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第10話 騒がしい一日だった

「あ」

 

「ガァあッ、あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁ!」

 

 一拍おいて響くベルドの叫び声。

 その叫び様から鼠の恐ろしさが分かる。

 

 一瞬誰もが動くのを躊躇した。

 だが、その一瞬で動けた人物が一人だけいた。

 

「動くなよ!」

 

 激しい痛みの中、辛うじて聞こえてきたその声に、歯を食いしばりながらも当たり前のようにベルドは従った。

 ズュン

 オルガの振った剣が音を立てて切り裂く。

 

 その剣はベルドの腕は切らず、見事に鼠だけを斬った。しかも、鼠を巻き込むことなく綺麗に通り過ぎ、ベルドの腕への負担を最小限に抑えている。

 鍛え抜かれたその体から放たれる技は、どこまでも鋭く、獲物を逃さず最小限の動きで仕留めようとするその姿は、『大犬』の名に相応しいものであった。

 

 鼠の方はこれが最後の足掻きだったようで、ピクリとも動かなくなった。

 

「ベルドさん!薬草です。骨の方は大丈夫ですか?流石に再生作用のある薬は持っていないので」

「あ、あぁ。ありがとう、ビクルーさん。骨は、姉さんのお陰で、大丈夫そうだ」

「流石、俺らの姉さんだ。『大犬』の名は伊達じゃねぇよ」

「しっかし、この鼠。明らかに全部すり抜けてましたよね?ベルドさんの剣も、私の弓も」

 

 いくら魔素を豊富に持ち、戦魔素操作に長けているとはいえ、異常である。

 再生時ならまだしも、魔素で構成される自らの体を分解して透かすなど、並みの魔物ではできない。できるとしたら、それは魔物の幽霊だろう。

 

「幽霊」

 

 そう、ティグが感じた懐かしさ。それはあの鼠が幽霊であることを示していた。

 

「ティグさん?」

「あ、いえ!故郷の近くにゴーストタウンがあるっていう話を聞いたことがあって、興味本位で調べてたら、透明になるとかならないとか」

「それは、考えられますが…。いや、そんなまさか。実体と霊体を自由自在に変えられるなど、クラウネの執着はよく知られていますが、人間ほどの感情を、思考を持ち合わせてるなど考えられない」

「とにかく、こりゃ国に報告するレベルじゃねぇか?あたしが言えば、戯言では済まされねぇだろ。目撃者も多い」

 

 どうやら、このレベルの幽霊が出現したというのは国に報告するレベルらしい。

 

(やっぱ俺は、危険な存在…)

 

「応急処置は終わりました。後は町の方の医者に診てもらってください」

「ありがとな」

 

 いい経験になるからと、寝ていたところを叩き起こされたマタゴが、ベルドの腕に応急処置を施している。

 あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、叩き起こされるまで眠っていたマタゴ。中々図太い性格をしているのかもしれない。

 骨を砕かれてもおかしくなかったが、オルガの迅速な行動により噛み付かれたにしては重症にならなかった。

 

「ベルド。お前は利き腕やられてんだ。休んどけよ」

「はい。すっかりお荷物になっちまいましたね」

「むしろあんなバケモンを4人で如何にかしたんだぞ。それをエコルの奴らに自慢してやりな。その傷は勲章ってやつだ」

「はい!」

 

 ベルドが涙ぐむ。

 あの鼠が森で確認され、その討伐に向けられたのは、人間の領域で最強の国と謳われているダリの中でも首都から派遣された、6名の軍人であった。

 それを4人で片付けることができたのは、奇跡か、その4人が相当な実力者だったか。恐らく後者だろう。

 

 ダリという国で有名なのは魔人族の領域と、人間族の領域の間に挟まれるように存在し、保有する軍事力から領域の管理国として認められている。しかも、それが両方向から認められているため、魔人と人間の交流が盛んで様々な文化が混ざり合っているものの、この世界で一番栄えている国と言ってもいいだろう。

