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榊、神を教わる

「たまに居るのよ。急に信徒になったけど、神様がどういうものなのか考えたこともなかった、って手合い。あんたもそうでしょ?」


 セナは山の切り株に腰を下ろしてそんなことを言う。

 捕えた兎の目を隠し、仰向けに転がして手早く手足を縛った。辺りが見えないと大人しくなる。


「神様は生き物だって考えたほうがいいわ。観念的なものじゃないし、魔術の別名でもない。信者に祈られ、信者を庇護する、そういう生き物」


 たとえば、とセナは上を指差した。

 木々の枝振りに遮られる青空、その中心に浮いているだろう太陽を。


「太陽神というけど、私たちの神様は太陽そのものじゃない。太陽への祈りを受け取る「誰かさん」が別に存在する。誰だか分からないし、古来から続く信仰だから当人だって区別ついてないと思うけど。今さら中天で輝く太陽が、私たちの奉じる太陽神とは違っているなんて言われても変わらないわ」


 神が自ら輝いている、というわけではない。太陽の神格化ともまた違う。

『太陽の化身』という存在が別個に成立している。


「信仰が神を作る……」


 かつて稲荷様に諭された考えを榊は口にした。

 信仰とは、神と信者の相互対話によって作られる。


「その通りね。太陽を奉じているわけじゃなくて、太陽の恵みに感謝する祈りが太陽神を作った」


 セナはニッと笑ってうなずく。


「神様は基本的に、祝福を与える対象の姿を取るの。人の神なら現人神。犬の神なら狗神ね。環ちゃんが獣からの成り上がりだと分かったのは、現人神で、獣の特質を色濃く残してるから」


 それ狐耳?、とセナは環の耳をつついた。仰け反って回避する環に微笑み、指を環の顔に下ろす。


「そのうえで『人格』を持っている神は、起源が正確にハッキリしている神様なのよ。いつ生まれのどこの誰それ。その本人を神足らしめた、崇拝する人たちのところに発生することが多いけど、そうじゃない場合も勿論ある。だから、環ちゃんは『狐から神に成って間もない人の神様』ってわけ」

「……すごいな、そこまで分かるのか」

「真面目に神学やってる信徒なら常識よ。知らなくても困らないから、信徒じゃなければ知らない人も多いけど」


 榊は感心してかたわらの環を振り返る。

 環は険しい顔で耳を立てていた。深く考え込むように。彼女はゆっくりと口を開き、セナを見る。


「わらわの生前は、普通の……野良の狐ではないのじゃな。人々に崇拝されるほどの狐であったと」

「特別でなきゃ神になんてなれないわ」


 セナはあっさりと肩をすくめた。

 こっくりとうなずいた環は、蜂蜜色の瞳を榊に振り向ける。


「榊」

「はい、環様」

「わらわは――今のわらわになる前の、この世界でのわらわを知りたい。なぜわらわが神になったのかを知りたい。知れば……きっと、自分がなんの神なのか、分かるやもしれぬ」

「御心のままに」


 榊は深く礼を取る。迷いもためらいもない。

 そんな榊の姿を眺めたセナは肩をすくめて立ち上がる。


「さて、もう少し兎を捕まえましょうか。一匹じゃ足りないでしょうし」

「……そうか。仏教社会じゃないから、兎の単位は一羽じゃないのか」

「なんの話?」

「待て」


 突然環が声を上げた。

 環は真剣な表情でそびえ立つ山の斜面に視線を投じている。狐の耳がピンと尖り、山に向けられている。

 訝るセナもまた顔色を変えた。薄桃色の髪をかき上げて耳に手を添える。


「父なる太陽神よ。我に音聞きの祝福を」


 短く祝詞。セナはすぐに目を見開いた。


「悲鳴が聞こえる。男。たぶん一人。そんなに遠くないわ」


 そう榊に伝えながら、不快そうに口元を歪める。

 矢筒に満載した矢を確かめ、弓の弦をあらためながらつぶやいた。


「おかしいわね。まだこの辺りは立ち入り制限が解除されてないはずよ。ドラゴンの不在をきっちり確認してないから。もしかしたら」


 ぱちん、とかすかな音を立てて、セナは弓を手に構えた。

 横に倒した弓に矢を載せる、狩りの短弓を使うような構え。


「ドラゴンかもしれない」


 環は顔色を失った。


 セナに先導されて山を駆け上がって、しばらく。

 物音は榊の耳にも聞こえるようになった。逃げ回っているらしき男のあられもない悲鳴と、土や木を引っぱたくような重い音だ。

 小高い丘を駆け上がったセナは、枯れ葉を蹴散らして足を止める。


「見えた」


 山の中腹だ。崖の下、木々の間をうように駆け回る男と、うごめく小人の群れがいた。

 三十センチほどの小ささで、カマキリの幼虫を思わせるか細い矮躯わいく。青黒い肌にもぎょろりと大きい頭を振って男を追い回している。レッサーゴブリンだ。

 逃げ惑う男の顔を見て環は声を高くする。


「門番ではないか!」

「正体は後! 榊、行けっ!」


 素早く弓を縦に構えてセナが叫ぶ。榊は姿勢を低くしながらも、鋭く環に目を向けた。


「環様」

「うむ! 助けよ!」


 了解を得てから、榊は放たれた矢のように駆け出した。その頭上を追い越して、本物の矢があやまたず小鬼を射抜く。

 急峻な斜面を滑り降り、鋭角に生える若木を踏みつけて跳び渡り、榊は四肢に仄白い光をまとわせる。

 足音に振り向いた門番は、目をいっぱいに見開いて驚いた。


「あ……あんたら」

「逃げろ」


 短く告げ、榊は低く跳ねる。

 門番に迫る小鬼に飛び蹴りを食らわせた。小鬼は木に衝突してくるくると吹っ飛んでいく。

 生き物の熱と重みを足裏に感じて顔を歪め、すぐに表情を改めた。


「鼠も鹿も猪も、害獣は間引く。アンバランスな保護は生態系を崩す。だから日本でも必要なことだった。――今もそうだ」


 群れに向き直る。

 稜線に挟まれた斜面の底は、レッサーゴブリンで埋め尽くされていた。

 突如飛び込んできた榊に、小鬼の群れが動揺する――暇さえ与えない。榊は手近な小鬼を鷲掴みにすると高く持ち上げた。腕を広げて大の字に振りかぶり、別の小鬼に叩きつける。

