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榊、祝福弓士に襲われる

 それじゃあ出発するわけだけど、といってセナはさかきを振り返った。

 斡旋所で依頼を受けた直後のことだ。彼女は町中を歩くような書生姿の榊を見て眉をひそめた。


「あんた、装備とかないの?」

「必要ありません。お金もありません」

「あ、そ。今回の依頼は私がやるけど、報酬は折半にしてあげてもいいわ」

「ずいぶんと太っ腹じゃが、どうしてじゃ?」

「理由は山に入ったら教えてあげる」


 -§-


「さて、そろそろいいかしら」


 木立と腐葉土の斜面という代り映えしない景色が続いて距離感が鈍り始めた矢先。

 大きな切り株のあるわずかな平地でセナが振り返った。たまきが耳をピンと立てる。


「よくしてくれる理由を話すんじゃったな」

「べつに、よくしてあげてるわけじゃないけどね」


 肩をすくめる。そのコートの白さに気づいて榊は目をみはった。

 純白のロングコートに、磨き抜かれた白銀の胸当てとガントレット。それらは山を歩いてなお、土の汚れひとつさえない。

 環の袴を見下ろすと、彼女の裾は蹴った泥で汚れてしまっている。榊もそうだ。

 セナは山歩きに熟達していた。

 榊の感嘆に気づかず、セナは指を三本立てる。


「理由は三つ。一つは、そもそも雑用の依頼料なんて小銭だからよ。二つ目、あんたに聞きたいことがあって、私の都合で連れ出したからその報酬。三つ目は、ちょっとした迷惑料よ」

「迷惑料……?」

「そう。実力、計らせてもらうわ――!」


 肩にかけた弓を取り、矢をつがえるまで一挙動。

 流麗な所作で構えたセナの矢の先に、榊の姿はなかった。舞い上がった土が落ちて跳ねる。


「……あれ?」

「失礼。話の途中でしたが、兎がいたので捕まえました」


 茶色い兎をぶら下げて榊は戻ってきた。


「あーー? えーーーーーっとぉーーーー」


 弓を下ろすセナの顔色は複雑だ。

 話の途中で無視されたこと、格好つけて矢で狙ったのが明後日の方角という恥ずかしさ、"凄腕冒険者"より先に捕まえられた悔しさ、『依頼は私がやるから』と言ったのに相手が仕事してしまった気まずさなどが渦巻いている。

