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第12話 それには気付けない

 ティグの眼が覚める。

 最早疑いようのない現実を突きつけられた、とティグは思った。

 

 過去の記憶。

 昨日までは完全に忘れていたもの。

 夢で見たあの光景は、そう断言できるものであった。

 なぜなら。

 

(昨日まで視えなかったものが視えてるんだもんな)

 

 そう、この場にいる全員の、魂と言うべきものが見えているからだ。

 ここまで分かりやすく変化を見せられれば、言い逃れなどできようはずもない。

 

 ただ、悔やまれるのが昨日の夜の出来事だ。

 あの時ティグが『霊視』を使えていたなら、忘れずにいたなら、あの魔物が幽霊だと分かったかもしれない。

 そうすればベルトは腕を怪我せずに済んだかもしれない。

 

 もしかすれば、あの邂逅がティグの記憶を呼び覚ました可能性もある。

 違和感のように気配を感じたあの時に そのきっかけが生まれていたのかもしれない。

 そうであれば、あの場で直ちに『霊視』に目醒めるなんてことは起き得なかった。

 

 そんなことまでティグの頭は思い至らなかったが。

 

 今のティグには別の心配があった。

 器にどれだけ水を注いでも、その器を変えなければ水は溢れる。

 新しい水を入れれば、古いものは外へと逃げてしまう。

 

 つまり今まで覚えていたものを忘れてしまっている可能性。

 そのことの方がティグにとっては恐ろしかった。

 

(幽霊狩りに襲われて、残ったのは俺1人)

 

(えっと、旅に出た理由が、ダ爺との約束…だったはず)

 

 思い出す限りは不安はないが、旅に出る経緯のところで違和感を感じないとも言えない。

 ただ、思い出せるのはそれだけと言い換えることもできるのだ。

 

(1つ前の夢は覚えてる)

 

 そうして考え事をしながら、寝床にしていた馬車をティグが出ると、夜番だったようでなぜか汗だくのオルガがいた。

 

「おう坊主。案外朝は早ぇんだな」

「今日は何か起きてしまって。オルガさんは、夜番だったんですか?」

 

 ティグが『霊視』で視ても他に起きている人物はいないので明らかにそうなのだが、汗だくのオルガを見れば、単なる夜番とは言えないので念の為に聞いてみる。

 

「ん?あぁ、夜番なのは間違いないが、別に問題なんて起きてやしないよ」

 

 ということは鍛錬でもしてたのだろう。

 

「まぁ、昨晩の鼠みたいなやつがいねぇか、鍛錬がてら探索してたのさ」

「その時はありがとうございました。俺は力になれなくて」

 

 あの時はずっと馬車に隠れて、戦いを眺めることしかできなかった。

 

「なんだ、気にしてんのか?誰でもあんなヤツと戦えるんなら、冒険者は商売上がったりだ。それに、あんたが気付いたから、あたしも気付けたんだよ」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 実際にはテナも気付いていたのだが、ティグはそれに気付いていない。

 それに知っていたとしても、人の気遣いを無下にはしないだろう。

 

「まぁ頑張りな。あの鼠、あたしには気付けなかったからな」

「いや、あれはホント偶然で自分でも何が何だか分からなかったんです」

「そういう、理屈じゃ説明できない、感覚的なもんも重要だぜ。それも含めてお前さんだ」

「……はい」

「ハハハ!そりゃすぐには納得できんわな」

 

 そうやって話していると他の人たちも起き始める。

 就寝中と起床後では魂の揺らぎ方が変わっているので分かりやすい。

 ただその中に1つだけ、変化が見られないものがあった。

 

(寝坊がいるな)

 

「よーし。朝飯食ったら出発だ」

 

 出発地点だった町から、次の目的地エコルへはそこまで遠くない。

 出発が遅れたために到着時間こそ遅くなるが、夜が訪れる前に辿り着けるようだ。

 

 だがティグには出発の前に、オルガに聞いておきたいことがあった。あの鼠のことだ。

 魔物という時点で警戒は必要だが、討伐後、あれが幽霊だと判断されたことで皆の警戒が強まった気がしたのだ。

 

「あのオルガさん」

「お?さっきの坊主か。何かあったか?」

「あの、さっきの鼠。幽霊だって話ですけど、そんなに危険なんですか?」

 

 幽霊、というだけでは別段危険なわけではないのだ。霊体化、実体化が自由自在なことにこそ、問題がある。

 オルガは少し考えるそぶりを見せ、話し始める。

 

「そうだな〜。例えば、この世界には表と裏がある」

「表と裏?」

「まぁまぁ、聞いてくれ。霊体と実体、幽霊の中で差があるのは、その存在がどちら側にあるかで違いが出るからだ」

「それじゃあ人間も霊体になれるってことですか⁉︎」

 

 もしそうならあの鼠も、過去の騒動を起こした人物も、幽霊じゃない可能性が出てくる。

 

「いいや。見ての通り人間には身体がある。それに縛られている限り表から離れることはできやしないさ」

 

 結局は変わらない。

 

「それこそ、死ぬしか方法はないんだよ」

 

 幽霊でなければ無理だということだ。

 

「だからこそ、その両立ができる奴がいりゃぁそれはこの世界のルールを壊しているようなもんなんだ」

「いちゃいけない存在ってことですか」

「まぁ、それに、だ。そういうのは大方、濃い魔素だったり、強い執着によって生まれるって話だ。国のお偉いさん方はね、例え噂だとしても、そういう野放しにするのが怖いし、認めるのも怖いんだよ」

 

 何故か申し訳なさそうに話すオルガ。

 その目はどこか遠くを見つめているようで。

 

「結局、人はみんな『未知』を怖がるのさ。魔人も人間も、聖神や魔神ですらそうかもな」


 その眼差しからは、寂しさも感じられた。


「さぁ。行くぞ!」


 オルガに話を聞いて分かったことは、ティグのような存在は、この世界に存在するだけで命を狙われるに値する、ということだけだった。

 

(俺だって、好き勝手に霊体化はできない。でも、ダメなんだろうな)

 

 話を聞きながら、そう思うティグ。

 察するに、それがどんな存在でさえ、少しの可能性さえ許されないのだろう。

 むしろ、実体を持っているというだけで、危険とされるのでは、とティグは考えた。

 

 その幽霊が持つ魔素。それが濃ければ濃い程にそれは実体を持つ。

 執着や未練に関しても、それは同様だ。

 そして、それらに該当する幽霊であれば、その幽霊を形作る人格は限定される。

 陰謀渦巻く貴族の世界では、何よりも恐ろしい存在だ。

 

(俺が一体何をしたって言うんだ)

 

 自分と同じ幽霊だと思われるあの鼠。

 それが討伐される姿は、ティグに思わせるものがあった。

 

 ティグには本来持っているはずの、幽霊にとっての起源となる魂の記憶がない。

 しかし、何故か会話に支障はなく、気づけばそこに生まれている、などという歪な状態でこの世に現れた。

 ダ爺がいなければ、どうなっていたことか。

 

(俺は一体何のために…)

 

 旅に出る時から抱いていた不安。

 それはティグの心を傷つける訳でもなく、少しずつ、形を変え、その心を覆う。

 まるで心を閉じ込める、殻のように。

 

(周りは敵だらけじゃんか。旅に出て、どうしろって言うんだよ)

 

 その殻は、旅の理由を忘れてしまったティグにとって、重く、そして硬すぎた。

この世界で言われる『人』には色々な種族が含まれます。

人間はあくまで人間です。

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