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記憶のないさよなら

作者: 成浅 シナ

ガヤガヤとした室内。だが、うるさく耳障りなものではなくどこか落ち着いた雰囲気があった。

中心から少し離れた壁際に背をつき、酒のグラスを傾ける。

僕がこの場において浮いて見えるのは明らかだった。周りを見回しても二人、あるいは複数人でグループを作った男女が皿やグラスを片手に談笑している。僕をここに連れてきた友人も今は女性と話していた。酔っているのか顔も少し赤い。


無意識に溜息が漏れた。

正直帰りたくて堪らない。どうしてここに居るのかという気持ちすらある。


事の発端は一週間ほど前だった。古くからの友人で今では同じ会社の同僚でもあるそいつから合コンに誘われたのだ。三十手前でなかなか出会いもない僕に気を使っての誘いだったようだが正直僕は出会いなんてさほど積極的に求めていなかった。別に恋愛を毛嫌いしているわけではなく単に興味がないというか、どこか現実離れしていて自分に当てはめる事が出来ないのだ。

だが、しつこく誘われた事と半ば流された形で今に至っている。


話しかけられることもあったが僕が上手く次の会話に繋げる事が出来なかった事と、コミュ障が原因で開始して一時間ちょっと、出会いを求める場で僕は口をつむぎ続けている。


今まで友人に誘われたのだから、置いて帰る訳にはいかないなどと思い、なんとかこの場に留まり続けていたもののそれであと二時間近くもこの場にいる事に耐えかねている。


背中を離し、なるべく人が居ないテーブルにグラスを置くと僕は会場から外に出た。

出る前に友人の姿を確認したが相変わらずの様子だったので構わないだろう。後で連絡の一本でも入れておけば。


「...きゃっ!」

会場から外に出る二つめの重い扉を開けた途端目前に誰かが現れた。

どうやらちょうど中に入ろうとしていたところで僕が扉を開けるタイミングと重なってしまったらしい。

「ご、ゴメンなさい!」

「いや...別にこっちは......、こちらこそすみません」

イレギュラーな展開に弱い事と会話慣れしていないせいで言葉に詰まる。

赤みがかかった茶髪に目立ちはしないもののそこそこ整った顔立ちだった。今来たのか手に小さな鞄を持ちドレスの上にコートを羽織っている。見た感じ僕より年下に見えた。

「あー、えと......」

何か言った方がいいのかとも一瞬思ったが、結局それ以上の言葉も出てこず、もう一度会釈をして退散する。


「あ...帰られるんですか?」

が、その声に引き留められてしまった。

「ええ...まあ...良い出会いを出来そうになかったので......」

僕のコミュ障のせいで。

「へー、高い目標がおありなんですね」

首を傾げる。

「ちょっと待ってください...高い目標って?」

なぜ僕の言葉からそう解釈したのかが気になりそう尋ねると

「えっ?だからあなたの好みに合うハイレベルな女性がいなかったんですよね?」

理解が追いつかず一瞬間をあけ

「いやいや!そういう意味じゃないですから!」

全力で否定した。

確かにそういう風にも解釈できるな!自分で納得したわ!

「そうなんですか!?すみません」

慌てて女性が頭を下げる。

「いえいえ!こちらこそ変な言い方をしたようで」

これ以上ここにいるとまた良くない事になる前に退散したいが一度引き留められてしまってはどうしたらいいのか分からない。


女性は僕の後ろ、会場に繋がる扉を少し開け中を数秒確認した。

「あの、良ろしければご一緒してもいいですか?」

「...はい?」

「外に出るのを、です」

「え...でもあなたも参加者なんですよね?いいんですか?」

出会いを探すために申し込んだはずの彼女が、開場に入りもせずそう言い出した事が疑問だ。

「ええ、実は姉に勝手に申し込まれて無理やり送られただけなので。正直気が進まなかったんです」

「あー、それで」

似たような境遇の人も案外いるもんだな。

「でも妹の事を心配してくれてるんですよね?...送り迎えまでしてくれるなんていいお姉さんじゃないですか」

「そんなことないですよ」と困ったように笑い

「姉は両親から結婚しろってプレッシャーを受けるのが嫌なだけです。自由奔放な人ですから。私が結婚すれば両親の目が私に向くでしょう?だから嫌な事を私に押し付けようとしてるだけですよ」

