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14-12「ゾフィ」

14-12「ゾフィ」


 白く、霞がかかった様な意識の中で、僕は、何度も自分が上下にさぶられていることに気がついた。

 何度も、何度も、一定のリズムをきざみながら、僕はれている。


 不思議と、懐かしい様な感覚だ。

 昔、父さんと一緒に、遠くまで馬で出かけて行った時のことを思い出す。

 そのリズムは、どこか、馬の背中に乗っている時を思わせてくれるものだった。


 僕の意識は、そんなことを考えながら、徐々に消えて行った。


 そして、目を覚ますと、おどろいたことに、僕はどこかの建物の中に見えた。

 目の前に、木でできた天井が見える。質素な造りで、ところどころに湾曲した部分が残るはりの上に板が乗っている、

 天井から吊り下げられているランプに火はついていなかったが、部屋の中はけっこう明るい。

 光は、僕のそばの窓から、薄手のカーテン越しに降り注いでいる。どうやら今の時間は昼間の様だった。


 僕はどうやら、ベッドに寝かされているらしい。

 僕の身体の上には毛布がかけられていて、下側には清潔せいけつそうなシーツがかれている。その下にあるベッドは、かざり気は無いが良い造りのものの様で、バネの具合がちょうど良かった。


 ここは、どこだろう?

 まず、僕はそう思い、それから、自分が連邦軍から逃げている途中だったことを思い出した。


「うぐっ!? 」


 僕は慌てて起き上がろうとして、右手の手首に激痛が走り、顔をしかめてうめき声をらした。

 目を覚ました時は気がつかなかったが、僕の右手は、かなりの痛みを発している。


 毛布の中から手を出して確認してみると、僕の手には包帯が巻かれていて、きちんとした手当てがされている様だった。


 同時に、どうやら敵に捕まったわけでは無いらしいと知って、安心した。

 どうしてそうだと分かったかというと、僕が、王立軍の軍服を身に着けているからだった。

 着替えさせられたらしく、王立陸軍の少し着古された感じのする軍服だったが、王国のものには違いない。


 連邦軍が捕虜にどんな格好をさせているかは知らなかったが、わざわざその捕虜の母国の軍服を着せるなどということは無いだろう。

 それに、僕は手錠などで拘束もされていない様だった。いくら怪我をしていたからと言って、捕虜を自由にさせておくことはないはずだ。


 しかも、僕がいる部屋はそれなりの広さがあって、クローゼットや机と椅子いすなど、個人の私室として十分な家具の類が配置されている。

 捕虜が虐待を受けるとは限らなかったが、こんなに良い部屋を用意するのは、普通はあり得ないはずだ。


 僕は今度こそベッドから起き上がると、ベッドのわきにどうやら僕のものであるらしいブーツが置かれているのを見つけて、建物の中に誰かがいないかを探しに行くためにそれをいた。

 僕のいていたブーツは泥だらけのはずだったが、誰かが掃除をしてくれたらしく、汚れは残っていない。


 片手がほとんど使えないので悪戦苦闘しながら僕がブーツをき終わった時、唐突に部屋の扉が開いた。


「ああ、君。起きたのか」


 誰かが部屋に入って来て、少しおどろいた後、安心した様な表情を作る。


 肩までのばした赤い髪と、切れ長で気の強そうな印象を受ける碧眼へきがんに、銀縁の丸眼鏡を身につけた女性だった。年齢は、多分、僕よりも少し年上だ。

 服装は一般的な軍服のイメージとかけはなれた派手なものだった。だが、僕は、それが王立軍の正式な軍服であることを知っている。


 彼女が身に着けているのは、王国の首都であったフィエリテ市で、王室の警護を任務として編成されていた、「近衛騎兵連隊」の正式な軍装だった。

 肋骨服ろっこつふくと言って、上半身の正面に肋骨ろっこつの様に見えるかざひもがついた鮮やかな赤い色をしたジャケットに、太腿の辺りが少し膨らんでいる白いズボン、そして丈の長い騎乗用のブーツ。

