第20話 地獄のような訓練
本来ここには丸々一本、在りし日の記憶が入る予定でしたが、これ以上長くはできないなぁ、と思い立ち短縮しました。
次の日になると、ティグはいきなり訓練場に案内された。
「さぁ、よく来た。今日は、と言うより今日からが本番だからねぇ」
昨日は、柱がいくつか立っているだけで何かがあるわけではなく、殺風景だった訓練場だがいくつもの机と、椅子が1つ置かれている。
その机の上には昨日ティグが運び込んだ物であろう魔水晶が数個置かれている。
「あぁ、こっちは気にしなくていいよ。私の暇つぶしさ」
「暇つぶし、ですか?」
てっきり訓練の過程で使うものなのかとティグは考えていたので、気の抜けた返事をしてしまった。
「昨日のことで今回の方針が決まってなぁ。教えるとかぬかしておいて無責任な話だが、数をこなすことを優先することにした」
「はぁ」
自分が異常なのは昨日の時点で重々承知しているので、一般的な訓練方法が合わないことなど気にしていなかった。
そもそも一般的な訓練方法を知らないので、訓練ができるのならどちらでもよかったとまで考えている。
「今回お前さんにやってもらうのは魔術の制御だね」
「力を抑えるみたいな感じですか」
「んー。本来、制御って言うとただ単に抑えるってわけじゃぁないんだがぁ…。今回はそれで正解だね」
字面だけで『制御』と見ると簡単なことのように思えるが、それが示すことは複雑である。
勿論、出力を抑えることも制御と言えるだろう。しかし、それだけが制御ではなく、例えば炎の形を変化させるのも制御である。
そもそも、魔素を操作すること自体が制御と言えるだろう。
ただ操作するだけでも操作方法の違いで、同じ効果を全く違う労力で為すことができる。
「さて、じゃぁ火を出してもらおうか」
「はい」
言われた通りに火を生み出すティグ。
発生させた火の状態は昨日となんら変わりのない状態である。
「うん。なんの変化もないな」
ユムが行う本来の訓練は、まず限界まで出力を上げさせて、その状態を維持することで限界値の引き上げを狙う。そうすることで低い出力での制御がやり易くなるのだ。
だが、現状で出力が変えられず、様子から見るに限界というわけでもないティグには、その本来の方法が通用しない。
「今回から、その出続ける火を抑えてもらう。要は手の上にあるそれを小さくしろってわけだ」
そんなことかと、単純な内容にティグは安堵する。
何せ、昨日の訓練中に火が今の状態になるまでの過程で、小さい火とわ言えずとも熱を僅かに感じる形を成功させている。
(あれをもう一回やればいいってことだよな)
「おぉっと。言い忘れていたが、昨日のあれだ「熱を感じる」だっけか?それだけやっても意味ないから。お前が今出してる火とあれは別物だからねぇ」
「へ?」
「あははっ。そんな楽できるとでも思ってんのかい。私が言っているのは、その状態で少しずつ威力を抑えろってことだよ」
楽ができると高を括っていたティグの考えを見抜いたユムは心底楽しそうに笑う。
「今お前は、10を使って10のことを起こしている。それを10を使って5を起こすことを目標にするんだ。2の力で2のことをやっても、意味ないだろぉが」
1の力で1を起こしてもなんの意味もなく、大きな力で小さなことを起こすことに意味がある。
ユムが行う本来の訓練では二段階目であるのだが、限界値を知ることに時間を費やすよりも、こちらの方法の方が現実的だろうという、ユムの判断である。
「さ、やってくれ。立ったままなのは、その方が集中しやすいからだ。単に椅子が1つしかないとか、準備するのが面倒だとかっていう理由じゃないから安心してくれ」
そう言われてしまうと怪しくなるものだが、教えてもらう身であるティグは従うほかない。
言われた通りに火の魔術を行使しようとした矢先、ティグの頭部に鈍い衝撃が走る。
「い゛ったぁ!」
ティグの睨んだ先には、したり顔のユムが笑みを浮かべて座っている。
「おやおや。いくら単純な作業しか手段が取れないとはいえ、それで終わりなわけないだろう?そしたら私はいらないじゃないか」
おどけた表情で、「そんなのはつまらない」と呟く。
