第57話 理外
どこからともなく飛んでくる針は、一直線に打ち出されるものではない。
優れた魔法力による、広範囲かつ高精度な魔素操作術は、木という障害物をものともせずに狙った位置への狙撃を可能とする常識外れの能力だった。
そもそも、コーは戦況の変化が斧男への増援につながったと考えているが、あちら側に変化するほどの戦況は存在しない。戦力となるのが、ティグを庇いながら戦うシイナでは劣勢以上のものにはならないだろう。
そして、言葉を使うことができないシイナでは、ティグを鼓舞することも叱責を投げることもできない。
それなら、ティグたちは逃げられぬよう抑える程度にとどめ、個の戦力として圧倒的な力を持つ斧の勇者の方を解決した方が、任務の達成は確実なものとなるだろう。
勇者とは人間を超越した存在だ。そこに人族も魔人族も関係なく、勇者の前では只人である。
だからこそコーは、勇者同士の戦いに介入してくる者などいないだろうと高を括っていた。初めこそその考えは真っ当なものだったかもしれないが、場が膠着状態になってしまえば付け入る隙はいくらでも生まれる。 斧男の言動から見え隠れする傲慢さもあり、連携を選ぶ手合いのようには見えなかったというのもあるかもしれない。
実際、斧男本人は連携など考えるたちではない。問題は斧男の動き、性格を熟知し、人外の立ち回りに合わせることができる周囲の者達だった。
戦争は過去のものとなり、勇者も形以上の意味が薄れてきた現代では、それが持つ強さは純粋な力のみとなってしまった。戦いにおける未熟さ故に、斧の勇者の内1人がここで消えることとなった。
◇――――◆
(初めはこの仕事にこれだけの人数を割くのかとも思ったが、なかなかどうして面倒くさい)
襲撃者達のまとめ役――この一団にとってまとめ役などあってもないようなものだが――は淡々と目標の動きを封じつつ考える。
(5番を殺してからの動きも早い。森抜けにしたって随分と厄介な面子に守られている。いや、むしろ何者かが守っているのか?)
ここで襲撃者は仕事の内容を思い出す。
(相手が化け物だろうが、勇者にとっては取るに足らない存在だ。それが、向こうにも勇者が付いてるとは。それがなければ、こっちの勇者にとどめを刺させるなんて条件だって)
彼らの目標はたった1人。勇者がとどめを刺さなければいけないという条件は、大抵、勇者が暴れて終わるため気にする必要はない。はずだった。
(雇い主は、こうなることが分かっていたのか、それともその対象がそれだけ化け物なのか。…多分前者だろう)
今まさに自分達が追い詰めているその対象は、この戦闘において使い物になる様子は感じられず、ただただ守られているだけだ。その様子から見ても、他の者達は対象を守るために用意された人員なのだろう。
もし生き残ることを優先するのならば、対象を置いて一点突破で逃げればいい。それが許されるとは限らないが。
しかし、情報屋も勇者も、目の前で抵抗を続ける拳士も、誰一人として逃げる素振りは見せなかった。
「おい、向こうは終わったろ。この邪魔なのをやらせろ」
「まてっ」
この一団は雇い主の人形たらんとする者達が集められているが、全員がただの人形になり切れるわけではない。雇い主に対する忠誠心こそあれども、他者と歩みを合わせる理由にはならないという感覚の者もいる。
求められるのは完璧な任務の達成だ。1つの損害もなく、目的の達成を得ることだ。
ただの人形であれ、駒の1つ、戦力であることに変わりはなく、それが失なわれることは即ち雇い主に不利益が発生するということを意味するのだが、全ての人形がそこまで徹底した意識を持てるわけではない。
「…!」
包囲をするように組んでいた陣形の内、最も森の外に近いものが飛び出した。
1人が功を焦ったことで陣形が崩れる。飛び出した1人を静止させようとする者、無理矢理にでも動きを合わせて援護しようとする者、状況が悪くなった場合を考えて一歩引いて傍観する者に分かれてしまった。
隙と呼ぶには僅かなものだ。飛び出したことそのものが問題ではない。ただ、僅かでも隙が生まれてしまったことが問題だった。
そして相対するはその僅かな隙をも逃さぬ拳士だった。
「な」
油断はしていなかった。意識を連携から必殺に絞っただけであり、そこに慢心や、気の緩みは存在しない。
ただ、気が付けば鉄に覆われた拳が目の前に迫っていた。
本来、相手の側面を叩くような腕の振り方が、低く捻った姿勢によって縦の回転で繰り出される。
飛び出し男は連携を得意とせず、むしろ標的を確実に始末することを得意としていた。相手がどんな手を用意していようと、どんなに対応してこようと、その手から逃れることを許したことはなかった。
そんな暗殺者にも、動きが読めない者を相手にするという経験だ。
目の前の拳士から動きを読み取れないことに、吹き飛ばされて初めて気が付いたのだ。
そしてそれは、襲撃者全員にとっても異質な光景だった。
(何だ?!)
