第6話 絡み合う意図
駆け引きの欠片もなかった交渉を終え、ティグは荷物をまとめるために宿へ戻っていた。
(なんか、気付いたら勝手に話が進んで勝手に終わってた)
「おう、お前さん大丈夫か?あの旅人さんに連れてかれてたのが見えたんだが」
ティグが宿の中に入るとそこには、机を拭いている親父がいた。
先程まで厨房にいたのか、普段食堂で接客をしている姿とは違っていて、汚れが着けばすぐに分かるような真っ白な服装だった。
「えぇ、大変でしけどね。でもそのおかげでここを発つ目処がつきました。いきなりになっちゃうけど色々お世話になりました」
「ははは。いいさ、こっちは宿やってるんだ。そんなの日常茶飯事だし、場合によっちゃ死んで会えなくなるなんてあるからな。無事に行けそうなら気にする必要はないさ。荷物とかまとめなきゃだろ?早くした方がいいぞ」
「ありがとうございました」
「おう、頑張れよ」
親父の言葉を背にティグは階段を上ってった。
◇――――◆
先程まで交渉をしていた部屋は、ティグが出て行った後他の2人が交渉を行っていた。
「どうしてダメか聞いてもよろしいでしょうか?」
雰囲気からすると交渉は難航しているようだ。
「こちらの要求は聞けないくせに、協力してくれなんておかしな話だと思います」
「ハァ。昨日の話ですか…。ですがあれ以上は無理です。私としてはここまでなら呑めますが、ここからはあなたでどうにかしてください。まったく、どうしてそんなに他人を巻き込み多賀るんですか」
そう言ってビクルーが指す先には何やら細々と字が書かれた木札が置いてあり、文と文の間には線が引かれている。ここまでが譲歩できる範囲ということだろう。
「うちには弟子もいるんだ。これ以上を要求するなら全部の話を無しにしてもいい」
今までには見せなかった強い口調に、決意の固まった力強い瞳。
テナはそれを、心の内を読むようにじっと見つめている。
「分かりました。ただ、そう言うからにはこっちが聞けるのも昨日の条件の通り、一件分だけです」
「いいでしょう。私が欲しいのはこの宿に泊まってる客の情報です。知ってるんでしょう?どこの部屋に誰が泊まってるか。どうしたんですか。まさか渡せないとでも?」
「い、いえ。ただ、私の情報はあくまで私のために集めてるのであって、断じて売るためではないんです…。只の善意で教えてもらったりしたんで」
ただ、全てではなくとも、どこの部屋に誰が泊まってるかの情報を持っていることは確かである。
「……」
「渡します。渡しますから!そんな恐い顔しないでください。ただ、私の持ってる情報は本来、売り物ではないと理解してください」
「何を今更。こういう時のために情報を蓄えているのでは?貴方の言う通り【自分のため】になるじゃないですか」
◆――――◇
1人の男が宿を後にし、宿とは別の家屋へと入っていった玄関を抜け一番奥の部屋に入ると、そこには小さな子を抱えた1人の女性が座っていた。
「ただいま」
「あら、仕事は終わったの?」
「あぁ。これで終わりだと思う。迷惑をかけたな」
「何をいってんのよ。そんなの何年も前に覚悟してるわ。そうでもなきゃ今頃あなたと一緒にいないわよ」
(いい女だ。自分には本当に勿体ない。何があてっても、絶対に、守らねなければ)
男は改めてそう決意する。
今後も巻き込んでしまう可能性が高い。いや、絶対に巻き込むことになるだろうと。
そうなった時に自分ができる精一杯をしなければと。
「それにしても。これだけでお金もらえるんなら楽じゃない?」
「いや、今回は何があるか分からなかったんだ。分からないことほど危険なものはないぞ」
「ふぅん。まぁ私はこの子との時間が沢山できたし。それでどうだったの?」
「おい」
「はいはいわかりました。深くは踏み入れないでしょ?わかってるわよ。でも、気になるのはしょうがないじゃない。それとお母さんにもお礼言っとかないと」
「話を逸らそうとしてないか?」
男の妻がいない間に、女将役として、働いてもらっていた。
そんなことよりも男は、本当に分かってるのだろうかと妻のことが心配になった。
先程まで頼もしく見えた自分の妻が、急に危なっかしく見えたのであった。
◇――――◆
町の門の近くにはこれから外に出るためかいくつもの馬車が停まっている。
その中の1つにティグが乗せてもらう馬車もあり、そこにはもう同乗者たちが集まっていた。
「改めてよろしくお願いします」
「はい、お金もきちんともらいました。こちらこそ宜しくお願いします」
ティグが改めて挨拶をしていると、その後ろから1人の少年が出てきた。
服は汚れてもいいようになのか、作業用の服装に見えるものだが、高く昇った日に照らされる金髪の髪は綺麗に整えられていた。
体格から見るに10歳程度だがその顔つきはしっかりとした、社会に出た人そのものになっていた。
「ビクルー様から貴方のことを聞きました。ベルタ商会で商人見習いとして働いている、マタゴと言います。エコルの街までですがよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。予定になかったのが入ってきちゃってごめんね」
マタゴとティグが軽い自己紹介をしていると、ビクルーが積み荷の確認を終え、やってきた。
「ティグさんが謝る必要はないですよ。謝るべきは、何の前触れもなく事を起こすテナさんですから」
「そこは申し訳ないとあれ程言ったじゃないですかー」
テナの反論を商人スマイルであっさりと流すビクルー。
そんな様子を見たティグは、黒を知らない真っ白な心を持っていそうな少年はいずれ、ああなってしまうのかと戦慄していた。
そうこうして出発準備が整い、先程まで打ち合わせをしていた護衛の冒険者たちがやってきた。
「おぅし。あたしが今回の護衛でリーダーを務めるオルガだ。こう見えても女だが、まぁその辺は気にしないでくれ。出発直前だからまとめて挨拶させてもらうが、よろしく頼む」
護衛として今回の馬車に同行する冒険者たち。そのリーダーとして出てきた女を見た者は全員こう思うだろう。
筋肉だ。と。
「よっしゃ行くぞぉ!」
「おお!」
「僕たちも乗りましょう。道中お手伝い、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ役に立てそうなことがあったら何でも言ってくれ。できるだけ力になるから」
「それじゃ、私は馬で同行するので」
「貴方の場合は護衛補佐として同行してもらうんです。しっかり仕事してくださいよ」
果たしてこの人は仕事をしてくれるのだろうかと、心配になる一同を背に「大丈夫ですよー」とテナは元気に手を振った。
こうして、それぞれの意図が絡み合う中、ティグの旅はいよいよ2歩目を迎えるのであった。
今、何でもって…。
(何でもするとは言っていない)