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14-7「森」

14-7「森」


 僕は、完全に日が落ちる前に起きた。

 敵中に孤立して逃亡中の身でもあり、少しも眠ることはできなかったが、目を閉じて横になっていたから少しは疲れも取れている。


 長い待ち時間だった。

 嫌な想像ばかりが僕の頭をよぎって行く。


 それを現実のものとしないために、僕は動き出さなければならなかった。

 何かあったらいつでも逃げ出せる様に服は着たまま休んでいたから、ブーツをくだけで動き出す用意はできた。


 まずは、夜通し歩き続けるために腹ごしらえだ。

 日が落ちて森の中はかなり暗くなっていたので、一時的に明かりを取るためにランプに火をつける。


 樵小屋きこりごやには遭難者そうなんしゃのために非常用の食料が用意してあるから、それをありがたくいただくことにした。

 用意されていた缶詰は、軍の非常用食料のおさがりで、サバイバルキットに入っていたものと同じものだ。


 入っているのは高いカロリーが得られる様に作られたチョコレートで、味の方はあまり良く無い。長期保存されるためにチョコレートが持つ良い香りも感じられなくなってしまっているし、ちょっと食べ慣れない味がする。

 だが、ナイフの柄で砕いて口に含むだけで自然に溶けて飲み込めるので、食べるのは簡単だ。


 僕はチョコレートを食べ終わり、水を口に含んで喉を潤すと、念のため空き缶を樵小屋きこりごやに残さない様にナップザックにしまった。

 それから、使った毛布などを元あった場所に戻して、他にも動かしたり使ったりしたものがあったら元に戻し、僕がこの場所にいた証拠をなるべく消しておく。


 全てが終わると、忘れ物がないことを確認してナップザックを背負い、身支度を整え、獣避けの松明に火をつけた。


 本当は夜の闇にまぎれるために明かりを使いたくは無いのだが、夜の森には狼が出ることもあるため、どうしても火のついた松明は必要だ。

 僕にはナイフも拳銃もあったが、できれば危険なことは避けたかった。僕が火を持っていれば、襲われる可能性をずっと小さくできる。


 僕は樵小屋きこりごやの中を見渡し、僕がこの場にいたという痕跡こんせきが見た限りでは残っていないことを確認すると、出発することにした。


 出発の準備をしている間に、すっかり日が落ちて夜になっていた。

 時間の調整はうまく行った様だ。


 月は出ていたが森の中は暗く、これなら、松明の火を消せばいくらでも姿を隠すことができるだろう。

 この暗がりに隠れながら、これから夜通し歩き続けて、少しでも味方の前線に近づいておきたかった。


 昼の間に耕作地の雪はすっかり溶けてしまった様だったが、森の中の雪はほとんど残っている。

おかげでどこに道があるのか分かりにくい。


 松明たいまつの明かりはあったが、照らせる範囲は狭く、視界を確保する役にはあまり立たなかった。

 歩き続けるには、僕の土地勘と記憶に頼るしかない。


 幸いなことに、森の中は僕がこの辺りに住んでいたことの様子とほとんど変わりが無かった。

 木々の生え方を何となくでも覚えていたおかげで、道は見えなくても、どう進めばいいのかはどうにか分かる。

 それに、樵小屋きこりごやから続く道は、作ったまきを運び出すために馬車が入って来られる様に作られている。一定の幅で開けた場所がずっと続いているということで、暗くて周囲の確認はできないが、迷わずに済みそうだった。


 この調子でいけば、1時間も歩けば森の南側に抜けることができる。うまくすれば夜明け前までに30キロは進むことができるだろう。

 まずは、順調だ。


 だが、15分程歩いた時、遠くの方で犬が鋭く吠える声が聞こえた。


 僕は音を立てないために立ち止まり、耳を澄ます。


 その犬の鳴き声は、確かに聞こえた。

 そして今も、ワンワン、ワンワン、と、鳴き続けている。


 狼が出たのかと思ったが、狼にしては鳴き方が違う様な気がした。

 だとすると、僕を追って来た連邦軍の軍用犬だと考えるしかない。


 僕は咄嗟とっさに、松明の明かりを消すことにした。

 森を抜ける前に狼に遭遇した時の備えが無くなってしまうが、もし追手に光が見えたら、彼らは真っ直ぐに僕の所へ向かって来るだろう。


 積もった雪の中に松明を突っ込むと、じゅっと音を立てて火が消えた。

 明かりが無くなったせいで、辺りは真っ暗闇となり、一時的に僕は何も見えなくなってしまった。


 こんな暗闇の中で動き回ったら、僕は確実に迷子になってしまうだろう。

 僕は自分の眼が少しでも早く暗順応してくれることを祈りながら、犬の鳴き声がどの方角から聞こえて来たのかを探る。


 僕は両手を両耳に当てて、後ろはぴったりと耳に手をつけて、前の方は開いた形を作った。

 こうやって左右方向からの音をさえぎることで、自分が向いた方向の音だけをより明瞭めいりょうに感じ取ることができるし、手の平で身体を向けた方向から来る音が反響して大きく聞こえるので、よりはっきりと音を聞き取ることができるようになる。


僕はゆっくりと身体を動かし、いろいろな方向に自分の身体を向けて、犬の鳴き声の方角を探った。

 そして、その犬の鳴き声はどうやら、僕がさっきまでいた樵小屋きこりごやの方から聞こえてきていると分かった。


 最悪だった。

 あの犬の鳴き声は、僕を追って来た連邦軍の軍用犬のものに違いない。


 緊張のあまり、僕はつばをごくりと飲み込んだ。

 背筋に冷や汗がにじみ出る。


 僕は家から無事に逃げ出すことができたし、ここまで何の問題も無くたどり着くことができた。

 全部、うまく行くとさえ思い始めていた。


 だが、違った。

 今までが、うまく行きすぎていたんだ!


 自然と、心臓の鼓動が早くなる。


 まだ、目は暗順応してくれない。暗順応するには、けっこう長い時間がかかる。


 今すぐに走って逃げ出したかったが、暗闇の中を走っても迷うか、怪我をするだけだ。

 わずかに残っていた僕の中の冷静な部分がそう言って、僕の逃げ出したいという衝動しょうどうを抑えていたが、僕は最終的に、その衝動しょうどうに負けた。


 犬の鳴き声が、僕の方へと向かって来る様な気がしたのだ。


 それは、僕の気のせいかもしれなかった。

 だが、そう思った瞬間、僕の身体は勝手に動き出していた。


 森の木々にさえぎられているのか、追手が持っているはずの明かりなどは少しも見えなかった。

 その、見えないということが、僕にとっては何よりも恐ろしかった。


 いつ、この暗がりの中から、連邦軍が放った軍用犬が飛び出してきて、僕にその鋭い牙を突き立てるか分からない。

 いつ、連邦軍の兵士が姿を現して、僕に銃口を向けて来るかも分からない。


 僕は夢中になって、夜の森の中を走り続けた。


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