第8話 森の中から覗くもの
夜も更け、空から降る月と星の光だけが地上を照らす中、焚き火の明かりがゆらゆらと揺らめいていた。
夕食を終え、打ち合わせを終えた面々は焚き火を囲んで、雑談をする者、武具の手入れをする者と思い思いに過ごしていた。
ただ、マタゴは早々に寝てしまった。街を出てるのは初めてらしく、慣れない旅に疲れたとビクルーが言う
「しっかし、これが初めての旅だったなんてなぁ〜。偉いもんだまったく」
「どうせ、うちの奴らも見習ってほしいとか言い出すんでしょう?」
「分かってんならもっと真面目に働け」
「まだまだだと、私は思いますがね」
「マタゴくん頑張ってたじゃないですかー。出発の前日から今まで、終始緊張した雰囲気でしたよ。ねぇ、ティグさん」
「そうだな、しっかりしてたよ」
自分の旅に明確な目的を見出せていないティグには、あらゆるものから必死に何かを得ようとするマタゴが眩しく見えた。
(やらなきゃいけないって意識は残ってる。約束は果たさないと、って分かってる。それななのに…。やっぱり色々忘れちまってんだよな、これ)
今まで何度となく見てきた、斧男から逃げる夢、それがパタリと止んだら今度は、覚えていたはずなのに頭の片隅にもなかった過去の夢。
ティグにとってはどちらも負担になっていた。
前者は得体の知れない男から追われる恐怖、不安感
後者は何ものにも代え難い大切な時間を忘れていたという罪悪感。
それに加え、何を忘れているかが分かっていないと言う不安感。
これらの感情はティグに、眠りを躊躇させるには十分すぎる効果があった。
だが、今回ばかりは、それに救われた。
皆が眠る準備をし始めすっかり警戒を解いてしまっている中、森の奥から、ゆっくりと近づいてくるその、どこか懐かしい気配にティグは真っ先に気付けた。
そんな中、テナだけはティグと全く同じ方向を注視していた。
「ん?あんたらどうし…ルージ、こっち来い」
2人の様子につられるように森の方へと顔を向けたオルガは、何かを感じ取ったらしく仲間を呼ぶ。
「自分を呼ぶなんて、どうしんたんすか。今更魔物がどうこう言うつもりじゃあ……ありゃ、本当に魔物のお出ましだ」
魔物は魔素の塊と言っていいほど、体内に魔素を宿している。
魔素操作が得意な魔術師ならあたり一帯を、手を広げるように操作することで、魔物を魔素の揺らぎとして感知することができる。
「俺の腕じゃあどんな奴までかは分からねぇが、間違いない」
「ビクルーさんあんたは弟子連れて馬車に引っ込んでてくれ。そこの坊主もだ」
「分かりました」
「は、はい」
「うちらは、いつものでやるぞ。テナさんは後方で待機。もしもに備えて欲しい」
「はい。お気をつけて」
「ハッ!誰に言ってんだい」
そう言って森へと向き直る。
武器を構えて、まだ姿の見えぬ脅威へと備えるその姿は、手慣れたものである。
「まさかクラウネとかじゃ、ねぇよな」
ベルトが恐る恐るといった様子で言う。
「発見報告見たろ。それしか考えられないぜ。まったく、調査班めしくじりやがったな」
この森にきた町が派遣した調査班を恨めしそうに言うルージ。
「さぁお出ましだ。クラウネだって覚悟できる分ましだと思いな。いくぞ!」
そこに現れたのは、少し大きな鼠だった。
鼠と言うにはその体は些か大きく、魔物と言うには迫力に欠ける中途半端な体。
しかしその実態は、油断すれば一瞬で命を奪われる冒険者の天敵である。だがやはり、危険動物と言うにはちんまりしているが。
隊長であるオルガが真っ先に突っ込み、鼠の足を目がけて横一閃。
それを避けようと鼠が跳んだ瞬間、何かに弾き飛ばされる。ルージの魔術だ。
「ギギ…!」
「よし、まず一回終わるまでは削りながらいくぞ」
◇――――◆
荷馬車には外の様子が分かるよう、小さな穴が開いている。
そこから食い入るように外の様子を見ているティグの姿があった。
「す、すごい」
「本格的な戦闘は初めてみたいですね」
「さっき、鼠が吹き飛ばされたのは魔術ですか?」
「そうです。単純に魔素の塊をぶつけるだけのものですが、ああいう小さい対象には効果的でしょう。対人となると相手のバランスを崩すため、戦いながら腕や足へ的確に狙える技術が必要になりますが」
◆――――◇
一方オルガたちの方は膠着状態にあった。
オルガたちが有利な状況で。
完全な挟み撃ちではないが左右に分かれて鼠を睨む2人に、その後方からルージが魔術を放てるように待機している。
