第22話 死がやってくる
サンタクロースがやってくる
屋根の上にいたが動き出した時、ティグは特に身構えるようなことはしなかった。
その者が上からこちらに向かってくるのは分かっていた。何となくであるが、振り返った。
いくら、相手が他人の屋根の上に居座るような人物でも、何の反応も示さないのは失礼だろう、と感覚的に思ったのだろう。
実際はそこまで明確に意識はしていないが、振り返ったことで違和感に気がついた。
その者の手にある違和感。
月明かりに照らされている手元には、その月明かりを反射する何かがあった。
ティグはそれが何か分かった瞬間、その異常さにその場を飛び退く。
刃だ。
果たしてそれがナイフほどの刃渡りの短い物なのか、はたまた騎士が持つような刃渡りの長い物かは一瞬の出来事で、しかも闇夜の中では判別ができなかった。
しかし、危機を感じたティルグレッドはできる限り遠くへ跳んだ。
「は?」
突然のことに頭が追いついていない。
行き場の失った刃は振るわれることなく、その持ち主は着地に膝を曲げ一直線に追ってくる。
考える時間を与えない、その隙のない動きに必死に対応するティルグレッドの頭の中は疑問だらけだ。
(何が、何で、どういうことだよ!)
直角に突進を避けるティルグレッドに対し、それは迷うことなく左手に持ち替えた刃を投げる。
襲撃者の予測していたかのような行動に驚き、必死になって体を反らす。その場での回避しか考えられなかった動きによって、バランスが取れずによろけてしまう。
ギリギリで避けたものの、先ほどまでティルグレッドがいた場所には木材に刺さったナイフがあった。
「あっぶねぇ…!」
それを投げた人物はというと、外したことをなんとも思っていないようで、懐から新たなナイフを抜いてティルグレッドの様子を伺っている。
(どうして…)
それがティルグレッドの頭から離れない。
「テナさん…。一体何を……」
見間違えるはずがない。どう見ても寝てるかのように驚くほど静かな魂。
初めて見たときはただ単に寝ていたのかと思っただ、護衛の任務中以外でも、笑っている時も、変わらずに静かだった。
どうして、という言葉すら頭が疑問だらけで混乱し、喉の先へと出てこない。
一方、テナと呼ばれた者は姿勢を変えずに視線も外さずに全く動きを見せない。見た目は全くの変化がない。
ただ、「テナ」という名前が出た瞬間、その魂が揺らぎを見せたことをティルグレッドの目は見逃さなかった。
「どうして…」
「どうして私だとわかったのでしょうか。どうして私の奇襲に気づけたのでしょうか」
そう言っている間にも、その視線は外れない。むしろ、さらにティルグレッドを注視しているようだ。
「髪色を偽装しました。身長を偽装しました。匂いを消しました。声も変える準備をしていました。輪郭すらも同一だと思わせないようにしました。歩き方も変えました。何もかもを、あなたと共に旅をした、テナと違えました。服の擦れる音が出ないようにしました。足音の出ないよう靴にも手を加えました。あなたの意識が他所に言った瞬間を狙いました。何もかもを消しました」
「それなのにあなたはどうして分かったのでしょう。あなたが飛びのいた瞬間。あの時まさしくナイフを投げようとした瞬間でした」
「それをあなたは察知したかのような、そうとしか思えない動作で回避行動をとった」
「旅の中ずっとあなたを見ていました。そしてあなたの情報を集めました。その中に、先ほど見せた危機回避能力をあなたがとれると感じさせるものは一切ありませんでした」
「私から見ても、他の者から見ても、あなたの動きは全てにおいて、とても戦える者の動きには見えませんでした。鼠の一件から本能的な何かがあるとしか予想ができません」
「それだけでは真後ろでいて真上からのこちらの行動に対応できたと考えることはできても納得ができません。あなたが振り向き出したのはこちらが動いたことに反応したものだと考えます」
「何が何の要因で私の奇襲が勘付かれ私のことを言い当てられたのかが理解できない」
彼女、5番は仕事にプライドを持っているわけではない。さらに言えば自分が持つ技術に自信があるわけでもない。
しかし、仕事をやり遂げるためには手段を選ばず、どのような仕事でもその場での最善を考えた上で行動するのが、5番の仕事のやり方である。依頼主や1番もそれが分かっているために、いくつもの仕事を振ることはせずに一度に絞って命令を出す。
依頼主から命令が来るときは、無茶な仕事を頼まず、確実に見合った、または確実にこなせる仕事を振ってくる。
実はティルグレッドが幽霊だということは伝えられていた。
さらに、今回は1番が直接確認に来ているのもあって、5番の手に負えないということは起こるはずがなかった。
