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14-24「計画」

14-24「計画」


 僕が荷物をまとめるために寝床ねどこへと戻ると、そこで、シャルロットに呼び止められた。


「キミ、すまないが、少しばかり時間をもらえるか? 確認しておきたいことがあるんだ」


 彼女はどうやら、この街を脱出する計画の打ち合わせをしたいらしかった。

 僕にそれを断る理由は無かった。荷物をまとめることなどすぐにできることだったし、計画があるのならなるべく早くそれを知って、僕がやること、やっておかなければならないことを知っておきたかった。


 シャルロットは、以前敵情偵察を行う前の打ち合わせを行った部屋へと僕を案内すると、そこでこれまでに得た偵察の情報が丁寧にこと細かに書き記された地図を広げ、他にもその部屋に集まっていた近衛騎兵連隊の士官たちも交えて計画を説明してくれた。


 計画、と言っても、それほど難しいことは無い。

 この街は連邦軍の包囲下にあるが、敵情偵察のために敵陣に潜入することが可能であった様に、その包囲には隙がある。

 僕はその隙を突き、この街から脱出すればいい。


 問題になって来るのは、そのタイミングと、実践する方法、そして敵情偵察ができている範囲よりも外の状況は全く分かっていないという、3点だった。


 その3点について、シャルロットはすでに詳細な計画を立てている様で、説明する口調はとどこおりが無く、少しも迷いを感じさせないものだった。

 計画があまりにも早くできあがっていたのに僕は驚かされたが、シャルロットによると、近衛騎兵連隊によって連邦軍に奇襲攻撃をしかけることはこれまでに何度も検討してきたことであり、何パターンも構築されていたそれらの作戦の内の1つを応用しただけだとのことだった。


 まず、脱出を実行するタイミングだったが、これは、この時期、この地方に時々現れる霧を利用するつもりであるらしかった。

 敵情偵察を行った時の様に夜陰にまぎれるという手もあったのだが、その時の様に少人数ならまだしも、大勢で行動するとなると敵の反撃を受ける公算が高く、しかも暗闇はサーチライトや照明弾などによって相殺そうさいできてしまうため、成功の見込みが薄いということだった。


 僕が、どうして敵情偵察の時の様に少人数でやらないのかとシャルロットにたずねてみると、彼女は、これは連邦軍がこの街へ攻撃をしかけてくるのを遅らせるための作戦でもあるのだと教えてくれた。


 連邦軍は王立軍の反抗作戦の進展にともない、フィエリテ市へ向けて退却を続けている。そして、その退却路を1つでも多く確保するために、戦線の後方に取り残され、半ば放置されていたこの街を攻撃する準備を進めている。

 連邦軍の作戦は単純で、その兵力を生かして一気にこの街を押しつぶすつもりでいるらしい。


 だが、それは、この街に大した守備隊がいないという前提での話だ。


 もし、シャルロットたち近衛騎兵連隊が連邦軍の陣地への奇襲攻撃を実行し、一定の成果をあげることができれば、連邦軍はこの街に想定以上の兵力がいると考えるだろう。

 そうなれば、この街を攻撃するために、より多くの準備をしなければならなくなる。

 兵力を集め、武器や弾薬を集積し、その結果、シャルロットたちは貴重な時間を稼ぐことができるのだ。


 運が良ければ王立軍の進軍が間に合って、この街が陥落する前に進出してきてくれるかもしれなかった。

 それははかない望みに過ぎないかもしれなかったが、僕らにとっては唯一の希望だった。


 霧の中、しかも戦闘中ともなれば、僕がそれにまぎれて脱出できる可能性も高くなる。

 シャルロットの考えは、この状況を最大限に利用しようというものだった。


 幸いなことに、霧がいつ発生するかは、地元民たちが多くいるため、その経験則から高い確度で予想がつく。僕自身にも、確かにこの時期になると何度か霧が発生していたことを記憶として持っている。

