第1話 夢から覚めて
まさか2話まで毎日投稿が続くなんて思いもしませんでした。
2018/08/06、加筆修正しました。
1話と違って、大きな変更はございませんが、斧男との逃亡戦にて、最後、斧男に台詞を追加しました。
「っ!」
急いで跳ね起きる
何が何だか分からない状況だったが、長い間意識が無かったようだ。
「寝てたのか」
廃墟となった街にある一軒家。そこの寝室に隠れていた。
寝室を見て、そういえば暫く寝ていないと思ってしまったのが悪かったのか、どうやら自分は寝ていたらしい。今は寝ることもできたし、それはそれで良しとしよう。
かつて故郷として生活していたゴーストタウン、幽霊達の楽園。だが、かつては幽霊で賑わっていたこの街も今は変わり果て、もはや怨念の残滓もない程に静かになっていた。自分の息だけがやけに煩い。
そんなことを考えながら周りの状況を確認しようとして、窓を覗こうとした時。
ダン!
寝室のドアが吹き飛ばされた。
「チッ!」
迷わず窓を突き破り、家の外へ飛び出しそのまま街の外へ向かって走り出す。一瞬振り返ると、ドアを吹き飛ばした犯人であろう者が様子を伺うように、窓越しにこちらを見ていた。
ローブを纏い、フードを深く被っていて顔は分からない。だが、背が高く、そのガタイから男であることは容易に想像できる。その手には、長方形の刃を持った黒い斧が握られていた。
その様相を見たら、誰もが処刑人を連想するだろう。
ほんの一瞬の間に目が合い、斧男がその身を屈ませ跳躍。斧を振り上げる。
横っ飛びに避けると、自分が走っていた地面が割れていた。にも関わらず、斧は既に斧男の肩に納まっている。
「ッ!なんて動きだよ!」
しかも体勢を立て直そうと身体を起こした途端に、斧男から横薙ぎの一撃が放たれる。慌ててしゃがみお返しとばかりにナイフを足めがけて投げるも、既に男の手に収まっていた斧によって弾かれてしまう。
まるで重さを感じさせない、男の斧捌きは常軌を逸していた。
ただ、防戦一方で避けることに全力を尽くしていた状態から、攻撃に転じることができたのがきっかけで一瞬の間ができた。
思わず一番近い家屋の窓に飛び込む。飛び込んだ先の部屋には既にドアがなく、そこを抜け息を殺して二階へ。
直後に大きな爆発音が響き、瓦礫を踏み抜く音が階下から聞こえる。
(一振りで壁を吹き飛ばすとかどんな化け物だよ!舐めやがって!)
あれだけの力を持っているのなら自分なんて容易く殺せるはず。そんな瞬間は今までに幾度となくあった。
それなのに斧男は値踏みするかの様に攻撃と攻撃の合間に妙な間を作っている。
(霊体化を警戒して深く入り込んでこないって事か?だけどそんな雰囲気じゃない)
腰のナイフに手を当て考える。
幽霊は実体化と霊体化を使い分けることができる。霊体化を使えば斧を透かし、できた隙を突いてナイフで喉を掻っ切る事もできるであろう。
最も、訓練に訓練を重ねてできるものであって、幽霊なら誰彼構わずできる訳ではない。幽霊ではあるものの、ティルグレッドだって完全に透かすことなんてできないのだ。
ドォン
またしても爆発音が建物内に響く。
どうやら斧男は部屋を順々に潰していっているらしい。このままいけば今いる建物は直ぐに崩れるだろう。
(しらみ潰しにとか…。お遊び気分も大概にしろよ!)
ただそのお遊び気分に助けられているのが正直なところである。
(爆発音に紛れて逃げることができればいいけど、いや、今はそれしか手がない)
こうしている間にも次々に部屋が潰されていくのが音と振動で伝わってくる。元々が貴族街だったのもあって大きく部屋数の多い家が多くて助かっていた。
どの道このままここに居ても崩壊に巻き込まれるか、なんとか助かって奴に見つかるかだ。
その時、爆発音と共に建物から、ヒビが入る様な「ピシッ」という音が聞こえる。
これはチャンスだと思い2階から飛び降りる。着地と同時に膝を曲げ、回転を加えて衝撃を殺す。その勢いのまま走り出すと目の前には門があった。
(門を抜ければ町の外だ!)