例え相手がただの一般人だとしても、その全てをもって仕事に取り掛かるために、こうも簡単に、当たり前のように、全てが見通されたことが不思議で仕方がなく、納得ができなかった。
それもそうだろう。
その全てはティルグレッドの『霊視』があってこその結果だった。
もっと言えば旅の中で霊視に関する記憶を思い出していなければ、5番の仕事は簡単に済んだことだろう。
さらに言うと、ダジが徹底的に、見分けや状態の読み取り訓練を重視して行なっていなければ、ナイフの一振りで全てが終わっていただろう。
霊視というものは、言わば失われた技術のようなものである。現代に残ってこそいれども、一部の天才が目覚める能力で、技術として伝わっていないのだ。
その希少性から、存在を知っている者も学者などに限られている。幽霊ほど短期間で習得できないにしても、訓練すれば人の身でもできるなど夢にも思わないだろう。
もっとも、霊視を妨害する方法など無いに等しく、あったとしても魔素を遮断できる素材を使い、全身を隙間なく覆うしか手段はない。
ただ、そのような素材はこの世界に存在しない。
霊視はただ単に視界で捉えて目で見るものではない。その道を極めれば目の前にいようが、背後にいようが関係なく全てを詳細に視ることが可能になる。
ティルグレッドはその域までは達していなくとも、背後の存在くらいは分かるまでになっている。まだ完璧でないのは目で視ることに意識が向いているせいだろう。
「は、はあ?何を…。いや、なんでこんなこと…」
5番の喋り方からティルグレッドの命を狙っていることは確かだろう。
それでもテナとしての印象が残っていて、ティルグレッドの理解が追いついていない。
(……こちらが答えないと、話が進みそうにない)
「仕事です」
「仕事…?誰がそんなことを。第一俺は」
「あなたがこれから何をしようが、これまで何をしてようが、仕事なので関係ありません」
「な……」
何者かは関係なく、仕事だから殺す。
その言葉にティルグレッドは絶句する。
(会話を続けても意味はなさそう)
このまま会話を続けたところで、求めている情報は得られないと感じる。
原因を求めたところで時間が無駄に過ぎ、なんの成果も得られないのならと、この結果だけが残り自分の動きは全て察知されると仮定した上で行動をすれば良い。
5番はそう考えた。
そう思うなり、いきなり行動に移す。
なんの予兆もなく目標めがけてナイフが投じられる。
「うぁっ」
しかし、ティルグレッドにはナイフを投げる瞬間に5番の魂が揺れたのを視た。
次への動きに余裕があったティルグレッドは一番最初に投げられたナイフを抜き取り、路地へと駆け込む。
それを静かに5番が追う。
(何で何で何で!くそっ、こっちに行ってどうなるんだよ。こっからどうすりゃいいんだよ)
5番が背後に迫る中、ティルグレッドは頭の整理がついていなかった。
咄嗟に角を曲がるも、意味はないだろう。
路地で一直線になった時に1回、角を曲がる直前に1回。
ティルグレッドは度々5番の魂を確認しているが、何かを仕掛けてくる様子が視られない。
体に隠せる本数も限られているだろう。もしかしたら最後の1本なのかもしれない。
あれだけ手慣れた様子の人物がそんな間抜けをするとは考え難いが、余裕のないティルグレッドばそれを願うしかなかった。
角をもう一度曲がったところで、追っていた5番がその気配を消す。逃げることに必死になっていたティルグレッドはその瞬間に気づくことができなかった。真後ろにいる存在にはまだ意識が向きにくいようだ。
ティルグレッドは急いで辺りを見回すも、5番を見つけることができない。
「うっえかぁ!」
思わず視界に頼ってしまったが故に見つけるのが遅れてしまった。そしてその手から放たれるナイフに、最後まで気づくことができなかった。
救いがあるとすれば、上を向いた瞬間に姿勢が変化したことで、ナイフが貫いたのが左腕だったということだろう。
「あ゛…っがぁあ!」
腕に痛みが走る。それを無視して必死に体を動かす。
その場に5番が飛び降り、その手にはさらにナイフが握られていた。
ティルグレッドがあの場で痛みにうずくまっていれば、それで終わりだった。
(やはり視界に入らなければ大丈夫そう)
あの時に、5番は辛うじてティルグレッドの視界に入っていた。それがなければ、そう考えた彼女は視界に入る前に仕掛けたのだ。
予想外だったのは、痛みよりもその場を動くことを優先したことだろう。
(動きは素人。新人冒険者としても足りない、危機回避に対しては少し違う)
ティルグレッドに対する評価を改める。
幽霊でも血は流れるのかと感心しつつ、死が死者の後を追う。
5番「(会話をしたが)何の成果も‼︎ 得られませんでした‼︎」
一発限りの暗殺者5番。
「乱用注意」とか「連続使用厳禁」とかが書かれた『5番取扱説明書』が作られてそう。




