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在りし日の出来事② その正体は

 彼女が最後に覚えていることは、死にそうなほどの空腹と、喉が固まると錯覚するほどの乾きだった。その後、何かに運ばれた感覚はあったが、結局は森の途中で放置された。

 そこから何も覚えていない。

 突然口の中に仄かな甘みが広がり、慌ててその正体を確かめるとしゃりしゃりと何かを噛むことができた。それが林檎だとその時は分からなかった。しかし、食べ物だということは理解できた。


 ここには食べ物があると本能で理解した。それでも手元にはなかったため、食料を求めて辺りを見渡した。


「……」


 目が合った。

 人がいることに一瞬の間、安心することができた。

 その人が半透明で、その体越しに向こうの景色が見えなければの話だが。


「ぃひぇっ…」


 本当は叫びたかった。心の底から叫んでいるつもりだったが、疲弊しきった体には叫ぶ力もなかった。

 思い通りに声が出ないことを悟り、せめてここから逃げ出したい一心でベッドから抜け出す。幸い、呪いで動けないなんてことはなかった。

 が、体が思い通りに動かずベッドから飛び出しても着地ができなかった。


 足を滑らせ、膝を床へと衝突させる。


「ぅぐぅっ」


 少し呻き声をあげてしまった。

 あの得体の知れない女は明らかに少女を見ていたのだが、それでも怒らせないようにと声を必死に抑える。

 怒らせたくはないが、逃げ出したい。そんな気持ちが彼女の中に同居していた。


 何か出口らしき横穴が少女の目に入った。おぼつかない足取りで力の限りその穴を目指す。

 元々扉が付いていた場所、ということではなく本当に穴が空いてしまったのだ。


「あ」


 幽霊お姉さんがはっと呟いた。


「「「おきた!」」」

「ひ」


 突然響いてきた子供の声、それは明らかに少女が目指していた穴の方から聞こえてきた。


 得体の知れない、

 複数の、

 子供の声。


 緊張状態だった少女の心は、突然やってきた元気な絶望に耐えきることができなかった。

 せっかく目を覚ました少女は、身も心もボロボロになり、再び意識を失った。


「あらあら。私も確かな実体を持ってるわけじゃないのよね。お姉さんうっかりしてたわ」


 結局、少女を運んできたリーナ達を待つしかなく、気絶した彼女を再びベッドへ寝かせる。群がる子供達をなんとか宥め、幽霊お姉さんは陰で見守るために、部屋から出ることにした。

 願わくば、ついさっきの出来事を忘れてくれればと。


◇ーーーー◆


 ダジとエデナが帰ってきた後、少女が目を覚ます前に一通りの事情説明を行った。幽霊お姉さんの話も聞き、混乱している可能性を考えてあたりは幽霊達が厳重に部屋の周りを取り囲んでいる。