 

 もっとも、軍事力がなければ国としてやっていけない理由があるのだが。

 

「見張りは、あたしとルージ、後はテナさんで回してくか」

「すみません。それでは宜しくお願いします」

「おう」

 

 そうやって、寝支度を再開しようとした矢先。

 

「な!」

 

 突然声を上げたのはテナである。

 国の脅威になりかねない。その発見に、テナは死体を観察していたのだが、それが突如霧のように消えたのである。

 

「ルージ!」

「こりゃ幽霊の線で確定だろ。逃げたわけじゃねぇ。行き場を失った魔素がそのまま散り散りになった感じだ。」

「もうここまで明らかな証拠がありゃあ確定か」


 最後まで色々あったが、ここは明日に備えて休んだほうがいいというビクルーの意見から、休む流れになった。

 そうして再びみんなが眠りについてゆく。

 つい先程までに得ていたはずのマタゴは誰よりも早く寝ていた。

 

(今日のは凄かったな。世界にはあんなのがわんさかいるのか。)

 

 ティグが思い出すのは鼠との戦いで見せたオルガの動き。連携も良くできたものだったが、それよりもオルガの剣筋は美しかったと言える。

 鼠を斬った最後の一撃も、確実に命を斬るそれは恐ろしく美しかった。

 

(俺は…このままでいいのだろうか)

 

 思い出すのは、あの日の約束。

 旅を続けるために力は必要になるだろう。

 

(魔法屋に行けば、魔術の講習を受けられるんだっけ)

 

 魔術が使えるかも分からない現状で、魔法屋という手掛かりはとても助かる。

 ただ、使えたら使えたで1つ問題もある。自分がそれを使う姿が想像できないのだ。

 

(剣が使えるかと言われたら、魔術とそう変わらないんだよなー)

 

 ただ、ふと考えると現状がおかしいことに気づく。

 ティグが旅に出たきっかけは幽霊狩りによる、ゴーストタウンの襲撃だ。

 そうして出てくる疑問が、それならどうやって生き残ったのかだ。

 

(魔術の使い方も分からなければ、剣を使った覚えもない)

 

 生き残ったのはティグだけだ。それなら幽霊狩りを倒したのもティグではないか。ティグにはどこか引っかかる部分があった。

 

(何か忘れてる気がする。つい最近まで覚えてたはずなんだ)

 

 何かを忘れていることは分かっている。ただ、その時に覚えていたことが、自分の中で常識として残っていた部分が抜け落ちている。

 

(何かきっかけがあったっていうなら、あの夢で過去を見たとき)

 

 今まで見た夢は、覚えてる限り総じて斧男に襲われる夢だった。

 だが、昨日の夜だけは過去の夢を見た。しかも、それを見るまで忘れていたことすら気づいてない、過去の夢だった。

 すっぽり抜け落ちていた記憶が、あの夢をきっかけに蘇ったのだ。

 

(思い出したと思ったら、今度は別のことを忘れてるとか、洒落にならない)

 

 何かを思い出せばその分、他のことを忘れる。まず思い至ったのはこうだ。

 というよりも、ティグにはこうとしか思えなかった。

 ただ、分かったところで如何しろと言うのだろう。

 

 水が目一杯に入った桶があるとする。

 その桶に新しい水を入れれば、その分だけ古い水が溢れる。その古い水は一括して古い水であり、古い順なんてものは存在しない。

 今の状況はそんな感じだった。

 

(如何しようもないな)

 

 今現在のこと、次の街へと乗せて行ってもらっている人たちのことを、忘れないと願うことしかできなかった。

 

 --魂の強さは心の強さ--

 

(いつかは受け入れられる、だっけ)

 

 それだけは辛うじて覚えていた。

 

(魂を鍛えれば、忘れたりすることもないのかな。まぁ、魂を鍛えろって言われても、如何すりゃいいかわかんないんだけど)

 

(考えるのも疲れた。もう寝るか)

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