 さらに振り回し、小鬼のかかとでまた別の小鬼を殴り飛ばした。

 棍棒のように小鬼で小鬼を叩きのめす。

 その間にも周囲に矢は降り注ぎ、榊が打ち倒した小鬼が的確にとどめを刺されていく。セナの矢は正確無比だった。


「多いわね」


 榊の背に声がかけられる。枯れ葉を踏む音、弦が張り詰める音。

 セナが後ろで矢を放っていた。


「動きながら射ていたのか」

「まあね。特技よ」

「大した腕だ」


 言い残して榊はレッサーゴブリンに駆けていく。

 セナはその背中を見送った。ぱちくりと目を瞬かせる。


「あらま。ちゃんと人を褒めるのね。意外」


 左手でするりと矢を抜くと、振り返る。

 やじりでレッサーゴブリンの頭蓋を刺した。引き抜き、弓につがえて鋭く放つ。至近距離の矢はゴブリンの痩せた身体を容易く貫通し、後ろの小鬼もろともに射抜いた。

 羊の群れを引き裂く狼のように、二人の冒険者はゴブリンを蹴散らしていく。

 門番は斜面にもたれかかってへたり込み、二人の活躍を呆気にとられて見つめていた。そんな彼に環が駆け寄り、腕を引く。


「無事か! こっちじゃ! 逃げるぞ」

「あ、あんたら……冒険者じゃないんじゃなかったのか?」

「昨日からは冒険者じゃ。さ、離れるぞ。足元気をつけい」


 環が避難誘導していくのを横目に確認し、榊がレッサーゴブリンを蹴り飛ばす。

 レッサーゴブリンの群れはすでに総崩れだ。散発的な反撃はすでに途絶えて、榊は追い回して殴り倒す状況が続いていた。

 環たちが斜面の上に逃れ、彼らに近いレッサーゴブリンがいなくなったことを確認して榊は足を止める。

 逃げていくレッサーゴブリンの背中に矢が突き立った。


「ちょっと! なんで止まっちゃうの? 逃げちゃうわよ!」

「環様と門番の男を助けに来ただけだ。殺戮がしたいわけじゃない」

「あたしだってそーよ! でもレッサーゴブリンは見つけたら仕留めないと! 一匹が百匹に殖えるのよ!!」

「ゴキブリみたいだな」

「でかいゴキブリよあいつら!」


 セナは断言した。

 逃げていくレッサーゴブリンを射抜いて、ああ、と肩を落とす。まるでヘンゼルとグレーテルの落とすパンくずのように、矢に射止められたゴブリンの死体が点在していた。

 顔を押さえてセナが慨嘆する。


「そのうちまた下水が詰まるわね……」

「それは、困るな。あの臭いは環様が苦手なんだ」

「次からは逃さず全滅させること。絶滅させようとして滅ぶ連中じゃないわ。殖えすぎて食料が枯渇して、共食いし始めるくらい繁殖力が強いんだから」

「なるほど」


 榊は今さらのように顔を上げて、レッサーゴブリンの逃げていった斜面を見る。


「ドラゴンではなかったな」

「結果論よ。ドラゴンが近くにいる可能性はあるんだから」


 セナが肩をすくめ、死体から矢を引き抜く。鏃をあらためて矢筒に収めた。


「あたしは矢と鏃を回収するついでに、一帯を見回ってくるわ。環ちゃん、榊。そいつの怪我を治してあげて」


 環が手を上げて了解を示す。榊は祝福の脚力で駆けつけた。

 二人が門番の容態を見る姿を眺め、セナは背を向け、


「噛まれていますね。水はありますか。洗って傷口を縛りましょう」


 また振り返った。

 榊は手早く門番の負傷箇所を見て、すり傷は拭ってあて布をし、嚙み傷は分かりやすく印をつけて止血など応急処置に留めている。嚙み傷は見た目より深く、本格的な治療が必要だからだ。

 だからセナは二人に駆け寄って、榊の肩を叩いた。


「……なにしてんの?」


 セナは気持ち悪いものを見るような顔をしている。


「手当てなんてしないで、治癒ヒールかけてあげなさいよ」


 そろってセナを振り返る二人は、互いの顔を見合わせた。


平癒へいゆって……」

「……なんじゃ?」


 榊は真顔で。

 環は首を傾げ、

 門番は状況が理解できない困惑顔で。

 そしてセナは目元を引きつらせた。


「嘘でしょ……? 治癒も使えないって、どんな」ザコ神よ……。


 と続く一言は辛うじて呑み込み、榊との戦闘は回避された。

 新年あけましたね。今年もどうぞよろしくお願いいたします!

 新年からご高覧いただきありがとうございましたっ。



 好きなもの!


 戦闘モードに入る演出。

 今回の榊なら四肢に仄白い光ですね。

 あとは目が赤くなったり、装甲が開いて蒸気を排出したり、関節部から光が漏れたり。

 やばいカッコイイ。どうもロボ脳です。

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