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第14話 初めての旅は

 町に入るとまず目に入るのが幾つもの宿。

 一目見るだけで高級と分かるものから、質素に見える宿まであるが、その全てはサービスが充実している。

 入って直ぐの通りは宿と様々な商店で埋め尽くされている。


「この町には北、南、西、東それぞれに門があり、そこから中央へ伸びる大通りの始まりは、どこもこの様な感じです」

「いくら広いって言っても、門から入っただけじゃ、その広さが分からないですよねー」


 この町の規模、それは世界を見ても5本の指に入ってもおかしくないものである。

 しかし、平地に作られたこの町を一望できる場所はなく、観光地としては少し物足りないのだ。


「ここら一帯の宿は、あの高級宿が顔となって、教育に励んでいるので、お金をかけずに質を求めることができるんです」

「へぇ」

「宿に迷えば、門前街。もう定番ですね」


 中央に行けば店も多く、活気があるのが一般的だが、宿に関しては少し違う。

 町に入って宿へと直行したい人が、一定数存在するようで、「門前街」と呼ばれるここら一帯は自然と質のいい宿が集まる。


「確か、『山羊の唄』も門前街でしたよね?」


 そう言ったのはマタゴ。

 宿のある場所というのは商売人にとって重要だからと、マタゴは徹底的に教え込まれている。


「そうですよ!東門の方です。私達がいるここが北門なんですが、この角をに真っ直ぐ行けば、中央に行かなくても着きますよ」

「てっきり、真ん中に行ってからなのかと思ってた」

「門から中央に続く大通りですが、それぞれの通りを繋ぐための道が円状に2本通ってるんですよ」


 言われた角を覗けば、只々建物の間にできた道ではなく、その道に沿って建物が並んでいる。


「あ!私、西門方面に用があるので、ここら辺で抜けますね」

「私達は中央ですので、ここで解散ですね。短い間でしたがありがとうございました」

「楽しい旅でした!」

「それを言うなら俺の方ですよ」


 オルガ達とはまともに言葉を交わせずに別れた。

 どんな形であれ、例え言葉を交わせたとしても、別れというものは一瞬だ。


「あぁ、そうだ。これを渡しておきましょう」

「これは?」


 渡されたのは折り畳まれた紙だ。


「この町の地図ですよ。ここは広い。地図は持ってた方がいいでしょう。路銀稼ぎに働く店とかもこれで探せますしね」


 ティグはすっかり忘れていた。

 仕事先を紹介してもらうと言われつつも、場所が全く分からない。

 どこかで教えてくれるだろう、という甘い考えもあり、先延ばしにしていた。


「ありがとうございます。急な参加だったのに何から何までお世話になりました」

「いいんですよ。こちら側にも益はあったので」


 ティグには、役に立った覚えがなかったが、社交辞令というものだろう、と深くは考えなかった。


 緩やかなカーブを描く道を進んで行く。

 小さな食事処が点々とあり、後は民家が多い。走り回る子供達が見える。

 民家が多いからか、日用品であったり、雑貨屋などが所々にある。


「この道を抜ければ、分かるみたいに言ってたけど、何処にあるんだ?」


 そんな疑問もすぐに無くなる。

『山羊の唄』と看板に書かれた宿は、決して豪華な装飾品を使っているわけではない。

 しかし、落ち着いた佇まいの建物からは、お洒落な雰囲気が漂っている。


「ここがそうか。俺なんかが入っていいのか、疑わしいな」


 宿の前で右往左往しているとそれを見兼ねた、宿の人が声をかけてきた。


「うちの宿に何か御用でしょうか」

「あ、えーと。この紙で泊まれると聞いたんですけど…」


 そう言って貰った紙を見せる。

 言ってしまえば只の紙切れだ。


「女将さんを呼んでくるので、受付の方でお待ち下さい」


 そう言って奥へと引っ込んでく従業員。

 少しして出てきたのは、薄茶の長髪を後ろで束ねた、年季を感じさせない女性。


「ようこそいらっしゃいました」


 『高級店としての誇り』を感じさせる、堂々とした立ち居振る舞い。


「宿泊権のご使用を希望とのことでしたが、拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」

「はい。これです」


 言われるがままに紙を渡すと、そそくさと奥へと引っ込んで行った。

 一瞬騙されでもしたのかと疑うティグ。

 少しして奥から女将が再び出てくる。


「お待たせしました。本物であると、確認が取れましたのでご案内させて頂きます」


 と、先を行く女将が立ち止まり、振り返る。


「そうそう。念のためにお聞きしますが、あちらの券、誰方から頂いたものでしょうか」


 本物との見分け方を用意しているところからも、垣間見る事ができるが、用意周到な女将は貰い物だと気づいていた。

 偽造の場合、その元を調べなければ信用を売り物の1つとして

 女将が「念のため」と言ったのは、盗んだり、奪った場合の事を言っているのだろう。

 特に、相手を殺した場合を考えて。


「は、はい。テナさんから貰いました。この町に一緒に来ることになりまして、その時に貰ったんです」


 迫力のある女将の言葉に、詰まりながらも答えるティグ。


「テナさんですか。あの方でしたら大丈夫そうですね」


 流石と言うべきか名前を出しただけで、信頼されるというのは凄まじい影響力だ。

 最早、どこへ行ってもその名前さえ出してしまえば、どうにでもなりそうである。


「失礼いたしました。何分、この紙も信用が無くなれば、只の『凝った紙切れ』になってしまいます。覚えのない顔の方だと疑り深くなってしまいまして」

「いえいえ。納得できる話です」

「それでは、改めましてご案内させて頂きます」


 宿をよく知る人々の間では、「『山羊の唄』で1番良い部屋に泊まりたくば、あの紙は使うな」というのが常識となっている。


 というのも、1番良い部屋というのは、やはり他の部屋とは格が違ってくる。

 そういった部屋は、お得意様やお偉い様、兼ねてから予約を入れ相応の金を払ってくれる客、が来た時のためにとっておくのだ。

 あの紙には「無料で泊まらせてあげるから、部屋は上の中で納得してね」という意味が込められている。


 しかし、それでも高級店。

 ティグが案内された部屋には、なんとテラスが付いていた。


「お待たせいたしました。こちらが、今日宿泊頂くお部屋で御座います」

「ありがとうございます」

「何か御座いましたら、1階の受け付けまでお願い致します」


 女将が退出すると部屋にはティグ1人。


「2泊だけとはいえ、凄いとこに泊まっちゃったな」


 何を隠そうあの紙には無料期間が『2泊』、と書かれていた。

 マタゴが1泊言っていたので、それが一般的なのだろう。となると2泊とある、これは相当なもののはずだ。

 路銀が稼げるようになれば、ここまでではなくとも、最低限の所には泊まれるだろう。


 いつのまにか日は完全に落ちた。

 にも関わらず、門前街は冒険者たちの声で埋め尽くされている。

 それもそのはず。

 今日は密かに、エコルの一大イベントがあったのだ。


 旅と言えるものを初めて経験し、しかも異常な魔物との命をかけた戦闘を目の当たりにし、心はずっと緊張していたのだろう。


 そんな喧騒も耳に入らないほどに、ベッドに倒れ込んではすぐさま寝てしまった。

※2018/11/12

ネタバレ扱いになりそうなので、後書きを修正致しました。



完全に堕ちたな(日が)。


今話、前話と続き、大きな動きはありませんでした。

しかし、次回は色々物語に動きが見えるのではないでしょうか

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