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2-5「ライカ」

メインヒロインにてござ候。

2019/11/22 一部修正

 どうも、飛行機の操縦席の中身がどうしても気になって仕方が無かったらしく、愛用のカメラで撮影しようと主翼によじ登っていたところ、脚を滑らせたらしい。

→どうも、格納庫の中の飛行機を高い場所から一望した写真を撮りたかったらしく、愛用のカメラで撮影しようと三葉機の主翼によじ登っていたところ、脚を滑らせたらしい。

2-5「ライカ」


 ライカは、癖なのかそうしているのか、先端がくるりと丸まった明るい金色の髪と、澄んだ青の瞳を持つパイロット候補生だ。

 身長は、18歳男子の平均身長丁度である僕から頭1つ分ほど小さく、整った顔立ちと相まって一見して繊細で華奢に見えるが、意外なことにパイロットとしての訓練に十分ついて来られる体力と筋力を兼ね備えている。

 好奇心旺盛な性格で、帝国から輸入されたのだという、高価で素晴らしい性能のカメラを愛用し、あっちへ行ってはカシャリ、こっちへやって来てはカシャリと、しょっちゅう撮影をしている。

 僕は、戦闘機パイロットとしての訓練課程に進み、同じ班になった後で、記念にとみんなで集合写真を撮影し、ライカに一枚送ってもらったことがある。

 ライカは何か起こっている場面には大抵顔を出しており、その所作はせわしなく、いつも行動的で積極的だ。


 僕の祖国、イリス=オリヴィエ連合王国は、絶対王政から立憲君主制に移行して随分長く経つが、未だに「王国」を自称しているからには、王族を頂点として戴く、貴族と呼ばれる人々が存在している。

 ライカは、その、貴族階級出身の、れっきとしたお姫様だ。

 それも、どうやら、相当なご身分だ。

 恐れ多いので直接確認したことは無いのだが、他の貴族出身者の態度や、漏れ聞こえてくる噂ではそうらしい。


 余談になるが、王国の貴族階級の子は、特別な事情でもない限り、まず間違いなく自発的に軍に志願する。

 絶対王政が終わり、貴族の発言力や権限、特権は大きく低下し僕ら平民と変わらないぐらいにまでなっているが、彼らは先祖代々受け継いできた領地や家屋敷を有しており、それらを有し使用するためには、他の国民に対して一種の義務を果たすべきだと考えているというのが、自発的に志願する理由らしい。

 つまり、自分たちがいい暮らしをしているのは、国民に対して何らかの形で奉仕しているからであり、それは、例えば、危急存亡の時にその身を挺してでも国民を保護することである、という風に考えているらしい。

 こういった考えがあるため、貴族の間では自発的に志願しない者は恥、とされているのだとか。士官学校に進み、そのまま職業軍人として奉仕し続ける者も多い。


 ライカも、恐らくはそんな理由で志願した貴族の1人なのだろう。


 高潔な考えだとは思うが、別にそこまで厳格に考えなくても、とも思う。

 貴族が特別な権利や義務を背負っていたのは、もう遠い昔のことなのだ。


 ライカは僕にとってはよく分からない遠い存在、貴族の一員だったが、普段、一緒に訓練をし、共に編隊を組んで飛んでいる最中は、そんなことは忘れてしまいそうになる。


 僕は軍に志願するまで、貴族、ましてやお姫様になどお目にかかったことは一度も無かったが、聞きかじった知識から何となくどんなものなのかはイメージしていた。

 あふれ出る様な気品と威厳があって、僕らの様な平民からは想像もつかないほど豪華な生活を送っている。そんなイメージだ。


 しかし、ライカは、そんな僕の貧困な想像から逸脱した存在だった。

 彼女がいつも手にしているカメラを見ればお金持ちなのは明らかなのだが、ライカの立ち居振る舞いには、僕が思い描いていた堅苦しいステレオタイプな貴族っぽさは感じられない。


 出会った時のことが、特に印象的だ。


 僕がライカと出会ったのは、ジャックのおかげでどうにか初年度の教育課程を終え、無事にパイロットコースへと進んだころのことだった。

 生活の場所を今の飛行場へと移したばかりだった僕は、空いた時間に、格納庫へと足を運び、そこに並べられた様々な飛行機を見物するのが好きだった。

 年代物の家具の様な味わいと色気のある複葉機の数々や、骨董品の様な三葉機。僕が飛行機にあこがれるきっかけになった、どこまでも遠くまで飛んでいけそうな双発機。そして、その頃はまだあまり一般的では無かった、先進的な設計の単葉機。