 とうとう日が沈みきるまで少女が意識を取り戻すことはなかった。

 その1番の原因であろう幽霊お姉さんは申し訳なさそうにしている。


「それで?この子になんかあるの?」

「いや、関係ないことだ。それに、どうとなることではないさ」

「ふーん」


 リーナ達が連れてきた少女が白い髪だったことを説明すると、ダジは少しの間だけ考え込んでいた。何かあるのだと思っていた。

 ダジが持つ知識は計り知れないほど多い。存在感強く、一体どれほどの数の魂から成っているのか検討もつかないくらいだ。

 たかだか髪色で何がわかるのかという考えがあるのも確かだが、だからこそ何かあるのなら可能性だけでも話して欲しいという思いもあった。

 ダジは時々、何かを思いとどまるような様子を見せる。

 まるで何かを避けるように。


「それにしても、こんな場所に生きた人がくるのも謎だな」

「そうだよねー」

「どこにいたんだ?」

「うーん」


 リーナが言いよどむ。疑問に思うことがあるのだろうか。


「リーナは何か腑に落ちない点があるようだな」

「うん。なんだか、見つけてくれって場所に倒れてて…」

「そうだったか?」

「ふむ、トナイはそうは思わない、と」

「私たちは霊視があるから直接目で見なくても分かったけど、あそこだけ木が全然なかったし」

「まぁ、そう言われれば?そうだったか?」


 トナイはその辺は意識していなかったようである。おそらく彼の中で霊視が世界を認識する上での基準となっているのだろう。

 それは霊視の能力が上がっている証拠で幽霊らしいと言えるのだが、霊視の比重だけが大きくなってしまうのはあまり良いこととは言えない。

 釘を刺しておく必要があると、リーナ達の話を聞きながらダジは考えていた。


「ぁぅー。おはけぇ、が…」


 少女が突然呻き出した。


「お、ついに起きるぞ」

「お姉さんは下がっててね」

「む。幽霊お姉さんは同じ失態を繰り返しませんよー」


 魂の反応から意識が戻ったのだと悟り、起きるだろうと予想することができる。

 ほどなくして虚ろな目で少女が目を覚ました。そして何かを思い出したようにキョロキョロと部屋を見回す。幽霊お姉さんは既に部屋から出ている。

 少なくとも少女の目に映る人形の者は、体が透けたり足が生えていないなんてことはなかった。


「おはよ!」


 もう夕方どころかすっかり夜だ。


「ぅぇ⁉︎」


 突然話しかけられたことに驚いたようだ。


「声がでかい」

「何か食べた方がいいよな」


 状況が飲み込めずにオロオロと辺りを見回すしかない少女。


「はい、これ水。あなた名前は?」


 水を受け取ると、ものすごい勢いでそれを飲んでいく。


「ありがとう。えと、私はーー・ーー」

「ほう。家名があるのか」

「へっ?えーと、はい。そうなん、です」


 いきなり飛んできた、しかも明らかに年上であるダジからの質問に、しどろもどろになりながらも少女が答える。

 どことも分からない場所で、誰とも分からない人に囲まれ、その心は不安でいっぱいだろう。幽霊のような何者かに襲われる怖い夢を見ていたというのも原因だ。

 夢でもなければ、ここにいる少女以外の者達は全て幽霊なのだが。


「擦った林檎がいいって言ってたから作っといたよ」

「ありがとう。はい、ひとまずこれ食べてね。この街のみんなで作った林檎よ」

「へ、へぇ〜。この街で…」


 そう言って改めて辺りを見回すと、塗装の剥がれた壁、その壁は塗装だけでなく表面が削れている。そして金具を残してドアの無くなった入り口、さらにぽっかりと空いている穴。まるで少女が見ていた夢の中で出てきた穴のような…。

 というよりこの廃墟を思わせる部屋自体に、少女はどこか見覚えがあった。


「腹を満たすなら肉といきたいだろうが、今狩に出せたばかりだ。それに、空になった胃にはあまり多く物を入れん方がいいしな」

「お気遣いありがとう、です」

「はははは!歳なんて気にするな。こいつらもそんなの気にしちゃいない」


 少女の敬語はぎこちなかった。

 流石のダジも堪えきれずに声をあげて笑ってしまった。


「笑うことはないでしょ!」


 照れて膨れた顔真っ赤に染まり、そこにはもう遠慮がない。


「子供は元気がいい方が丁度良い。私たちは幽霊だしな」


 切り替えの早い少女に満足そうに頷き、その勢いのままに真実を告げてしまう。

 ティグ達はこのまま隠し通すつもりだったのか、驚きに目を見開いている。身を隠しているエデナがこの場にいれば、目はなくともさぞ面白い反応をしていただろう。


「(ねぇ大丈夫なの?」

「(俺に聞くな)」

「(完全に固まってるじゃん。ダ爺はなに言ってんだ)」


 今更取り繕ったところでどうしようもないと踏んだ3人は、弁解することもなく少女の様子を見守っている。

 少女自身、夢とは片付けられない何かを感じていたはずだ。遅かれ早かれ、隠し通すことは無理だっただろう。


「幽霊には、あぅむ、見えないんだけど…」

「それはお前が()()()()()()からな」

「本当、む、に、幽霊なの?ぁむ、ここにい、んむ、る、全員?」

「その体じゃ、すぐにここを出てももたないだろう。私達にもこうして意思があれば言葉を交わせる。決して短くない時間を過ごすんだ。嘘を吐き続けるよりは良いだろう」


 一見して体調は安定して見えても、その体はまだ万全ではない。

 現に、話しながらも、幽霊に囲まれているかもしれないという恐怖に苛まれながらも、食べることを止めようとはしていない。本能が少しでも栄養を体内に取り込もうと必死なのだ。


「そ、そうなんだね」

「あ、騙してたつもりはないからね」

「そんな!疑ってなんかいないよ!」


 リーナの言葉を慌てて否定する少女。


「ただ、幽霊って生きてる人を憎んでるって印象が強くて、ここにいる皆はそういう風にはみえないなーって」


 その様子から、少女は単純に思ったことを口にしただけなのだろう。

 しかし、その口ぶりからは、まるでティグ達には見えていない何かが、彼女にはみえているかのように感じられた。

平仮名の「みえる」は意図してそう表記しています

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