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14-3「帰郷」

14-3「帰郷」


 太陽から光を浴びて雪が溶け始め、湿り気を帯びている雪原を進むと、やがて、僕は僕の胸の辺りまで高さがある木製のさくへと行きついた。

 どうやら、僕が着陸したのは、何かの動物を放牧するための牧草地だった様だ。

 多分、羊とかを飼っていたのだろう。


 僕は何となくなつかかしい気持ちになりながら、その柵を乗り越えた。

 僕は、牧場で生まれ育った。パイロットになる前、まだ家で暮らしていた頃は、こうやってさくを乗り越えて、他の弟や妹たちとその速さを競って遊んでいた記憶がある。


 自然と口元に笑みを浮かべながら並木道へと到着した僕は、そこで、奇妙な感覚をいだいた。


 どうも、その並木道には、見覚えがあった。

 木の生えている間隔かんかくといい、その曲がり方や枝ぶりといい。

 僕の記憶にある光景とそっくりだった。


 そんな、まさか。

 僕はそう思いつつも、しかし、自然と早足になって、その並木道を進んで行った。


 ここが、僕の記憶にある場所で間違いないというのなら、この並木道を抜けて行った先は小高い丘になっていて、道は2手に分かれているはずだ。その別れ道を右に曲がり、丘の裾野すそのをぐるりと回りこむ様になっている道に沿って進み、坂を上ると、農場が見えてくるはずだった。


 並木道を抜けると、目の前に小高い丘があった。

 雪で地面の状態は分からなかったが、だが、ここで道は2手に分かれているはずだ。


 僕はもう、ほとんど走っている様な状態だった。

 僕は道を右に曲がると、丘の裾野すそのに沿って走り、坂道を登り切った。


 そこには、僕の記憶にある通りのものがあった。

 木製の、素朴そぼくだが暖かな印象の建物が立ち並んでいる農場。


 細かく見ると、何年もの間に変わっている部分も多くあったが、そんな些細ささいな違いを僕は気にしない。


 それは、本当に、僕の家だった。

 僕が生まれ育ち、空を飛びたいというあこがれと一緒に暮らしていた、なつかかしい場所だ!


 だとすると、僕が不時着した放牧地は、僕が幼かった頃に、勇敢な冒険飛行家たちが双発機で降り立ったその場所だ。

 なるほど、確かに、あそこは空から見ると、絶好の着陸地点の様に見える。

 あのパイロットたちの言っていた通りだった!


 間違いなかった。

 ここは、僕の家だ!


 僕の胸の中には、嬉しさや懐かしさでいっぱいになって、たまらない気持ちになった。僕は、不覚にも涙をこぼしてしまっていた。

 こんな形で故郷に帰って来ることになるとは少しも予想していなかったが、これは、何て素晴らしい偶然なのだろう!


 僕は、おどろきのあまり立ち止まってしまっていたが、すぐに走り出して、大声で叫んだ。


「父さん! 母さん! 」


 僕は、無我夢中で走り続け、そして、あることに気がついて足を止めた。


 僕の家からは、人の気配がしない。


 具体的に言うと、まず、母屋の煙突から煙が出ていない。

 この時期であれば暖房のために暖炉に火が入っているはずだったし、これはおかしい。

 それに加えて、建物の周囲で、雪かきがされていなかった。

 あまり深く積もらなかったから雪かきをしなかったのかも知れなかったが、それでも、人が通ればその部分には足跡あしあとが残る。だが、どの建物の周りも雪は綺麗きれいなままだ。


