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13-11「敵影なし」

13-11「敵影なし」


 東の空が明るくなる。

 夜が明ける。


 地平線から太陽が昇るのと同時に、僕らの眼の前に、白銀の世界が広がった。

 僕は思わず、その眩しさに目を細めてしまう。


 それは、雪深いフィエリテ市の冬景色だ。

 冬に入ってから降り続けた真っ白な雪が、何もかもをおおいつくしている。


 懐かしい光景だった。

 一見しただけでは、フィエリテ市はかつて僕らがいたころと何も変わっていないように思えてしまう。


 だが、厚い雪化粧の下には、戦争の爪痕つめあとが深く刻まれている。

 街は廃墟はいきょとなり、耕作地は踏み荒らされ、そこで暮らしていたはずのたくさんの人々の気配はどこにも感じられない。


《301A、こちら202B。予定通り攻撃目標へと突入を開始する。進路270へ旋回、高度を落とす》

《202B、こちら301A。了解、打ち合わせ通りに動く。 ……301A各機、警戒をおこたるな》


 僕らはレイチェル中尉の指示に了解と答えると、進路を西へと向けた。

 攻撃目標へと向かいながら、僕らは戦闘隊形を作る。

 機体の下部にはみ出すほど大型の特殊爆弾を搭載とうさいして飛行するベイカー大尉の機体を守る様に、3機のガンシップが密集隊形を取って防御態勢を取った。

 僕らは南大陸横断鉄道の橋梁きょうりょうを攻撃した時と同じ配置で、202Bの上空に2層のスクリーンを形成し、連邦軍機による攻撃に備える。


 以前の作戦と違っているのは、最終防衛線となる202Bのすぐ近くにレイチェル中尉とカルロス軍曹の2機が位置し、その上空で積極的に敵機を迎撃する役割を、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4機が担当していることだった。


 多分だが、レイチェル中尉は僕らの実力を試そうとしているのだろう。


 僕らはそれぞれ総撃墜数を2ケタ以上に乗せ、エースと呼ばれて全く恥ずかしくない戦果を上げてきてはいるが、それだけで一人前になったとは言えない。

 僕らはまだ、自分たちだけで戦っている時に大きな戦果を上げたことは無い。

 いつでも、レイチェル中尉の指揮があるから、僕らはうまく戦って来られた。


 この重要な作戦で、レイチェル中尉は僕らに自由に戦う機会を与え、その成長を促そうとしているのかもしれなかった。

 これは、レイチェル中尉が僕らの力量をある程度、認めてくれているということでもあった。だから、いつでも手助けに入れるレイチェル中尉やカルロス軍曹の手元から、僕らを手放そうと思えたのだろう。


 それに、もし僕らがしくじったとしても、中尉とカルロス軍曹のコンビであれば十分に対処が可能だと考えているのだろう。

 そしてこれは、202Bとも打ち合わせの上で合意を得ていることだった。


 レイチェル中尉も、ベイカー大尉も、この重要な任務を機会に、さらに成長して見せろと僕らを試してきている。

 僕らにとって大きすぎる責任の様にも思えたが、僕は、これをうまくこなして見せるつもりだった。

 きっと、小隊の他の仲間も同じ気持ちのはずだ。


 僕らは、強くなった。

 だが、もっと、もっと、強くならなければ。

 この全員でこれから先も生きのびていくためには、幸運だけを祈っていてはとても足りはしない。

 僕らは確かにエースと呼ばれるようになったが、上には上がいるのだから。


 僕らは、その、僕ら以上のエースと戦うことになっても、少なくとも生きのびることができるだけの技量を持たなければならない。


 僕は、夜が明けたばかりの空に、必死になって目をらした。

 上下左右、素早く、注意深く。

 だが、どこにも敵機の姿は見当たらなかった。


 本当に?

 そんなはずは、無い!


