御朱印帳物語 2
4ヶ所目になる神社で御朱印を頂いたところで事件が発生した。
もう少しで夕方になろうかという時間だったので、今日はここまでにして家に帰ろうかと社ノ所でゆっくりしていたのだけど、穂乃香おばさんが、ふいにこんなことを言い出したのだ。
「ねぇねぇ、ゆかりちゃん。さっきから鳥居の前で待ってる子って、ゆかりちゃんの好い人なの?」
ちらちらと視線を門の方に向けながら、片手を立てて密やかに言う。
まったく気がつかなかった私は思わずそちらを見てしまった。
すると相手は気がついたようで、小さく手を振るのが見えた。
「え、知らない人なんですけど…。」
「あら、そうなの?じゃあ朱戦待ちかしらね。」
「朱戦ですか、困ったなぁ。」
穂乃香おばさんは、おやという感じで片眉を上げて、湯飲みを置いた。
「やっぱり御朱印足りないの?書いておこうか?」
穂乃香おばさんが筆を取るために少し腰を浮かせたところで「いえ、大丈夫です!」とそれを止めた。
実際、御朱印はかなりの数がある。朱戦になっても大丈夫なのだが、それ自体が面倒なのだ。
この卒業試験は10個の御朱印を集めるのが結構大変なので、その救済処置として「朱戦制度」がある。
この朱戦とは、簡単にいえば、戦って勝った方が相手から1つ御朱印を奪えるというものだ。奪われた方はその御朱印をもう一度拝受するのに制約が生まれ、24時間経たないと再び拝受できないことになっている。
試験用の御朱印帳は使えず、自分の御朱印帳で戦うのが規定で、大半の生徒はこの朱戦用に各地の御朱印を拝受して備えるのが通例なのである。
なので、私も自分なりに多くの神社を参拝して準備してきていた。
「じゃあ、準備が出来たら行ってらっしゃいな。」
穂乃香おばさんは相変わらずの笑顔でお茶をすすった。
「はぁ…、行ってきます。」
溜息交じりに返事して、重い腰を上げて扉を開けた。
「終わったら、まっすぐ帰るのよ?」
「はーい。お世話になりました。」
元気の無い返事をして、ゆっくりと扉を閉めた。
けだるい感じで鳥居の方に歩いて行くと、待ってましたとばかりに先程の女の子が駆け寄ってきた。
そして真剣な目で私を見つめてくる。
「火村由梨です。…朱戦お願いします。」
そういって、試験用の御朱印帳を差し出した。
朱戦の合意はお互いの御朱印帳を合わせることで成立する。
やっぱりそうかー、と思いながら、御朱印帳を取り出した。
「水守紫です。お手柔らかに。」
二つの御朱印帳が合わさると、御朱印帳がぱっと光り、丸い玉になる。その光は薄い膜のように広がり、私達を含みながら膨張していった。
光は神社全体を包むとそこで止まり、そのまま留まっているようだ。
詳しいことは授業でやっていたけど、この光の中が朱戦の会場のような物で、周りからの干渉を受けない特殊な磁場になっているらしい。
お互いにちょっと離れて、臨戦態勢に入る。
私は両手を合わせて左手だけをそのまま左にずらす。
すると、ずらした軌跡が輝いて、御朱印帳が出現した。開いた御朱印帳は空中でふよふよと漂っている。
私の御朱印帳は「蛇腹型」で一度に複数の御朱印を使うことが出来るのが特徴だ。
御朱印の一番上に「水守」と書かれており、張られたお札には「攻」「護」「盾」など漢字が1文字ずつ書いてある。その文字の下にそれぞれ「三」の字が記されている。これは各々3回まで使える、という意味であり、使い切ると再び御朱印を拝受しなければならない。
「水守」の他に「水掛」や「水内」など、それぞれ拝受した御朱印が並ぶ。基本的に「攻」と「護」は全部共通で、最後の一つはその神社独自の文字である。
とりあえず私は「水守」の「盾」と「水内」の「護」を選んで相手の出方を見ることにした。
「盾」を選ぶと私の周りに5つの小さな水色の壁が出現した。
さらに「護」を選ぶと、私の身体が水色の膜に包まれる。
さて、どうだろうと、相手の火村さんを見ると、そこには火だるまになっている彼女がいた。
本人は熱くはないようで、ちょっと宙に浮いた状態で平然と燃えさかっている。
やだな、暑そう、なんて思っていると、掌を上に掲げて、さらに火の玉を5つ追加した。彼女も蛇腹型のようだ。
「いきますよ!…炎の矢っ!」
私の方に手を振りかざすと、5つの火の玉が矢に変化して変化球のように飛んできた。
「え、ちょっとあぶな!」
かなりの速度で飛んできた矢は、その軌道に合わせて動いた私の盾に弾かれた。
弾いた盾は消滅したが、まだ3つ残っている。そのひとつは半分に欠けているけれど。
「さすがは水守!堅いですね!」
余裕そうな彼女は今度はめちゃくちゃ長い槍を出現させている。
「ひえー」
あれは絶対防げない!どうしよどうしよ。
そうだ、もう一回盾を使えばきっと防げる!
慌てた私は御朱印帳の頁をめくりすぎて、使おうとしていた御朱印の2つ先の「滝」を選んでしまった。
途端、相手の真上に巨大なタライが出現し、ひっくり返った。
「なっ、きゃあぁぁ!!」
そんなに入っていないはずのタライから、怒濤のごとく水が降り注ぐ。
まさしく見た目は滝そのものだった。
30秒くらいして止まった水と同時にタライも消えた。
その真下にいた彼女は意識を失い、ずぶ濡れの人形のようにぐったりとしているだけだった。
「朱戦勝者に御朱印が移ります。結界が解除されますので、ご注意ください。」
機械的な声が響いて、試験用の御朱印帳がぽっと光った。
何かの御朱印がこちらに来たようだ。
それと同時に神社を覆っていた薄い膜も消えると、後ろから声が掛かった。
「早かったわねぇ~。」
穂乃香おばさんが笑顔で立っていた。
「ゆかりちゃん。火の子にいきなり「滝」は強すぎたんじゃ無い?まだ「弓」しか使ってなかったじゃないの」
「ごめんなさい、手が滑って選んじゃいました。」
「そんなこといって、早く帰りたかったんでしょ。」
いたずらな笑みを浮かべつつ、穂乃香おばさんは他の巫女に倒れている彼女を医務室へ運ぶように指示した。彼女のことは任せて大丈夫だろう。
「うっかりは本当ですよ~。彼女はお願いします。」
「そういうことにしてあげるわ。大丈夫よ、後は任せて。それじゃ、またいらっしゃい。」
まったく信じてくれないけれど、何を言っても勝てないのも判っていたので、帰ることにした。
鳥居はかすかな橙色を反射して、夜を迎えようとしている。
今日はよく歩いたから足が棒だ。疲れたから電車で帰ろう。
お母さんに帰宅の文書を送りつつ、駅へ向かう道をゆっくりと下っていった。
思いついて書いたお話。思い出したら続くかもしれない。