 霧が起これば見通しはきかなくなるが、僕も地元民の1人だったから、街からしばらくの間は道も分かるし、視覚を頼れなくても何とか逃げ続けることができるだろう。


 僕にはそれ以上の作戦はとても思いつかなかったし、同じ部屋でシャルロットの作戦を聞いていた他の士官たちも、納得した様にうなずいていた。


 次に、実践の方法だ。

 父さんの説明ですでに分かっていることだったが、近衛騎兵連隊による奇襲攻撃は、街の東側の連邦軍の陣地へ向けて行われることになっていた。


 これは、捕虜たちから得られた情報や、この街に残された貧弱な通信設備によって得られるわずかな情報から、味方の先鋒部隊が最もこの街に迫っているのが東側だということが分かったためだった。

 どうして南側ではなく東側なのかと僕には不思議だったが、シャルロットによると王立軍は先鋒部隊を突出させ、両手でものを抱き寄せる様に連邦軍を包囲し、完全に殲滅せんめつするつもりなのではないかということだった。


 王立軍の正確な位置までは分からなかったが、同じ逃げるにしても、できるだけその距離は短い方が良い。

 しかも、連邦軍は前線から退却してきた将兵たちによってその密度を増しており、数日前に僕が徒歩で100キロ以上も歩いて敵中を突破しようと考えていた時とは状況が大きく変わっている。

 今度は心強い相棒として馬のゲイルがいるのだとしても、味方と合流するまでには多くの困難があると予想できる。


 近衛騎兵連隊は霧にまぎれ、街の東側の陣地に接近する。これは、奇襲を成立させるためにできるだけ静かに実施する。

 連邦軍の陣地と接触したら騎兵突撃を開始し、連邦軍の各陣地にできるだけの損害を与えながら街の包囲網を突破し、僕を脱出させた後、奇襲によって混乱している連邦軍の隙を突いて街へと帰還する。


 この作戦を成功させるためには、時間が何よりも大切だった。

 騎兵は騎乗しているというその特徴から被弾面積が大きく、連邦軍が混乱から立ち直ってまともな反撃を開始すれば、あっという間に大損害を受けることになってしまう。

 連隊が無事に任務を達成し街へと戻るためには、霧が完全に晴れたりせず、連邦軍が混乱してまともに反撃して来られない内に引き返す必要があった。


 場合によっては、連邦軍の包囲を完全に突破できない内に僕と別れて街へと引き返さなければならないかもしれないと、シャルロットはこの点で釈然しゃくぜんとしない様子だったが、相手は自然現象と敵軍であって、僕らが何かしてどうこうできるものでは無かったから、これは受け入れざるを得ないリスクだ。