危険を察知した本能によって、半ば無意識に陣形の再構築が優先される。遥か後方に吹き飛ばされる味方を背に、多対一で封じ込めるべき相手だと襲撃者全員が判断できたのだ。
ただ、それが間違った選択であることに気が付くことはできなかった。
飛び出し男に近い位置で包囲していた2人は一点突破を恐れ、若干後方に動きながら空いた穴を塞ぐように立ち塞がろうとする。
拳士の側面に位置していたものは、包囲が広がらぬようその距離を詰める。
ただ、後方を抑えていた者に迷いが生まれた。
当然、シイナが攻勢に出る瞬間はティグを守る者がいなくなる。
包囲を狭める際に、無防備なティグとすれ違ったのだ。
「ちぃ!」
まるで隙が生まれることが分かっていたかのように、裏拳が背後へ向けて繰り出される。
拳士は止めるべき脅威であり、数で封じ込めることが求められる。だが、この任務は対象の排除が全てだ。拳士が対象を守っていたことからも、この場を収めるためにもここで確保してしまえば良いのではないか。
そんな迷いを鉄の拳が打ち砕く。この場は既に、包囲でどうにかできるような状況ではなくなっていた。
「…!」
しかし、それを受ける側もまた手練れだ。両の手で裏拳を受け止める。
受け切れるだけの体制ではなかったために、数歩分だけ吹き飛ばされただけにとどまる。ただ、打撃を受けた腕まで万全とはいかないようで、受け身にも少々手間取っている。
大打撃、とはいかなかったが、その隙にティグを回収したシイナは包囲を脱することに成功する。
◆ーーーー◇
(守る)
向こうは気が付いてなかったようだ。
(守る)
あれから長い時が流れた。忘れている可能性だってあるだろう。
(守る!)
それでも、私の目の前に現れてくれた。
(今度は、私の番なんだから)
身体能力の強さは、筋力と意思に応えられるだけの魔素、そしてそれに耐えられるだけの器によって決まる。
シイナの拳からは、とても人のものとは思えないほどの威力を持った一撃が放たれる。一見、力がのっていないかのように見える動きでも、人を壊すのに十分な破壊力を有するのだ。
一方で、シイナの動きは読まれづらい。読むことが不可能だと言ってよいだろう。
相手の動きを読むという行為は、相手の体勢や目線から思考を読み取るという技術的なものによって行われることは非常に少ない。むしろ全てが、より感覚的なものによって行われている。
相手の意思を読み取るという能力。それは霊視の前段階とされる技術のひとつだった。現代ではその常識は消え、感覚、才能の域で語られている。
魂を視る霊視に対して、相手の魔素から意思を読み取るという感覚的なものへと変化した現代。そして、魔素は人が人である限り、この世界で生きていく限り、量の違いはあれど必ず保有しているものなのだ。
だが、肝心のシイナにはその魔素が無い。そこに存在するのかと疑うほどに。およそ生物としてはあり得ない状態だが、無いものは読み取ることができない。
魔素を保有していないにもかかわらず、膨大な魔素を保有していなければ説明のつかない打撃力を持つ、大きな矛盾を抱えた存在。
そう、シイナもまた理外の存在だった。
いくら手練れであっても、戦闘、殺しに長けた者であっても、所詮は人の域を出ない。
陣形が崩れ、数の優位性を保つことができなくなったとあれば、只人が常識の外側にいる存在に打ち勝つのは難しい。
(こんなところで終わらせない。約束、守ってもらうんだから)
だが、この状況を打破するのは決して難しいことではない。
理外を打ち砕くのは、いつだって理外の存在なのだ。