 僕もフィエリテ市にいたことがあるから、乗馬してひづめの音をかっぽかっぽと鳴らしながら、何人かで巡回している姿を見たことがある。


 どうやら彼女は間違いなく友軍の様だったが、僕はおどろいてその場で固まってしまった。


 そんな僕の様子を見て、近衛騎兵の女性は苦笑する。


おどろかせてすまないが、これが私の制服なんだ。ついでに言えば、君の治療をさせてもらったのも私だ。軍医ではなく衛生兵だから、基本的な手当てしかしていないがね。……それと、すまないが、眼が覚めたのなら、いくつか確認をさせてもらいたいことがあるんだ。協力してもらえるだろうか? 」


 僕はまだおどろいたままだったが、彼女の言っていることは理解できたのでうなずいて見せた。


 その近衛騎兵は椅子いすに上品な仕草しぐさで腰かけると、まず、自分はゾフィだと名乗った。

 それから、僕に、どうして何も無い畑の真ん中で倒れていたのかをたずねる。


 僕は、自分が王立空軍のパイロットであること、王立軍の反攻作戦のためにフィエリテ市に向かって飛び、その上空で空戦が行われ、その戦いで機体がダメージを受けたことで不時着したことを、順を追って説明した。

 それから、南の味方の前線へ向かって連邦軍の敵中を逃げようとしていた途中で追手と格闘戦になり、負傷はしたもののかろうじて逃げ出せたこと、そして、その後に寒さと疲労から倒れたことをゾフィに伝えた。


 その時、僕が感じていたこと、考えていたことは、僕の心の内に秘めておくべきことだと思って黙っておいた。


「なるほど。では、友軍はとうとう、反攻作戦を開始したのだな? 」


 ゾフィは、王立軍が連邦軍へ反撃を開始したことを知って、嬉しそうな表情を見せた。


 それから彼女は、ここが僕の墜落した位置からそれほど離れていない街で、自警団と少数の王立軍部隊で守備についていることを教えてくれた。


「君には気の毒な話かもしれないが、この街は現在、連邦軍によって包囲されている」


 ゾフィは少し声のトーンを落としてそう言ったが、僕は、彼女の言葉を半分も聞いていなかった。


 ここはどうやら、僕の家から一番近い場所にある、僕が通った学校などがある街であるらしい。

 建物がたくさんある街は当然、連邦軍によって制圧されてしまっていると思い、僕は逃走ルートにあえて入れなかった場所だった。だが、この街は僕の予想に反して王立軍がまだ抑えており、連邦軍の手には落ちていなかった。

 その驚きと、意図せず様子を見たいと思っていた場所にたどり着いたことで、僕の頭は容量をオーバーしてしまっていた。


 こんな嬉しい偶然があるなんて、想像もしていなかった!


 だが、僕は喜んでばかりもいられなかった。

 僕の故郷の街は連邦軍の手に落ちてはいなかったが、周囲は完全に敵軍によって包囲され、いつ攻撃が開始されてもおかしくない状況なのだという。


「そういうことでしたら、僕も協力させてください。こんな手ですが、助けていただきましたし、何より、ここは僕の故郷です。できることは何でもやらせてください」


 僕は、寒さと疲労で倒れた時、本気で、このまま全てが終わってしまえばいいのにと思っていた。

 だが、どんな偶然かは分からなかったが、助けられた以上、その恩は返さなければならないと思った。

 連邦軍の包囲かにある中で僕を助けるというのは、並大抵の苦労では無かったはずだ。


「それは助かる。今はどんな人出でも歓迎だからな。……ところで、君。君の名前は何と言うのだ? いつまでも君、君、というのも良くないし、戦友の名前は知っておきたい」


 ゾフィの言う通りだった。

 隣で戦うことになるかもしれない相手の名前くらい、僕だって知っておきたいと思う。


 僕が自分の名前を紹介すると、しかし、ゾフィは心底、おどろいた様な顔をした。

 それから、少し慌てた様に、この名前を知っているかと聞いて来た。


 ゾフィが口にした名前を聞いて、僕もおどろかされてしまった。

 それは、僕の父さんの名前だったからだ。


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