これからの訓練では、この妨害が度々入ることが確定したようなものだ。どうにかしたいのであれば、進展を見せるしかない。
何せ、魔素の動きを感知できないティグにとっては防ぎようのない不意打ちだ。
「わ、分かりました」
◇――――◆
「ダメだ…」
あれから大分時間が経った。
度重なるユムの妨害に耐え、火を出し続けて早4ク。
こちらの気も知らずに手元の火は悠々と燃え続けている。
なんの進展もなく、なんの変化も訪れない作業は、ただの地獄だ。
「まぁ、進展がないのもなんとなく察してはいたけどねぇ。もう昼時に近いし、ここらの魔素も尽きてきた。精神的にも疲れたろう。休憩にしていいよ」
「ありがとうございます……」
ユムの指摘した通りに、ティグの心はくたくただった。
訓練場には試行錯誤の末に様々な器具が散乱している。その中にはあの白い箱もあって、横倒しになって置かれていた。
その箱へとうつ伏せに倒れこむとそのまま眠ってしまった。
「相当にきてたみたいだねぇ」
今日の訓練をユムはユムで見守っていたのだが、兆候のようなものも、解決の糸口になりそうなものもなく、変化すらない見られなかった。
(あの子の場合、魔素が感じられないのが原因だろうね。術の発動さえできれば、少しくらいは魔素のことが分かると踏んでいたんだが…。体が魔素だと、空気みたいに意識する必要もないくらい、当たり前なものになっちまうのかぁ)
◆――――◇
「死ぬー…」
「もう死んでるぞ」
「俺は死んだと言えるのか分からない…」
「幽霊なのは確かなんですから、死んでるんじゃないんですか?記憶喪失とかかもしれないですし」
「ねぇ!あたし!年長者!1番上なのに扱いひどくない⁉」
「死にそうなんじゃなかったのか?」
「もう死んでるわよ!」
こんな滅茶苦茶な会話だが、夜道を歩く4人は心底楽しそうだ。
その内1人は人魂のため手足が無いのだが…。
「そうなんだよなー死んでなかったら、こんな辛い思いしなくて済むんだけどな」
死んでから辛い思いをするとはおかしな話である。
しかしながら、記憶を有していないティグを除き、3人には元になった記憶があり、死の記憶も確かに残っている。
にも関わらず、辛い思いをするとはどういうことか。
勿論、死に方は人それぞれであり、一概に苦痛の伴うものとは言えないが、人魂のエデナを除いて2人の容姿は少年と少女だ。
幽霊の容姿は元になる魂に影響される。老人の魂が集まって生まれた者ならばその姿は老人になり、年齢差が大きい場合は心の強い方に影響される。
幼い容姿をしているのならば、それだけ元になった魂の年齢が低く、幼いうちに死ぬ場合は、大概が恵まれた環境ではなかっただろう。
もっとも、2人がそうなように、元の魂と同一人格ではないため、あくまでも記憶として知っているだけなのだが。
「眠る必要がないなら夜通し訓練ができるっていうのはおかしい気がする」
「なんだか、こんなの前にもありましたよね」
そう、ダジの地獄のような訓練は今に始まったわけではない。
「魔術訓練の時、2日間ぶっ通し、しかも休憩時間は、半日をまた半分にしても足らなかったぞ」
「ほんと!誰かさんの魔術が全く上達しないからー」
「う…」
言わずもがなティグである。
そもそも火を出すことすらできなかった中、火を出せるようになっただけでも十分だろうと、渋々ダジが納得したことでその日は解放された。
制御ができていないために、本当に渋々という風だったが。
「火魔術ができるようになった途端、固定されたまま制御できなくなるなんて、ありえるんですか?」
「ここにいるだろ」
「ぐ…」
霊視で足を引っ張る形になったトナイはここぞとばかりに責め立てる。
この霊視訓練でも休憩、もとい睡眠時間が与えられずに訓練させられた挙句、歴史を学ぶ授業中にも霊視を使い続けるという地獄を受け続けた。
「ま、今に始まったことじゃないし。正直、ダ爺が言ってることはあんま実感わかないけど、頑張るしかないでしょ」
「ほんとな」
「どうせ逃げられないなら腹をくくるしかないだろ」
「そうですね」
いつか必要になると言われても、今必要でないのならその重要性は分かりづらいものだ。
現に、その力が試される時がすぐに来るなど、誰にも分かりはしなかったのだから。