町の門を抜けて、その先へ全速力で走ろうとして、殺気に捕まった。
それは暗く、全身を一気に掴み潰すような重い殺気。
ティグは一歩も動けない。足を踏み出せば、殺気だけで殺されてしまえそうで、後ろを振り向けば、その瞬間に首が無くなるんじゃないかという威圧。
「何故進む。そこに何がある。お前は自分自身を理解していなさ過ぎる」
その声は、放つ殺気に見合った重く、人の心を震え上がらせるような悍ましい声。
「無知でいることに、何故そんなにも鈍感でいられる」
「お前のような存在で、手を煩わせる方の身にもなってみろ。何故ここまでお前に執着なさるのか、私では理解ができない」
それは紛れもない嫉妬の感情。
ティグはせめて、最後に何か言い返そうとする。
勇気を振り絞り、力の限り振り向けば、土煙からゆっくりと出てくる斧男の姿があった。相変わらず表情の見えないフードを被っている。
「動けるのなら、生きることに力を使えばいい。にも関わらず、最後かもしれないその好機を棒に振る。愚かでしかない」
「一人のお前にできることなど、何もない」
「愚かさを抱えて進むがいい。そして無様に滅べ」
ふと、先程までティグを縛っていた殺気が消えた。そして逃げる。必死に、今度は振り返らず。
その後ろでは、斧男が憎悪の瞳を向け、ティグの背を見つめていた。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、ずっと……。
◇ーーーー◆
目を開けると木製の天井があった。
休息のための睡眠が原因で夢を見てしまい、精神的に疲れてしまった。しかも夢を見るのはもうどうしようもないのでその分、疲労感も倍増する。
「酷い夢だった。そもそも何なんだよあの斧男は」
思い返して見れば、見たこともない街で見たこともない男に襲われているというのはどういう状況なのか。夢であれば尚更である。
故郷であったゴーストタウンは幽霊狩りの襲撃に遭い、それがきっかけでこの青年、ティルグレッドは街を出た。
だが、自分が住んでいたゴーストタウンには貴族街なんてものは無かったし、屋敷と呼べる様な家も一軒しか建っていなかった。それにあんな斧男は見た事もないと愚痴る。それなのに幾度もなく夢の中、あの街でその斧を持って襲ってくるのだ。
夢を見るこちらとしてはたまったもんじゃない。
「気付けば夢でした。めでたしめでたしで終わればいいけど、夢の中じゃあ夢だとかそういうことを感じないからなー」
ただ、今回ばかりはその内容が、今までのそれとはまるで違った。
話しかけてくるなんてことは、過去同じ内容の夢を何度か見たが、なかった。
「あからさまに、只の夢じゃないよな、これ」
全く覚えがない。
幽霊狩りとの戦いの後、緊張が抜けてか、言いようのない激しい痛みに襲われ、眠るように意識を失った。
恐らく、ダ爺が言っていた「受け入れられる」、「受け入れられない」などの話がそのことだったのだろう。そこから目が覚めて、どれだけの時がたったかティグは知らない。
それでも、ここが初めて訪れる町であり、その道中にはあんな大男には出会っていない。恨みを買うことも、何か執着されるようなことをした覚えもない。
「ホントに何なんだ……」
新しい町に着いて一安心と思った矢先にあんな夢を見てしまった。心底不安に思うが、油断するなという事だと自分に言い聞かせる。
兎に角、今は早急に解決すべき重要な問題が彼にはあるのだ。それは先程から鳴り止まない腹の虫。
そう…
「腹減った」
はぁ、とため息を吐きはがら宿屋の階段をトボトボ降りる。
この宿屋は二階が宿泊客用の部屋になっていて、一階へと降りれば食堂がある。
空いてる席がないかと周りを見渡せば、朝早くから狩に出かける冒険者や、なるべく1日で距離を稼ぎたい旅人などでほぼ満席だった。
とそこにここの宿主が軽く手を挙げこちらにやってきた。
「よっ。旅人の兄ちゃん。大分疲れてる様子だったがウチの部屋は寝づらかったか?」
「いや、むしろ熟睡した所為で変な夢を見てしまって」
「ハハハハハ!よく寝れた所為で疲れてんのかいな!罪な宿だぜ」
日が出るか出ないかの早朝に黄昏ているオヤジを、若干呆れながら無視して丁度空いた席に座る。
