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14-4「準備」

14-4「準備」


 僕は、妹のアリシアがうっかり鍵をかけ忘れてくれたことに感謝しながら、味方の前線まで向かうのに役立ちそうなものを見つけるために母屋へと足を踏み入れた。

 ぬかるんだ土が靴底にたっぷりとついたままで、アリシアの部屋を汚してしまうことになるが、それは、みんなでこの家に戻って来た時に僕が掃除することで納得してもらう予定だ。


 そして、その予定を現実のものとするために、僕は少しでも多くの使えるものを見つけて、敵中を突破して味方と合流するための準備をしなければならなかった。


 アリシアの部屋は、きっちりと整理されていた。避難する時に持っていけなかった小物などはみな整然と置かれていたし、ベッドのシーツにはしわひとつない。

 だが、窓の鍵だけは閉め忘れて行った。きっと、窓を閉めようとしていた時に誰かから呼ばれたりして、鍵をまだ閉めていないということをうっかり忘れてしまったのだろう。


 僕が母屋の中に入ったのは、2年以上も前のことだ。

 その時、アリシアはまだ14歳だった。今では16歳だから、パイロットに志願した時の僕と同じ年齢になっている。


 僕がこの家を離れた時はまだまだ子供だとしか思っていなかったが、16歳になったアリシアは、年頃の女の子らしいものも持つ様になったらしかった。

 戸棚の中に、香水の入った小瓶が置かれている。蓋を開くと、いくつかの花の香りをミックスした、いい香りがした。

 香水は、けっこう、高いものだったはずだ。だが、避難する上ではどう考えても不急のものだったから、アリシアは大切に戸棚の中にしまって、家を出て行ったのだろう。


 僕は、再会の叶わなかった家族の今を想像しながらアリシアの部屋を出ると、まずは鍵を探すために1階へと向かった。

 アリシアの部屋の鍵は内側から開くことができたが、他の部屋にも鍵がかかっている。まずは家の鍵を見つけなければ、何を探すにしても不便だった。


 雨戸などを閉め切っているせいか、家の中はもう太陽がすっかり昇っていて、外は雪のせいもあってまぶしいほどなのに薄暗かった。

 僕は半ば手探りで蝋燭ろうそく燭台しょくだいを見つけると、サバイバルキットのマッチを使って火をつけ、明かりを確保する。


 それから、家の鍵を探し始める。

 幸い、家の鍵の隠し場所は以前と変わっていなかった。暖炉の影に、予備の鍵束が隠されていた。


 鍵を手に入れた僕は、2階の僕の部屋へと向かった。

 鍵を開けて中に入ると、そこには、僕がこの家を去った時そのままの部屋が残されていた。


 そのまま、と言っても、家族はきちんと僕の部屋の掃除もしてくれていたようで、ほこりがたまっているとか、そういうことは全然なかった。ただ、僕の持ち物でここに残して行ったものはみんな、昔のままの場所に昔のままの姿で残っている。


 僕は天井から吊り下げてあった模型飛行機を見上げて、なつかしい気持ちになって笑みを浮かべた。

 昔、僕が見よう見まねで手作りした機体だ。


 あの時は夢物語でしか無かったが、今の僕は、本物の飛行機で空を飛んでいる。


 思い出にひたっている時間は無いと思いだした僕は、目的のものを探し、すぐにそれを見つけ出すことができた。

 それは、父さんが僕にくれた、着古しのトレンチコートだった。


 着古しと言ってもしっかりとした造りで頑丈なので、まだまだ着ることができるし、見た目も悪くない。

 それに何よりも、暖かかった。


 冬の寒さに備えるために僕は飛行服を着たままだったが、高空での防寒対策に電熱線が入っているために、長距離を歩き続けるには重いし動きにくい。僕はすぐに飛行服を脱いで着替えることにした。


 僕の部屋には、他にも、セーターとか、暖かい服が残っていた。この部屋を出て行った時よりも僕の身体は大きくなっていたが、母さんが手編みで作ってくれたセーターはそれを見越して長く着られる様に大きめに作られていたので問題なく着ることができる。

 僕は軍服の下にセーターを着こみ、軍服の上からトレンチコートを着た。これで少しは寒さが気にならなくなる。


 それから僕は、替えの靴下を探して、ナップザックの中に詰め込んだ。

訓練中にベテランの歩兵から聞いた話だったが、冬季の行軍では靴下がけっこう大切になるらしい。

 足はブーツで保護されてはいるが、直接冷たい地面を踏みしめるのと、身体の中心から離れているせいでけっこう冷たくなるらしい。靴下を2重に履いておくとかなり暖かいし、靴擦くつずれなども起きにくくなると聞いている。


 だが、靴下が湿ってしまうと保温効果が下がってしまい、逆に辛くなって来るとも教えてもらっている。だから僕は使えそうな靴下をできるだけナップザックに押し込むことにした。