前衛のどちらか一方に狙いをつければ、もう片方が襲ってくる。更に、跳んでしまうと魔術の餌食に。
かといって後衛に突っ込めば、前衛2人に襲われてしまう。
先程から度々オルガたちが仕掛けるので、鼠はそこでなんとか打開しなければいけない。
「そぉら!」
わざとらしい掛け声と共に襲い掛かるオルガの剣。
魔術を恐れた鼠は跳んで避けることを諦め、全速力で距離を詰める。
縦に振り降ろされた剣を極僅かな動作で避けきり、ルージの射線を遮るように、下がろうとするオルガ目がけてその前歯を向ける。
首めがけて跳び込んできた鼠を左手の籠手で受けるオルガ。
直後、ガギン、と大きな音がなる。
籠手で防いだはずの鼠の攻撃は終わることがなく、そこに噛み付いたままガリガリと、必死の形相で噛み砕こうとしている。
「まずは一回ッ」
先程までの賢さを感じさせないような、力ずくで、無理やりなやり方。
その鼠に剣が突き刺さる。
「グギュ!」
「焼きは無しだ!再生の方が早い!」
鼠が力任せになったのは理由がある。勿論数少ない好機だったというのもあるが何より、一度致命傷を負うくらい、況してや一度死ぬくらい問題ないからだ。
この鼠、ズミクラウネが冒険者から恐れられるのは、底なしの食欲による獲物への執着、獲物の力量を測りその考えを読む賢さ、そして何より魔物由来の再生力があったからだ。
そして他の魔物と比べて体の小さいズミクラウネは、再生に必要な魔素量も少なく、その再生力で群を抜いていた。
「ギ……ギュゥ!」
ズズズという音と共に形を取り戻していく、その上から剣が突き立てられる。ベルトがやったようだ。
森の中での活動が得意な彼はオルガが噛まれた時に鼠の後方、森の方へと気配を消していた。再生に掛り切りの鼠ではそこまで気を回すことなど不可能だろう。
「よし、よくやった!タイミングを見誤るなよ。クラウネの魔素暴走は洒落になんねぇぞ」
「姉さん、燃やさなくても?」
そう尋ねるのはルージだ。再生中である魔物の対処法で一番なのは、魔術か精霊術による焼却だ。
再生を中断し、辺りの魔素も消費できるという一石二鳥の方法ではある。
「いや、この再生力じゃダメだ。燃えながら突っ込んでくるぞ。やるとしても最後の最後だし、燃やしてる間はアンタが動けないのが痛くなる」
そうこうしている間にも鼠の再生が終わり、戦闘態勢に入っている。
オルガが回り込むように駆け出す。
鼠がその動きに釣られた瞬間、その足目掛けてルージの魔術が飛ぶ。が、それを後ろに跳んで回避する。
「ギ!」
跳んだ鼠が横から叩き斬られる。
「クソッ」
ベルトが放った斬撃は鼠の腹を切り裂いたものの、その程度では致命傷にならないようで仕返しとばかりにベルトへ噛み付いてくる。
「ベルト!」
ベルトはそれを引き戻した剣で受けようとするが、鼠の噛み付いたところで、ガギ、という音と共にヒビが入る。
「姉さん!」
「オラァ!」
そこで動きが止まった鼠に、オルガの一振りが襲い掛かる。
その一振りは確実に鼠を仕留めたが、ベルトの剣がそのまま折れてしまった。
予備の短剣を準備していたようで、すぐに切り替えている。
「ハッ。剣の一本くらいくれてやるよ」
常に金欠気味であるオルガたちの財布にはとてつもない痛手ではあったが。
そして鼠はこの戦闘で3回目の再生に入った。
前半戦終了。
魔物魔物しないって言っときながら、フラグはバリバリ立ってましたね。
ってことで今回はそんな魔物の討伐講座
〈ズミクラウネ討伐〉の手引き
まず魔物に共通する部分は体の損傷を再生でき、例え死んだとしてもそれは半ば強制的に行われることです。
魔物の体の多くが魔素でできていて、それは元の形に戻ろうという性質があります。(何故、再生するのか、魔素って一体何なんだ等の話は、今後、作中にて出す予定です)
じゃあ再生する間も無く切り刻み続ければいいじゃないか、となるかもしれませんがそうはいきません。
元の形に戻るため魔素が集まるのですが、集まっても集まっても再生できないと、魔素がどんどん密集していきます。
再生させようと魔素を集める力に、限界まで集まった魔素は反発し合い暴発します。
大量の魔素を消費して発生する爆発のその後は、再生は行われない場合がほとんどです。
それを利用して、1人を犠牲に討伐をしたなんて事例もあります。
そんなこともあって、保有する魔素に対して、再生に必要な魔素量の少ないズミクラウネの魔素暴走はトンデモ爆弾になります。