3-2「飛行訓練」
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3-2「飛行訓練」
4機編隊の4番機というのは、なかなか気楽な立場だ。
そもそも編隊を組んで飛行するというのはそれなりの技量を要求されるものだったが、要点を掴んでしまえばさほど難しいことは無い。機体の進路は編隊長機に合わせればよく、進路の変更も編隊長機のバンク角に合わせるだけで済む。速度の大きい、小さいは、基本的に同じ機体で編隊を組むので性能差、飛行特性は考慮せず、機首の上げ、下げで合わせるだけでいい。
編隊は、ジャックを先頭に、その左後方に順番に位置する、斜め一直線になる形態を取っている。4番機である僕は編隊の最後尾にあり、編隊長機の動きに2番機、3番機と続いて最後に追従すればいいので、時間的にも最も余裕がある。
もちろん、これは、編隊長を務めるジャックのおかげだ。彼は進路や高度を変更する際はいちいち僕らに連絡してくれるし、機体の操縦が落ち着いていて安定しているので、僕らはとてもやり易い。
かといって、僕に、周囲の景色をのんびりと楽しんでいる余裕があるわけでは無い。
僕らが今実施している訓練、戦闘空中哨戒を想定した飛行訓練では、周囲の見張りがとても大事になって来る。
戦闘空中哨戒というのは、軍用機の内で主に戦闘機に割り振られる任務で、飛来する敵機をいち早く迎撃するためにあらかじめ敵機が来ると予想される空中に展開し、哨戒しつつ飛行し、敵機を発見すればただちに迎撃行動に入るというものだ。恐らく戦闘機としては最も多く担当することになる任務だろう。
つまり、僕はしっかりと目を凝らして見張っていなければならない。
そうでなければ、わざわざ訓練をする意味が無い。
前方にそびえる鋭鋒、大陸の屋根とも言われるアルシュ山脈の向こう側では、連邦と帝国によって今も激しい戦闘が繰り広げられている。
しかし、王国は中立の立場を鮮明にし、その態度を堅持し続けている。迎撃するべき敵機など存在するはずもなく、退屈な訓練であることには変わりが無かった。
そんなわけで、僕は、うっかりすると、雲の形が何に見えるとか、この空を絵に描くとしたら、何種類くらいの青い色が必要になるかとか、どうでもいいことに気を取られそうになってしまう。
この時期のフィエリテ周辺の空は、目移りしてしまうくらい、本当に美しい。
空は冬の清純さをまだ色濃く残し、陽光は温かく降り注ぎ、まだ雪の解け切っていない大地には芽生えたばかりの緑があちこちに散らばりながら、輝いて見える。絵画に書き残せたらどれだけ素晴らしいだろうと思う。
僕に絵心があったら、と、残念でならない。
《編隊各機。間もなく演習空域に到着する。準備はいいか? 》
ついつい気を取られていた僕の意識を、ジャックの無線が呼び戻した。
飛行場周辺の空域から、巡航速度で40分。フィエリテの北へおよそ200キロの場所に設定された演習空域へと到達した様だった。
現在の速度は毎時300キロメートル。高度は3000メートルだ。
3000メートルと言っても、アルシュ山脈の裾野に当たるこの辺りでは、地面までの距離は高度計のそれより800メートルほどは短くなっている。もう少し北上すれば、アルシュ山脈の切り立った山肌が迫って来るような場所だ。
眼下に広がるのは高原を利用した放牧地で、夏になれば低地から移動してきた牛や羊たちの姿を見ることができるだろう。しかし、今はまだあちこちに雪が残り、緑が芽生えたばかりで、湿って黒っぽく見える土が良く見えた。
《2番機、問題無い》
《3番機、いつでもいいわ! 》
《4番機も準備良し》
僕らは順番にジャックへ返答した。実際、機体の調子は快調そのもので、エンジンは実に機嫌よく回っている。
《よし。それじゃぁ、2手に分かれよう。敵に高度有利から攻撃を仕掛けられるのを想定して、まずは、第2分隊から……》
《あー、スマン。ちょっと待ってくれ》
ジャックが出そうとした指示を、教官役のレイチェル中尉が遮った。
《中尉? どういうことですか? 》
《あー、口出ししないっつったがな、訂正だ。実はな、今日は特別なゲストを呼んであるんだ。空戦演習はそのゲストとやってもらう》
中尉にしては珍しく、どこかはぐらかす様な、そんな、歯切れの悪い口調だった。
一体、どういうことだろう?
抜き打ちで、他のパイロット候補生の班との空戦演習でも行うのだろうか?
しかし、今朝、飛行場を真っ先に飛び立ったのは僕らの班だった。他の班も順次飛び立って訓練を行っているはずだったが、僕らを追いかけてきている班がいるにしろ、僕らに追いつくにはまだ早い。
《ミーレス! 質問するぞ! 》
《ぇッ!? ァっ、はい、何でしょうか中尉殿! 》
訝しんでいた僕は、唐突に中尉に呼びかけられて驚いた。
《戦闘空中哨戒。この任務を想定した上で、最も気を抜いてはならないことはなんだ!? 》
藪から棒な質問だったが、どうしてそんなことを聞かれるのかとか、そんなことは考えていられない。基本中の基本に即答できないとか、後でどんな罰を言い渡されるか分かったものではない。
《周辺警戒です! 》
《……。チッ、正解だ》
僕の返答に、短い沈黙の後、何故か、中尉は小さく舌打ちをした。
《そういう訳だから、各機、周辺警戒を厳と成せ! ……これ以上のアドバイスはしないからな! 》
僕は、中尉の言葉の意味をすぐには理解できなかったが、条件反射的に視線を空へと向けて、これまでより注意深く見まわした。
軍隊組織では、往々にしてこの様な条件反射的な対応が必要とされる。飛行機に乗りたい一心で志願した僕は、時折自分が何者なのかを忘れることがあるが、こういった命令や指示は、僕が今、どんな立場にいるのかを思い起こさせる。
敵機の襲撃を警戒する場合、もちろん全周囲を注意深く見なければならないのだが、その中でも特に注意するべきだと言われている場所がある。
太陽だ。
空に燦然と輝く太陽はあまりに眩しく、直視することは難しい。その上、太陽の方向に何かがいたとしても、その強烈な光によって覆い隠されてしまい、見えにくい。
つまり、攻撃する側としては、獲物から見て太陽がある方向に位置すれば、最も容易に接近が可能で、容易に目標を狩ることができるということだった。
以前、別の教官にそう教えられていたことを思い出した僕は、はっとして、太陽の方角へ視線をやった。
直視をすれば自分の目がダメになってしまうので、直視しない様に、太陽の周辺に何か異常が無いか急いで確認する。
《不明機が2機! 太陽の中にいる! 》
太陽に隠れながら接近する機影を僕よりも一歩早く確認し、警告を発したのはアビゲイルだった。
ジャックの判断は、早い。
《各機散れ! 回避行動を取れ! 》
普段からの訓練が生き、僕らは反射的に、スムーズに回避運動に入った。
ジャックとアビゲイルの第1分隊がバンク角90度での右急旋回、ライカと僕の第2分隊がバンク角90度での左急旋回。
2機の不明機は、もう、僕らを射程に捉えようとしていた。