「朝に出せるもんは決まってるがいいかい?」
「それじゃあ、それでお願いします。それにしてもまだ地の刻なのに賑やかですね」
「そりゃぁな!日の出前後は獲物の感覚も鈍るし、何よりここはサリアリンが特産品だぜ?狩もしやすくて、日の花は早朝が命だ。冒険者にとっては朝が勝負どきなのさ」
それに、と宿のオヤジは続ける。
「動物たちが朝に弱い様に盗賊の類も朝に弱ぇ。良くも悪くもアイツらは本能で生きる獣の様なもんだ。旅人が地の刻が変わらぬうちに出発するのは、距離を稼ぐだけじゃなくそういう訳があるんだがーー」
オヤジはこちらを不思議そうに覗き込んだ。
「お前さんも旅人だろ?その軽装からして、戦闘が基本の冒険者をやってる様にも見えねぇし、まさか知らなかったのか?歳は18くらいいってんだろ。それぐらいなら色々そこそこ旅に慣れてるヤツだと思ったんだが」
そう。この青年テルグレッド、ティグは旅に出たことが今までで全くない。この街が初めて訪れる街だったのだから、そりゃあそうだろう。
そもそも彼は人間ではなく幽霊である。ここから北東に位置する、森に飲み込まれたゴーストタウンに住んでいた幽霊の1人だったが、幽霊狩りの襲撃に遭い、追い出されるようにして旅に出た。
一般常識については故郷の本で読んだり、育ての親であるダ爺から色々勉強したりはしていた。だが暗黙もルールの様な、知ってて当たり前のことは一切分からないことがまちまちだ。
それに加え幽霊だと知られてはいけないとも教わった。
基本的に幽霊は人に対して干渉することができない精神体と呼ばれる者なのだが、ハッキリと人から見ることができ、干渉もできる幽霊ともなれば、決まって災害の様に恐れられている。
歴史書に記載されている、そういった幽霊は決まって、妄念、執念、未練の塊のような化け物だからである。
「実は今まで家の手伝いをしていたんですが、仕事も住む場所も親から与えられたものばかり。せめて見聞を広めようと旅に出てやっとの思いでこの街に着いたんですよ」
「そうかそうか!ハハハ!今まで親の脛かじってたことを自覚したわけだ!」
「え、ええ。この時間に起きたのも夢にうなされてしまって、腹が空いたから丁度いいと思って」
一応仕事はしてた風に話したつもりだったティグはオヤジの言葉に苦笑いを浮かべるばかりだった。
そうこうしているうちに奥の厨房からオヤジを呼ぶ声がして、オヤジは渋々奥へと引っ込んでった。
「後で色々教えてやる。俺はこう見えても冒険者上がりだかんな!旅人だって金は必要になってくるし、稼ぎ方は冒険者も変わらんしな」
「ありがとうございます」
どう見ても戦いを生業にしていたオヤジに礼を言って、丁度空いた席に着く。
料理を食べ終わったティグは宿屋のオヤジに連れられ、町から少し離れた森の入り口へ来ていた。朝の稼ぎどきは終わったのか何人かの冒険者らしき人が森から出て行くところだった。
森の入り口で談笑しているグループもいたが、その中には今朝町を出たはずの旅人がいた。オヤジはそれに気づいたのか、いつの間にかその旅人に手を挙げながら話しかけていた。
「おい、お前さん。今朝旅立ったと思ったら何でまたこんなところにいるんだ?」
「それが、日の出狩りに遭ってしまいまして。なんとか森に逃げ込んだところをこの方たちに助けていただいたんですよ。本当に生きた心地がしなかったなぁ」
「ホント!話を聞いてりゃテナさんは相当運がないな。ここらじゃ日の出狩りなんて真面目に盗賊やってるヤツはそうそう居ないと思うぜ」
黒髪の旅人テナは、今回は計画的にかつ慎重に行動したんですがねーと頭を掻いていた。長身であることや、髪も短く切ってあり、女性の様には見えづらかったが、そこそこ整った顔立ちをしていて格好いい女性の雰囲気が出ている。
「そりゃとんだ災難だったな。で、どうすんだい?泊まり直すか?」
「いえ、護衛を雇ってる商人さんが昼には出るそうなのでそれに乗せていって貰います。1人だけじゃないなら護衛の手助けもできますしね」
「そうか。気ぃつけろよ」
ハイ!と力強い返事と共にテナは町の方へと走っていった。