「あなたは...えーっと...」

そういえば名前は知らなかった。

夕暮(ゆうぐれ)です。夕暮(ゆうぐれ)水景(みかげ)。」

「夕暮さん...。僕は香月(こうづき)...です。香月(こうづき)(りん)。」

なんとなくの流れで自己紹介すると

「......よろしくお願いします。...あと先に言っておきます。ごめんなさい」

後半は声のボリュームを落として彼女は微笑む。握手を求められたので手を差し出すと勢いよく引っ張られた。引かれるまま出口方面へと歩く。

「え!えと!!どこに!?」

「どこか目に付きづらいところです」



「ほんっとーに!ごめんなさい!」

近場の裏通りにある居酒屋に入り戸惑う僕を他所に素早く注文するとすぐ机に手を付き頭を下げられた。


「あの...僕はどうしてここに連れてこられたのでしょうか...?」

今だに戸惑いを隠しきれない。


「実は......」

話を聞くとこうだった。

夕暮さんを合コンへと連れてきたお姉さんがまだあの場にいて妹が会場にきちんと入る所を見ていたらしい。夕暮さんにとっては運良く僕と会った。


「誰か、男性と仲良くしている所を見せれば余計な事をして来なくなると思ったんです」

「今までも何かあったんですか?」

「ええ...まあ」

うんざりしたような顔でそう言いつつ夕暮さんは来たばかりのビールを煽る。


つまり男避けのために使われただけなようだ。

厄介な人に捕まったんじゃないか、これから先どうなるんだと今に至るまで思っていたからどこか安心した。


「ごめんなさい!あと一時間でいいんです!付き合って貰えませんか?奢るので!」

姉に怪しまれると面倒なので、と夕暮さんは付け足す。


「まあ、それはいいですけど。.....恋愛...したくないんですか?」

「したくないと言うか......」

グラスに口を付け彼女は目を伏せる。

「...嫌な恋愛をしたんです。昔」

酒に酔ったのか、見ず知らずの相手だからか、彼女はそう話し出した。


「二年間片思いしていた相手がいたんですけど」

「振られた...とかですか?」

「いえ...付き合ったんです。初めは軽いスキンシップから始まって、初めて彼の家に行ったときにキスや...その......下を触られたりとかあって...」

「......」

反応に困る生々しい話が始まった。


「でも、私はずっとその人を好きだったし、これから先もこの人しか居ないんだって思っていたから良かったんです。でも......」


その先の流れは何となく想像出来た。

「三ヶ月くらい経ったとき、急に彼に無視されるようになりました。きっかけは分かりません。突然の事で身に覚えもありませんでしたし......。後になって彼の嫉妬とかが原因だってことが分かったんですけど......」

「無茶苦茶じゃないですか...」

身勝手すぎる。

「仲直りしても元通りにはならなくて。ある日彼に抱かせてくれなかったら別れると切り出されました」

「はぁ!?そ、それで?」

「まあ...その......そうですね」

言いにくそうに言葉を詰まらせた彼女の様子からどうしたのかは察しがついた。


「それからです。彼とあっても会話もなく、ただ体だけを求められるようになりました」

「でしょうね」とか流石に言えなかった。

クズすぎるだろ、そいつ。そんなやつの言いなりになっていたこの人もどうかと思うけど。


「しばらくして良くない噂が流れ出しました」

「噂?」

「私が...嫉妬で彼とよく話している女性の足を引っ掛けたって。でも全く身に覚えがないんです」

「ならデマじゃ...」

「私だってそう思いました。でも、周りは、その女性がその事を言いふらしていて私の言う事を信じてくれませんし、彼だってその現場を見たって言うんです。彼女は周りからの人気者でしたからその効果もあったんだと思います。」