 そして、3つ目の問題点。偵察をして得られている範囲以外の連邦軍の動向が分からないという点について。

 これに関しては、「どうしようもない」というのが結論だった。


 シャルロットはこれまで敵情偵察をり返し、この街の周辺の連邦軍についてかなり詳細な情報を入手していたが、それにも限度というものがある。

 こんな時、偵察機の1機でもあれば話は簡単だったが、無いものねだりをしても始まらない。


 敵陣を突破し、連邦軍の包囲網を抜けた後、僕は自分の運と、馬のゲイルを信じてひたすら逃げ続けるだけだ。


 シャルロットが立てた作戦には不確実な面も残っていたが、それは、彼女のせいではない。

 僕らは、自分たちの手元にあるものだけで、目の前の課題をどうにかしなければならなかった。

 できることを、できる範囲でやるだけだ。

 恨みごとなんて言っていられない。


 作戦決行の日時だったが、早ければ明日の早朝にも、ということだった。

 自警団に加わっている地元民たちの予想では、明日の早朝から午前中の一定の間、霧が出るだろうということで、僕らにとっては都合が良かった。

 というよりも、霧が出ると分かっていたからこそ、シャルロットはそれを利用する作戦を採用したのだろう。


 父さんが言っていた通り、計画の実行は早ければ早い方が良い。

 連邦軍がこの街への攻撃を開始してしまってからでは、何もかもが手遅れになってしまう。


 打ち合わせが終わると、集まっていた近衛騎兵連隊の士官たちはそれぞれの部署で準備を進めるために散っていった。

 後には、シャルロットと、僕だけが残る。


「ミーレス。これが私の精一杯なんだ」


 誰もいなくなった後、シャルロットは申し訳なさそうにそう言った。


「近衛騎兵連隊の臨時の隊長を務めていはいるが、本当はな……、私は、士官学校を卒業してもいない、仮の准尉でしか無いんだ。まっとうな士官でもない私が連隊長などと大層な立場にいて、階級も年齢も上の他の士官たちが従ってくれているのは、前の連隊長が私を代役に任命したからに過ぎないのさ」

「でも、他の人はみんな、シャルロットさんを信頼している様でしたよ? それに、僕も、貴女を信じています」

「そうか……。ありがとう」


 僕の言葉に、シャルロットは少しだけ微笑んでくれた。

 彼女は僕をからかったりして、僕は翻弄ほんろうされっぱなしだったが、その裏では、いきなり責任のある立場に置かれてしまったという重圧に必死に耐えていたのだろう。


「前の連隊長というのは、どの様な方だったのですか? 」

「それは、私の父だ。……前王陛下と共にフィエリテ市に残り、音信不通だ」


 シャルロットは何でも無いことの様に教えてくれたが、僕は驚いて息をのんだ。

 それから、慌てて彼女に頭を下げた。

 無思慮に、聞いてはいけないことを聞いてしまった。


「その……、すみませんでした! 」

「かまわんさ。我が父上は別に、亡くなったと決まってはいないからな」


 だが、シャルロットは少しも気にしてはいない様子だった。

 それから、彼女は少し迷っている様な視線で僕のことを見ていた。

何か、僕に言っておきたいことがあるらしい。

僕は彼女の言葉をじっと待つことにした。


「状況が、似ているんだ。キミと、私の」


 やがて、シャルロットは意を決した様に口を開いた。


「キミと、キミの父上殿。私と、私の父。……我々近衛騎兵連隊が、王を守るべき者たちが、どうしてこんな場所にいるのか不思議に思わなかったか? そのワケはな、我々はみんな、キミと同じなのさ。フィエリテ市が失陥する直前、前王陛下と我が父上は、我々に脱出せよとお命じになられた。少しでも多くの人々を守れ、とな。……我々は、それに従い、この街にたどりついたのだ」


 僕は、シャルロットから視線をらすことができなかった。

僕に率直そっちょくにその思いを打ち明けてくれている彼女のその言葉を、しっかりと記憶しなければならないと思ったからだ。


「この街にたどり着き、そして、自分たちの故郷を守ろうとしている人たちに出会った。私たちは、この街でやるべきことを見つけたんだ。だから、この街に残っている。……だから、ミーレス。キミに約束しよう。我々は必ずキミを脱出させる。そして、この街も、この街の人々も、キミの父上殿も、守り抜いてみせよう。それが、前王陛下と父上がお命じになられた、最後の任務だからだ。……だから、キミも、必ず生きのびて、キミ自身がやるべきことを精一杯、やってくれ」


 僕が、やるべきこと。

 僕には大切な仲間がいて、その仲間たちと一緒にこの戦争を生きのびる。

 これまではそのことだけを目標としてきたが、これから先はもう、それだけではダメだ。

 僕の命はもう、僕だけのものではなく、たくさんの人々のものになってしまったからだ。


 だからと言って、僕に一体、何ができるというのだろう?

 それは分からないことだったが、僕は、それを何としても見つけ出すつもりだった。


「分かりました。必ず、そうします」


 僕がうなずくと、シャルロットは満足そうに微笑んだ。


「うん、よし! その意気だぞ、キミ! 」


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