 僕は、あれはどんな風に飛ぶんだろう、乗ってみたらどんな心地がするのだろうと、腹をすかせた犬が肉屋の前でウロウロ行ったり来たりするように飛行機を眺めていた。


 ライカと出会ったのは、そんな風にしていた時だ。


 彼女は、上から落ちて来た。


 どうも、格納庫の中の飛行機を高い場所から一望した写真を撮りたかったらしく、愛用のカメラで撮影しようと三葉機の主翼によじ登っていたところ、脚を滑らせたらしい。

 ライカがいることなど僕はまったく知らなかったが、たまたまその場に居合わせてよかったと思う。もし、彼女が悲鳴と共に落下してきた先に僕がいなければ、彼女はそのまま格納庫のコンクリート張りの床に落ちて、大怪我をしていただろう。


 彼女が落ちて来た時、僕はその状況を理解できなかったが、条件反射的に両手を突き出して彼女を受け止めていた。僕はライカを支え切れずに彼女の下敷きにされてしまったが、お互いに怪我は無かったのだから良しとしている。


 僕が事態を飲み込めていなかったように、ライカもまた、事態を飲み込めていない様子だった。

 双眸を大きく見開き、きょとんとした様子で何度か瞬きを繰り返す様子は、まるで木登りに失敗したリスか何かの様で、失礼なことながら、僕はその時、思わず笑いだしてしまった。


 僕は仲間たち全員の顔など覚えきれていなかったから、ライカが貴族のお姫様だなどと知らなかったし、ライカの態度からもそんなことは感じられなかった。


 何というか、彼女はフレンドリーというか、他人に対して境界線を持っていないというか。

 とにかく、初対面であるにもかかわらず、彼女はまるで古くからの知り合い、友人であるかの様に遠慮が無く、上から目線とかそういうこともなかった。


 考えてみるに、彼女は純粋なのだろう。

 貴族として大事に育てられたせいなのか、生まれ持ってのものなのかは分からないが、人を疑ったり、警戒したりということがない様だった。


 僕と彼女はこうして知り合い、ライカが勝手に飛行機によじ登って落ちたということは僕らの間だけの秘密にすることに取り決め、「これから一緒に頑張ろう」と約束をした。


 後日、僕は、ジャックからライカが貴族のお姫様だと教えられて、心底驚いたものだ。

 僕は最初、彼女のことを、裕福な家庭出身の、お転婆な女の子くらいにしか思っていなかった。


 僕はそのことをやたらと意識してしまい、後日、訓練中に再開した際、ぎこちなく堅苦しい態度で接してしまったのだが、ライカを酷く怒らせてしまった。

 貴族だなんだというのは関係なく、同じパイロット候補生として接して欲しいと彼女は言った。

 身分ではなく、彼女自身を見て、評価して、判断して欲しい。それが、彼女の主張だった。

 以来、僕は、彼女とは他のパイロット候補生と同じ様に接し、友人として考えている。


 ライカは、生粋のパイロットだ。

 生粋の、というのは、彼女は、僕らの様に、軍に志願してから初めて飛行機に触れたのではなく、幼いころから飛行機に親しみ、飛行機を嗜んで来たという意味だ。


 ライカは最初から飛行機を難なく飛ばすことができたし、上手だった。飛行機についての知識も理解も十分にあり、特に、僕には難しかった航法についても良く理解していた。

 僕がもっとも助けられたのはジャックで間違いなかったが、航法に関してはライカにも多くを教えてもらった。

 もっとも、彼女はジャックほど教えるのは上手では無かったが。


 ライカとは時折顔を合わせれば会話し、課業では協力するぐらいの関係だったが、戦闘機パイロットの訓練課程に進み、班分けで同じ班になって以来、話す機会は増えている。


 それに、幼いころから飛行機に触れて来たライカからは、教わることが多い。

 実際、飛行の仕方についてアドバイスをもらったことは何度もあったし、そのどれも必ず役に立った。


 彼女と偶然に知り合えたことは、僕にとっての幸運の1つだったろう。

明るく屈託の無い性格の彼女と話しているとこちらの気分も前向きになるし、いつもカメラを片手にちょこまかと動き回っているライカを眺めていることは、それだけでもちょっと楽しかったりする。

 彼女は、素晴らしい友人だ。


 その一方で、僕は、彼女と親しくしていられるのは今だけだとも思っている。


 訓練課程を卒業し、無事にパイロットとなった後、彼女がどうするのかは聞いたことが無かったが、僕が彼女の人生に深く関わることは無いだろう。


 その態度からは貴族らしさを感じさせないし、本人が特別扱いを望んでいないとはいえ、彼女はやんごとなき身分のお姫様なのだ。

 僕が、片田舎の牧場主の息子という立場から逃れようが無い様に、彼女もまた、貴族のお姫様という立場からは逃れようが無い。

 今は、どういった運命のめぐりあわせか、翼を並べ、友人として話し、仲間として腕を競い合ってはいるが、それは、あくまで今だけのことだろう。

 僕には僕の責任があり、ライカにはライカの責任がある。


 せっかく友人となったのに、少し寂しくはあるが。


 とにかく、今は、お互いに、無事に訓練を終えられるように努力しよう。

 そして、素晴らしい仲間として、いつか、懐かしく思い出す日が来るだろう。


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