「あの嬢ちゃんも色々大変な思いしてんだな」
「日の出狩りっていうのはー」
「主に日の出前に出発する旅人や冒険者を狙う盗賊たちさ。夜行性の動物みてぇにその時間に体を慣らして、安全かつ手堅く襲撃をこなす真面目な盗賊さ。ま!盗賊やってる時点で真面目もクソもないけどな!」
そんなこんなで森の中に入り、オヤジに着いて行くと円状に開けたところに辿り着いた。
森とその空間との境目には不思議と白い木が多く立っていてその根元には黄色い花がいくつも咲いていた。
「さて兄ちゃん。白い木の根元に生えてるこの黄色い花がサリアリンの花だ」
「あれ?でも売ってたサリアリンの花は白だった気がー」
ティグは町を出る際に、見本として花を見せてもらったのを思い出し疑問に思う。
「この花が咲いてから、日の光を浴びると黄色く染まってくんだよ。そんな訳があって日の花っちゅう名前だが、黄色いサリアリンは薬草としての効果が薄いときた。だから日の花は早朝が命なんだよ」
「なるほど」
「いいか?こいつはなるべく根っこから抜くようにするんだぞ。薬草として効果があるのは花びらだけだが、観賞用としても売っているんだ。この町の商業組合じゃあ、なるべく傷が少なく状態がいいほど高い値がつく。」
「でもこんなに沢山採れるんならそこまで高くはないんですよね?」
ここらには見えるだけでも何十本分の日の花が咲いている。
これだけあればそこまでいい稼ぎにはならないんじゃないかと。
「いいや。なんて言ったって日の花はここら一帯にしか咲かねぇんだ。欲しいとこは何処にでもあるし、それが遠方であればあるほど高く売れるかんな。それに採られすぎないように制限もかけられてるから、急激な値下がりはないさ」
「1人につき10本とかですか?」
「お。鋭いな1つの団体につき10本だ。日の花の採取は予め商業組合に2人以上のパーティで申請しなきゃいけないんだ。それに花の買い取りは町の入り口で行われるから結構厳重だ。このルールを破れば、犯した罪に対して見合わない罰が渡されるからな!」
恐ろしい笑顔でオヤジがティグに脅しをかける。絶対するなよと顔に書いてるのが容易にわかる。
「いやいや!やりませんって!」
「まぁ自立するための旅だからな。まぁそう言って盗賊に身を落としたやつもいる。挙句の果てにはどっかの暗部に入ったり、口には出せないようなことをするためのお抱えになったヤツもいるな」
そう言うオヤジの顔は寂しそうで、どこか遠くを見ていた。
オヤジの腕には、既に塞がった跡の残る傷があった。
「おっと話が逸れちまったな。じゃあ、次は狩猟の方だな。」
「あれ?サリアリンの花は採らないんですか?」
「残念ながら、今回は申請をしていない!そんな暇なかったしな!」
オヤジの方にも宿屋の仕事があるからと帰りがてら、狩猟の話をした。
初心者向けの獲物、逆に初心者が注意すべき相手。大して深くない森でも魔物は出没すること。旅をするにあたって盗賊に関する注意事項など、ティグは旅人としての常識を教え込まれた。
「そういや魔術は使えんのか?」
「魔術ですか?多分使えないと思います」
「なんだ?はっきりしねぇな。使えると使えないじゃ大違いだぞ。水の確保に火の確保。あって損はないんだがな」
「魔術という存在があるってのは知ってるんですが、どう使うのかーとか、そもそも使える可能性があるのかが分からなくて」
魔術に関しては全く知らないらしいオヤジは、「力になれずすまんな」と申し訳なさげだった。
ティグが宿屋に戻った時には既に、火の刻をまたいでいて昼時の宿屋は修羅場を迎えていた。そんな中帰ってきたオヤジは女将さんにこっぴどく叱られた。
「「昼の仕事以上に大事なものはねぇ!」って自分で言ってたじゃないか!何してんだいまったく!」
「す、すまん」
最早そこに弁明の余地はなく、オヤジさんは必死な様子で厨房に戻っていった。
なんだか悪いことをしてしまったと、申し訳のない気持ちでいっぱいになるティグであった。
屋敷を飛び出したら町の門って都合良すぎますよね。よくこういう悪夢の類って目覚める条件があったりするじゃないですか。要するにそういうことだ(どういうことだ?)。
次からはコンパクトになるかも