 僕は何度も、何度も、辺りを探し直した。

 だが、それでも、敵機の姿は発見することができなかった。


 僕だけではない。

 みんなが、敵機の姿を発見できていない。

 ジャックも、アビゲイルも、ライカも。それどころか、レイチェル中尉やカルロス軍曹、202Bのパイロットたちだって、敵機の姿を見ていない。


 僕は、この状況を信じることができなかった。

 そうなればいいなと願っていたことが、叶ったのだ。


 どうやら、連邦軍機は発進に手間取り、僕らに対して迎撃機を上げることができなかった様だった。

 もしかしたら出撃できている戦闘機もいるのかも知れなかったが、少なくとも僕らの近くにはいない。

 連邦軍が僕らの攻撃目標を正しく推察すいさつできないよう、僕らは進路を偽装ぎそうして飛行してきたのだが、もしかすると、それがうまく行ったのかも知れなかった。


 とにかく僕らは、連邦軍が完全に無防備な状態のまま、攻撃目標の上空へと侵入することができた。


《信じられん! 敵機はまだ上がっていないぞ! 》

《神の加護に感謝を! こんな幸運が起こり得るとはな! 》


 そうなればいいなと願ってはいたが、本当にそんなことになるとは思ってもいなかったのだろう。レイチェル中尉とベイカー大尉のおどろいた様な声が無線に交じった。


 僕らは敵機の迎撃も、対空砲の砲撃すらない静かな空を飛び続けた。

 やがて、フィエリテ第1飛行場が見えた。


 目標を視認するのと同時に、202Bのベイカー大尉は、爆撃のためのコースに機体を乗せ、照準の最後の調整に入る。

 目標はみるみる内に近づいて来る。


《よぉし、いいぞ! 進路、速度、高度、そのまま! 投下5秒前! 3、2、……投下! 》


 ベイカー大尉の機体から爆弾が投下されるまでは、ほんの短い時間しか無かった。

 大尉のかけ声と同時に機体から切り離された爆弾は、真っ直ぐに、攻撃目標となっているバンカーの唯一の弱点である開口部へと向かっていった。


 狙いは少しも外れることなく、爆弾はバンカーの開口部へと吸い込まれていった。

 僕らはその上空を飛びぬけ、それとほとんど同時に、機体が震えるほどの爆発音を全身で感じ取った。


 爆弾は、完璧な形で目標へと命中した。

 僕らは戦果を確認するために旋回せんかいし、バンカーがどうなったかを確認する。


 爆発の噴煙の中にあるバンカーは、一見すると、その原型を保っている様に見えた。

 分厚い鉄筋コンクリート製の構造物の上に、上空からは自然地形に見える様に土盛りがされているバンカーは、強固な防御力を発揮する。

 僕は一瞬、爆撃の効果が無かったのかと、不安になった。


 だが、その出入り口があったはずの場所の土盛りが、突然、大きく崩壊した。

 その崩壊は連鎖的に起こり、土煙をき上げながらバンカーの奥の方へと向かって陥没が広がっていく。


 攻撃は成功だった。

 バンカーの崩壊はその全体の三分の一ほどで止まってしまい、その全てを破壊できたわけでは無かったが、それが、僕らが狙っていたことだ。

 バンカーの出入り口は大量の瓦礫がれきと土砂でふさがれて、復旧することはもう、難しい。少なくとも、王立軍が反攻作戦を実施する間は、使用不能になることだろう。

 それに、中で保護されていた連邦軍の機体も、ただではすまなかっただろう。それらは瓦礫がれきと土砂の撤去をしない限り外へと出て来られないし、爆風を受けて破壊されたはずだった。


 これは同時に、バンカーの中に多くの人々が生き埋めとなってしまったことをも意味していたが、僕は、僕の頭の中によぎったその想像を、急いで振り払った。

 それは恐ろしい想像だったが、僕は、そうやって戦争をしている相手のことを心配していられる様な状況にはない。


 自分たちの心配だけをしていればいい。

 いつ、立場が逆になって、こちらがやられてしまっても、少しもおかしくは無いのだから。

 僕は、自分にそう言い聞かせた。


 そして、僕は、僕自身が生きのびるために、執拗しつようにならなければならなかった。


《301A各機! あたしらも一撃してから帰るぞ! 駐機場で発進準備している双発機を狙う! これも任務だからな、遠慮えんりょなくやるぞ! 》


 爆撃を成功させ、南へと進路をとって撤退を開始する202Bと打ち合わせ通りに別れ、僕らはフィエリテ第1飛行場へと再び機首を向けた。

 可能であれば、できる限り追い打ちをかけて、戦果を拡大すること。

 それが、王国の将来を左右する反攻作戦の先鋒として送り出された僕らへと与えられている任務だ。

 王国軍は連邦軍に対し、数の上で有利に立つ機会は望めなかった。それほどの戦力差がある相手に対して少しでも優位に戦いを進めるためには、削れる時に少しでも多くの敵戦力を削っておかなければならない。


 僕らは攻撃態勢をとり、地上で駐機場に並べられ、出撃のために暖機運転中だったと思われる連邦軍の双発爆撃機へと狙いを定めた。


 航空機が地上にある時に、いかに脆弱ぜいじゃくで、無防備か。

 開戦初日に王立空軍が壊滅的な被害を受ける場面を目の当たりにした僕は、そのことを良く知っている。


 地上で撃破されることほど、パイロットにとって悔しいことは無い。

 だが、ここで撃たなければ、あの敵機は、僕らの友軍の頭上に爆弾を落とす。


 僕が敵のことを心配するのは、僕のおごり以外の何ものでも無い。


 照準器に敵機の姿を捕捉し、僕は引き金を引く。


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