 布にもなるので、いろいろと使い道があるはずだ。


 服装を整え終わった頃、僕は急に、空腹を覚えた。

 腕時計を見ると、時刻は正午になろうとしている。


 連邦軍の追手がかかる前に先を急ぎたいところだったが、空腹な状態で先を急いでもはかどらないだろう。

 それに、ここはちょうど、僕の家だ。落ち着いてしっかり食事をとることができる環境にある。これからしばらくの間、こんなチャンスは無いかもしれない。


 昼食をとることにした僕は、一度部屋から出て、家の中に何か食べられるものが残っていないかを探すために1階へと向かった。


 まず探すのは、キッチンだ。食べ物があるとしたら思いつくのはまずそこだ。

 だが、残念なことに、すぐに食べられる様なものはあまり残っていなかった。避難中の保存食として焼いたらしい、固く焼いたパンが数切れ残っていただけだ。あとは、野菜のピクルスがある。

 軍隊では缶詰を糧食レーションとして食べる機会が多かったが、我が家では新鮮な食べ物が好まれていたので置いていない。

 小麦粉などもあったのだが、残念ながら僕にはジャックの様にそれを美味しいパンへと作り変える技術が無かった。


 正直に言って、固焼きのパンとピクルスだけでは味気ないと言うか、物足りない。

 そこで僕は、地下室に自家製のベーコンやハムを保管していたことを思い出した。


 地下室への入り口は、キッチンの床にある。

 僕は蝋燭の明かりで照らして入り口の蓋を見つけると、それを開いた。すると、中には下へ降りるための梯子があり、その向こうには暗闇が広がっている。


 幼いころ、僕ら子供たちは、両親からこの地下室へ入ることを禁止されていた。

 何故なら、地下室を作っていた時に偶然、天然の洞穴ほらあなに行きあたってしまい、幼い僕らがそこへ入ってしまうと危険だったからだ。


 少し大きくなってからは両親も地下室への出入りを許してくれたが、危険な洞穴ほらあなとは何だろうとワクワクしていた僕の期待は、残念ながら裏切られることになった。

 それは本当に洞穴ほらあなで、地底の奥深くまで続いているという様なことはなく、ただ、ちょっと細長い空洞くうどうに過ぎなかったからだ。


 その危険な洞穴の正体を知った年長の子供たちは、まだその正体を知らないチビたちに、怪物が出るとか、入ったら2度と出てくることができないとか言って怖がらせて楽しんだものだ。


 その洞穴がふさがれずに残されていたのは、地下室の温度をひんやりと保ち、食料の保存にちょうど良い環境にしてくれるのに役立っていたからだった。

 なんなら、すぐ取り出す必要のないものなどは、そのままその洞穴ほらあなにしまったりもしていた。


 どうしても昔のことを思い出してしまうが、今はとにかく、食料を手に入れなければならない。腹の虫をだまらせるために必要だったし、これから先、進み続けるためにも食べ物が要る。


 地下室へと降りて行くと、そこには、僕の思っていた通りのものがあった。

 僕の家は、牧場だ。基本的には羊の毛を刈って売ったり、牛からミルクをもらって売ったり、農地を耕作して作物を作ったりしていたが、自分たちで食べる用の家畜として豚なども飼っていた。


 父さんが作る自家製のベーコンやハムの味は、今でも思い出すことができる。塩加減もそうだが、燻製くんせいの具合が絶妙で、想像しただけでよだれが出そうだ。

 それを久しぶりに食べられるだけでなく、僕はそこで、さらに素晴らしいものを発見することができた。


 地下室は、僕がいなくなってからの数年の間に、少し手が加えられていた様だった。

 具体的に言うと、僕らが、怪物がいるだの、入ったら出て来られないだのと弟や妹たちをからかうのに使っていた洞穴に本格的に手が加えられ、貯蔵庫に改装されていたことだった。


 そしてその貯蔵庫では、両手で抱えなければならないほどの大きさのあるチーズの円盤状の塊がぎっしりと並べられ、熟成されていた。


 そう言えば、以前、家族と手紙でやり取りをした時に、父さんが家計をうるおす新たな手立てとして、チーズ作りを始めたと言っていたことを思い出す。

 軍隊にいた頃の伝手つてで、王国の王家に毎年チーズを献上していた農家からその極秘の製法を教えてもらい、それを元に研究しているという話だった。


 チーズは、熟成させるために何年もかけることがある食べ物だ。

 完成までには時間がかかるが、ミルクをそのまま売るよりはずっとお金になる。


 貯蔵庫に並べられているチーズは、恐らく、父さんが家族のために必死になって作ったものなのだろう。不味いはずが無い。

 父さんがいつまでそのチーズを熟成させるつもりだったのかは分からなかったが、僕の腹の虫がたまらずに暴れ出した。


 チーズは、保存食品の一種だ。

 つまり、今の僕にとっては、何よりも必要なものなんじゃないか?


 僕はそう言い訳を作ると、ナイフを取り出し、チーズを1口大に切り出して口の中に放り込んだ。


 味は、思った通りだ。


「うまいっ! 」


 と、自然に口から出てしまうほどのものだった。


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