常に腹を空かせていて、チャンスと見れば何でも喜んで食べる。だが、彼らのその旺盛おうせいな食欲は、生物として本来必要なレベルを大きく超えているのだ。

 部隊の仲間たちはそれを知らなかったから、クワッ、クワッ、と鳴きながらエサをねだってすり寄って来るこの食いしん坊な友達のことを、本当にお腹を空かせているのだと勘違いしてしまったのだろう。


 結果、ブロンは必要以上にたくさん食べて、すっかり食べごろになってしまった。

 いや、ちょっと太り過ぎなくらいで、きっと、食べたら脂っこい。


 僕たちが大変な思いをしている間、散々ご馳走を食べ続けて来たブロンの奴は、我が世の春を謳歌おうかしている様だった。心なしか羽の色も良くなっている様で、広げるときらきらして見える。


 ああ、何て、憎たらしいんだ。


「お前、その内、フォアグラを取られちゃっても知らないぞ」


 だが、僕はそう言いつつも、彼をそっと抱き上げていた。

 彼はずっしりと重くなっていたが、ふわふわ、すべすべとした羽の触り心地は相変わらずで、素晴らしい。


 仲間たちと一緒に飛べない僕にとって、それは、数少ない心のいやしだった。


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