14-14「再会」
14-14「再会」
「ミーレス! おい、本当にお前なのか!? 」
それは、懐かしく、僕に温かさを感じさせてくれる声だった。
「父さん、久しぶりだね」
嬉しそうに僕へと近づいて来る父さんに、僕は、どうにかそれだけを言うことができた。
他にももっと言いたいこと、話したいことがあったのだが、複雑過ぎてうまく言葉にできなかったからだ。
「お前! よく、生きていたなぁっ! 」
「父さんこそ! 」
僕と父さんは、何年振りかのハグを交わした。
それから、僕らは机を挟む様に用意された椅子へと腰かけ、お互いの無事を確かめ合った。
僕を案内してきてくれたゾフィと警備の兵士は、気を利かせてくれたのか部屋を後にして、僕と父さんを2人きりにしてくれた。
おかげで、僕と父さんは人目を気にすることなく、戦争が始まってから起きた様々なことを話し合うことができた。
父さんによると、この街には他の家族は残っていないということだった。
他の家族はもっと南へ、王国南部の重要な港湾都市であるタシチェルヌまで避難したのだそうだ。
父さんも最初は家族と一緒に避難するつもりだったのだが、故郷の街に残る人々がいることを知り、とても放っておくことができず、家族と別れて1人で残ることにしたらしかった。
街の防衛は、今のところうまく行っているらしかった。一度、大隊規模の連邦軍の攻撃を受けたものの、父さんたちは撃退することに成功したということだ。
以来、連邦軍は最低限の兵力を残してこの街を包囲しているだけで、主力はさらに南へと進撃してしまい、意外にも街は平穏無事であるらしい。
包囲下にあるため、物資はかなり乏しいということだった。小さな街なので1000名弱の兵力でも守備を固めるのに不足は無いそうなのだが、武器弾薬が足りておらず、かなり苦労しているという話だった。
だが、元々が田舎町であるため、食料にはあまり不自由していないということだった。周囲は耕地や放牧地ばかりで元々食料の生産量が多い地域だったし、連邦軍の侵攻が冬で、秋に収穫を終えた後だったため、避難する人々のために供給した後でも街には十分な貯えが残ったのだそうだ。
昼時ということもあり、僕と父さんは一緒に食事をすることになった。
父さんは臨時とはいえ守備隊の指揮官という立場にあるので、従卒についている兵士にお願いして、2人分の食事を校長室へと持って来てもらうことができた。
メニューは簡単なもので、麦粥と野菜のシチューだった。食材はあるが包囲下のため凝った料理をする様な余裕は無く、士官も兵士も全員で同じものを食べているのだそうだ。
ありきたりな家庭料理だったが、3日間も眠り続けた後の僕にとっては、たまらない御馳走だった。
僕と父さんの間では、食事をしている最中でも会話が途切れなかった。
母さんが見たら行儀が悪いと言っていい顔をしないに違いなかったが、今回ばかりは大目に見てもらいたかった。
僕は、パイロットとして戦場に加わってから経験した様々な戦いについて父さんに話すことになった。
もちろん、短い時間ではとても語りきれるような内容ではないので、かいつまんでだ。
父さんは、僕がエースと名乗れるほどに多くの敵機を撃墜したことを知ると、感心した様に何度も頷いてくれた。
だが、父さんは、僕がたくさんの敵機を撃墜したことでは、喜んでいない様だった。
「そうか。お前も、しっかりやっているんだなぁ。でも、私にとっては、こうやってちゃんと生きていてくれたことの方が嬉しいよ」
「……父さん。それは、僕もだよ」
僕は、胸の辺りがじんわりと暖かくなった。
それから僕は、不時着した後に家によることができたことを話し、家はまだ無事に残っているということを父さんに伝えた。
ここは僕らの家から最寄りの街だったが、10キロ以上は離れている。連邦軍による包囲下にあるこの状況では、父さんは家がどうなっているかを知り様が無かったし、そんなことを考えている時間も無かったはずだ。
僕は家の様子や、父さんたちが残して来た家畜たちが元気だったことを説明した。
僕が家に立ちよった後、連邦軍の捜索隊がやってきたはずだから、家が今どうなっているかは分からなかったが、父さんは少しだけ安心してくれた様子だった。
それから僕は、家を出る時に道中の食料にしようと思って持って来たチーズがナップザックに入っていることを思い出した。
連邦軍の追手との格闘戦で荷物は一度泥だらけになってしまっていたが、チーズは厳重に包装してしまっておいたから無事だ。
僕がチーズを取り出して、父さんの貯蔵庫から持って来たことを伝えると、父さんはとても嬉しそうだった。
「いや、実はな、本当ならもうじき出荷する予定だったんだ。戦争になってしまってそれどころじゃ無かったが、ちゃんとできあがっているか気になっていたんだよ」
「僕は、美味しいと思ったよ。父さんも味見してみる? 」
「もちろん」
父さんは食事に使ったスプーンを使ってチーズをすくいとるとそれを口に含み、やがて、薄らと涙を浮かべると額に皺をよせ、うつむいてしまった。
僕は、ぎょっとさせられてしまった。
僕は父さんが喜んでくれると思ってチーズのことを勧めたのだが、不味かったのだろうか?