聞いてはいたけど改めて女の世界って怖いと思った。その周りから固めていくところとか。


「こんな事を言うのはアレですけど.....その女性と、彼氏さんが共謀していたって事は...」

「......分かりません。でも私よく記憶がなくなる事があるんです。一種の精神病...のようなもので。だから事実かどうかも正直不明なんです。でも...」


「でも?」

「その事が起こる前、私はもう彼と別れようと半ば決心していました。だから嫉妬なんてしていたはずがないんです」

「じゃあやっぱり......」

彼女が恋愛不審になった理由が分かった気がした。


「彼とはそれで一回切れたんですけどしばらくしてどうしても彼を忘れられなかった私から連絡しました」

「え?」

なんで?そんな酷い目にあったのに。

「どうしても昔の...、私が片想いしていた頃の優しくて一緒にいて楽しかった彼の事が忘れられなかったんです。また、あの時の彼に戻ってくれるんじゃないかって...」

夕暮さんは続ける。

「三年くらいなんとか彼をつなぎ止めようとしたけどダメでした。私も彼も仕事先が離れて...それからは連絡もしていませんし会うこともありません」

正直、恋愛低級者の僕には荷が重すぎる話だった。こう淡々と話してはいるものの内容が重すぎる。


いたたまれない気持ちでいると、夕暮さんは勢いよくビールを飲み干しガンッと音を立ててグラスを置いた。

「あはは、ごめんなさい。酔ってるんですかねー。でも、なんか話したらスッキリしました」

「お役に立てたのなら...知らない人だからこそ言える事もあるでしょうし」

何も言ってあげられず、言葉にしながら傷ついている彼女を見ていることしか出来なかったけど。


「知らない人...。......そうですね」


「え?」

小さく呟いた言葉はガヤガヤした店内の音でかき消される。

「あっ、こんな話をした後で言うのもなんですけどその彼も『香月』って名前だったんですよ」

「え、そうなんですか?」

まあ、この辺りじゃ珍しくない名字だからな。


「......」

「?」

じっと彼女に見られてる気がする。

だが自意識過剰か、思い過ごしだったのか夕暮さんは追加で来たばかりのビールを豪快に飲む。

と、そのタイミングで携帯を取り出した。

「あ、もうこんな時間ですね」

話をしている間に一時間経っていたらしい。

「出ましょうか」



酔いで火照った顔に肌寒い風が当たる。

そういえばもう合コンの方は終わっただろうか。

あっ、そういえばまだ会場から出た事をあいつに伝えてなかった。


「今日はありがとうございました。付き合って貰っちゃって申し訳ないです」

深深と頭を下げられる。

「いえ、大丈夫ですよ」


「......やっぱりあの話、本当だったんですね」

「あの話?」

突然の何の脈絡もない言葉に首を傾げる。


「...さっきの話の続き...です。彼、『香月倫』くん。二年前に交通事故にあったそうです。......こんな機会、あるわけないと思っていたけど、自分へのケジメのために利用させてもらっちゃいました」


「...え...?」


僕の返しに夕暮さんは悲しそうに笑う。

「それじゃあ、『さよなら』」

彼女は去っていった。



帰り道。僕は考える。

僕と同じ名前の彼女の元恋人。

そして事故の話。



そういえば僕が目覚めたのも二年前だった。

二年前の病院のベッドの上。

看護師の話によれば飲酒運転の車に跳ねられたとか。

そのときに脳に何らかの影響があったらしく過去の記憶は曖昧になっている部分がある。だが家族や友人の事など、必要な事や大体のことは覚えているし気にした事はなかった。


でも...


「まさか...な」


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