 僕は、ほおを伝っていた涙をぬぐった。

 今度は別の理由で泣いてしまいそうだったが、それは何とか我慢がまんした。


 これは、いいことだ。

 僕は自分で自分に言い聞かせる。


 家に誰もいないということは、僕の家族はみんな、避難したということに違いない。

 何しろ、ここはすでに敵の占領下にあるのだから。そんな場所に残っているよりも、避難してくれている方が、僕の家族はよほど安全なはずだ。


 だから、ここに誰もいないことを、僕は喜ぶべきなのだ。


 僕はしばらくの間その場に立ちつくし、気持ちを落ち着けるために深呼吸をり返す。

 冬の冷たい空気がのどに刺さったが、今はこの方が良かった。


 冷静さを取り戻した僕は、今度はゆっくりと歩きながら、母屋へと向かった。

 家族はみんな避難してしまっていたが、家財道具を全て持って行くことなどできなかっただろう。だから、僕の家にはまだ、使えそうなものが残っているはずだ。


 僕は最初に見つけた建物が他人のものであろうと遠慮なく使えそうなものをもらっていくつもりでいたが、それが僕の実家ということであれば、その罪悪感も少しはやわらぐ。


 近づいて見ると、僕の家は完全に無人、というわけではない様子だった。

 といっても、いるのは人間ではない。

 家畜たちだ。


 どうやら僕の家族は、連れて行くことができない家畜たちを、泣く泣く置いて行った様子だった。

 動物たちが自由に行き来できる様に家畜小屋の扉が開け放たれており、柵で囲われた放牧地の中に羊たちの群れが出てきて、のんびりと散歩を楽しんでいる。

 彼らは、人間も、うるさい牧羊犬もいないこの状況を、何だか楽しんでいる様子だった。羊の毛は暖かいから、寒さも平気なのだろう。


 牧草地には、小さなふくらみがいくつもできていた。どうやらそれは羊たちの冬の食料として放置されていった牧草の山であるらしく、羊たちは雪を掘り起こしてはのんきに食事をしている。

 これなら、この冬を越すことができるだろう。柵はしっかりしている様だったし、野犬などに襲われる心配もなさそうだ。


 彼らののんきさだけは、変わっていない。

 おかげで、僕の心は少しだけ立ち直ることができた。


 羊たちを眺めながら進んで行くと、すぐに母屋の玄関までたどり着くことができた。

 扉に手をかけてみると、当たり前のことだったが、母屋には鍵がかかっている。


 僕は、少し困ってしまった。

 今は自分が生き残るための緊急事態きんきゅうじたいだから、家族に無断でものを持ち出すのは仕方がないと割り切ってはいたが、玄関を壊してしまうのはどうにも気が引けた。

 拳銃があるので、鍵を壊して中に入ることは簡単だったが、僕の機体を壊すためにすでに何発も弾薬を使ってしまっていたし、できれば弾薬は取っておきたかった。


 そこで、僕は、母屋の隣に併設へいせつされている納屋へと向かった。

 昔から農機具などをしまっておくために使われていた納屋だ。

 もちろん、こちらにも鍵がかかっていて、中に入ることはできない。


 僕が納屋に向かったのは、納屋の屋根の上から母屋の2階に飛び移ることができると覚えていたからだ。

 そして、僕の記憶が確かなら、2階には僕の部屋があり、そこの窓は鍵が壊れかけているから、外から壊さなくても家の中に入ることができる。

 これは、僕がいない間に家族が鍵を直していなければの話だ。もし、鍵が修理されていなかったら、その時は諦めて玄関の鍵を壊して中に入るつもりだ。


 納屋の中には役に立ちそうなものがいろいろ入っているはずだったが、まずは、家の中を探したかった。家の中には予備の鍵があるかもしれないので、それを見つけることができれば、農場のどの建物にも入れるようになる。

 納屋で何かを探すのにしても、鍵を手に入れてからの方が早いはずだ。


 僕は納屋の近くで梯子はしごを見つけると、それを使って納屋の屋根の上に上った。父さんが梯子はしごを置く場所を変えていなくて助かった。

 屋根の上に上った僕は、すべらない様に注意しながら数歩助走をつけると、母屋へと飛び移った。


 最後にこれをやったのは何年も前で、飛び移る時の感覚も違っていてちょっと怖かったが、何とか着地に成功した。

 後は僕の部屋へと向かうだけだ。


 だが、僕はがっかりさせられてしまった。

 僕の部屋の窓はどうやら、僕がいない間に修理されてしまったらしく、壊れかけていた鍵も直っていて、それを壊さない限りどうあっても中には入れそうになかった。


 僕は溜息を吐くと、それから、元来た道を戻ろうと体の向きを変える。

 2階からなので飛び降りても何とかなるが、今、下の地面は溶けかけの雪のせいでかなりぬかるんでいる。これから長い距離を歩かなければならない都合があるから、着地に失敗して転び、怪我をする様なリスクは避けたかった。


 だが、身体の向きを変えた時、僕は自分の隣の部屋の雨戸が、薄く開いていることに気がついた。

 僕から2つ年下の妹で、一家の長女でもある、アリシアの部屋の窓だ。


 もしかしてと思い、僕はアリシアの部屋の雨戸に手をかけた。

 すると、簡単に雨戸は開いた。

 しかも、その内側にあるガラス窓の鍵も、かかっていない。


 僕は、思わず笑ってしまった。

 僕の妹、アリシアは基本的にしっかり者の頼れる妹なのだが、たまに、どうしようもないうっかりをしでかすことがある。


 だが、今回に限っては、僕は彼女のうっかりに感謝をしなければならなかった。


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