僕が最初にそれを口にした時は、間違いなく美味しかった。
これまでに口にしたどんなチーズよりも素晴らしいと思った。
だが、ここに来るまでの間に何日か経過しているし、間にいろいろあったから、味が変わってしまっているということは、十分にあり得ることだった。
だが、僕の不安は、思い過ごしだった様だ。
父さんが顔をうつむけてしまったのはチーズが不味かったからではなく、その味が、父さんを感動させるほどに素晴らしいものだったからだ。
「良かった……。本当に、良かった。私たちの苦労は、ちゃんと実っていたよ、母さん」
父さんはこの場にいない母さんに向かってそう呟くと、スプーンでもう一口、チーズをすくい上げて口に含み、じっくりと味わう様に噛みしめる。
確かにそのチーズは美味しいものだったが、僕には父さんがどうして泣いているのか分からなかった。
想像するしか無いことだったが、恐らく、父さんにとってそのチーズの味は、父さんの人生そのものの味だったのだろう。
何故なら、そのチーズは、父さんが家族の生活を少しでも楽にするために、精魂込めて作り上げたものであるからだ。
牧場での暮らしは、重労働ではあったものの、気ままなものだった。
だが、世間というのは世知辛いもので、牧場で手に入らないものを手に入れるためには、何にでもお金が必要だった。
特に、僕らの様な子供が進学するためには、かなりの額のお金が必要になって来る。
僕が軍に志願したのはパイロットになって飛行機に乗るためだったが、軍に入ることで得られる給与を妹や弟たちの進学のための費用としてもらい、少しでも家族に楽をしてもらうためでもあった。
その甲斐もあってか、一番上の妹であるアリシアは近々、フォルス市にある学校へ進学するということが決まっていた。
それは僕にとっても嬉しいことで、家族も喜んでくれていたが、父さんには思うところがあったのかもしれない。
僕らの暮らしていた牧場は持ち主がいなくなって荒れ果ててしまっていたのを父さんが軍からの退職金で買い取り、一から建て直してきたものだった。
そうやって僕らを育ててくれたことだけでも十分に尊敬に値することだったが、父さんは僕ら家族に少しでも良い暮らしをさせるため、そして子供たちにそれぞれの思い描いた人生を歩ませるために、できる限りのことをやろうとしてくれた。
その努力の結果が、この、チーズの素晴らしい味わいだった。
戦争さえ無ければきっと、父さんのチーズは無事に出荷されて、多くの人々に称賛され、僕ら家族にかなりの額の収入をもたらしてくれたはずだった。
父さんの涙は、自分たちの努力がしっかり報われたことへの喜びと、戦争によってそれを世に出すことができなかった悔しさだったのかも知れなかった。
僕はこのままずっと、日が暮れるまで父さんと話していたい気分だったが、父さんは忙しい身だった。
父さんは臨時とはいえこの街の防衛指揮官で、1000名弱の人々の命運を握っている立場にある。少しでも良い防衛体制を構築するために、父さんにはやるべきことがたくさんあった。
僕らは最後に握手を交わすと、もう一度、別れることとなった。
それは、ほんの束の間の再会だった。