 環が見かねて榊を叱った。


「こら榊、相手の立場を奪ってやるな。可哀そうじゃろ」

「はあ、すみません。依頼遂行が優先かと判断いたしまして」

「もう許して」


 両手で顔を覆ってセナはうつむく。

 榊はセナの肩を叩いた。振り向く彼女に、優しく微笑む。


「許されたいのでしたら、どうぞ、環様に懺悔を」


 宗教勧誘をぶっこんだ。

 セナは白けた顔で凍りつく。手のひらを向けて拒絶を示した。


「いや、そういうの間に合ってるんで。私、太陽神の信徒なんで」

「異教徒が」


 榊は唾棄した。


「帰りましょう環様。異教徒が感染うつります」

「こら榊、信仰を差別するでない。他の神もきちんと尊敬するんじゃ。そうでなければ、稲荷様も敬えないではないか」

「なんとご寛大な」


 泥にも構わず片膝を突いてかしずき、榊は頭を下げる。


「では最高神に稲荷様、次席に環様を立て、太陽神とやらも神の末席に数えて差し上げることとしましょう」


 勝手に新たな体系を作り始めた。

 ようやく我に返ったセナは、慌てて榊に食って掛かる。


「ちょちょちょ、聞き捨てならないわよ! 太陽神はね、創造神に次いで世界を司る最高神なんだから。こんなどこの馬の骨とも知れない木端こっぱなザコ神うぼぁ」

「頭が高い、異教徒が」


 言い募ろうとしたセナの頭を片手でつかむや否や、慈悲も容赦もなく彼女を腐葉土に押しつけた。バタバタともがくセナを涼しい顔で無視する。

 仰天したのは環の方だ。


「こらこらこら、やめんか榊! どの神を奉じていようが優劣とかないぞ! わらわを信仰していないなら、わらわに礼を尽くす義理もない!」

「なんと慈悲深い」

「ぶっは! こんのヤロっ!」


 飛び起きて叫ぼうとしたセナは、頭を押しつけられた彼女より深々と頭を下げる榊の姿にドン引きした。


「うわぁ……なんだこいつ」

「すまんのう。極端というか、ちょっと変なやつなのじゃ」

()()()()??」


 胡乱うろんな顔をしつつ、セナは服を払って立ち上がる。白い服が泥に汚れても気にする素振りはない。

 環に土下座する榊を見下ろした。


「正気のほどはともかく、実力は確かみたいね。私の反射神経より早く動いて、力で押さえつけるんだから。祝詞のりとは聞こえなかったけど」

「のりと?」

「そうよ。今のコイツみたいに四肢に神気を降ろして怪力を発揮したり、傷を癒したり。神から祝福を得るためには祈らないと」


 と言って、セナは胸に拳を添えた。

 目を軽く伏せ、口をすぼめる。


「父なる太陽神に祈り奉る。我が肉体に太陽神の祝福を――五体励起フィジカル・ブースト!」


 神風が吹き、セナの髪が翻る。

 彼女の手足からは、波紋のようなほの白い光が漂っていた。周囲の空気もどこか日光に暖められたような柔らかさを孕む。神聖な雰囲気を醸し出した。

 確かめるように手を握ったセナは榊に歩み寄り、


「うらァ!」

「ごはっ」


 蹴り飛ばす。

 榊はドラゴンに衝突したような勢いで打ち上げられ、木の幹に背中をぶつけて落ちてきた。が、きちんと着地した。セナは小さく舌打ちする。


「っと。まあ、こんな感じ。決まった言葉じゃないけどね。あんたたちの祝詞ってどんなの?」


 呆気に取られていた環は、未だに兎を手放していない榊を振り返った。


「榊、いつの間にそんな呪文考えてたんじゃ」

「いえまさか。そのような文化があること、今初めて知りました」

「は? なんでよ。でなきゃあんな力――待って」


 セナはふと何かに気づいたような顔をする。


「ちょっと腕相撲しましょう。二回勝負」

「また突然なにを」

「受けてやれ榊。なにか考えがあるようじゃ」

「この切り株を使いましょう」


 腕相撲一試合目。環にレフェリーを任せて始めた勝負は、ぎりぎりと均衡を保って決着がつかない。


「じゃあ次。ちょっと手を貸して」


 セナは榊の右手に指を添えて目を閉じた。


「父なる太陽神よ。彼の腕に太陽神の祝福を――励起!」

「お。なんじゃ?」


 榊の右腕がほの白く光り始めた。セナの四肢と同様だ。


「じゃあ腕相撲」


 セナは不敵に笑って切り株に肘を乗せる。

 鼻白んだ榊は環と目を合わせ、彼女のうなずきを見てセナの手を取る。肘を乗せて構えた。

 環が先程と同じように合図を出す。


「では――始め!」


 瞬間、榊の右手で切り株が砕かれた。


「ぐおぉぉぉ」


 七転八倒する榊を尻目に、セナは環に向き直る。


「人間の身体能力ごときで祝福の出力は覆せない。だから要するにこれは、お互いの『励起の出力を比べた』腕相撲だったわけだけど」


 セナは悶絶する男を横目に肩をすくめた。


「"親"である私と同じ出力で励起の祝福は与えられないから――この通り、私のほうが勝つのは当然」

「むむ? 祝福を与える前の、一試合目のほうがいい勝負じゃったぞ?」

「私は『上書き』したのよ。結論から言えば、こいつ、常態パッシブで祈りを捧げてるわ」

「あー」


 環は納得したような、納得したくなかったような声を出した。

 常に祈っている。榊は、環に対して。


「そんな感じするのう」

「でしょうね」


 今しがた会ったばかりの少女にも人格を看破されていた。

 深いため息をついてセナは肩を落とす。


「タネが分かれば納得だわ。素人でもドラゴンを追い払うくらいはできたかもしれない。つまり、あんたたちがドラゴンと戦ったのは本当なのね」

「うむ、そうじゃ!」

「どうしてくれんのよ!!」

「ひぅっ!?」


 セナが怒鳴って、環はしゃくり上げた。


「人の仕事を奪ってくれちゃってさー! どーすんのよ! ドラゴン討伐っていったらスーパーめちゃくちゃ儲かる依頼よ!? それを、完遂するならまだ飲み下せたわよ。ご飯でもおごってもらってさ。でも、中途半端に追い払ったら台無しじゃない!!」

「えぇ……」


 環は困惑し、しかし黙って喝破されるようなことはしなかった。ぐっと顎を引いてセナを見上げる。


「その理屈では、ドラゴンに困らされた方がいいみたいじゃ」

「あは。そうね、一面ではそれも真実だわ。この世から困りごとがなくなったら食い扶持ぶちを稼げないもの」


 さらりと返された言葉に環は瞠目する。

 セナは堂々と怯まない。己の正しさを疑わない、意志と誇りを持って立つ姿を見せつける。


「でも、そんなこと考える必要さえないわ。困りごとがなくなることなんて無いんだもの。どうせ困らされるなら、私たちはお金をもらって、相手は解決してもらって両方ニッコリ。それが一番でしょ?」


 割り切った発言に環は戸惑う。

 そもそも環はまだ世界を知らない。人々の"困る姿"は観念的にしか思い浮かべることができなかった。

 若いながらに熟達した冒険者は淡白に続ける。


「永遠の幸福なんて、あろうがなかろうが、知ったことじゃないわ。今私たちのいる現実はそうじゃないから。"日は沈めども、明日また昇る"。私たちは繰り返す毎日を励むべきなの。そして私は冒険者。なら、今ある依頼をきちんとこなすのは正しいことなのよ」


 滔々(とうとう)と向けられた言葉に、環は目を丸くして立ち尽くしていた。絶句する。

 ふとセナの腕が引かれた。

 振り返った彼女の顔に兎が押しつけられる。


「ぎゃーっ!?」

「異教の説法は控えてもらおう。それは、環様には必要のないものだ」


 兎をなんとか逃がさずに抱きかかえたセナは、ガントレットをガジガジされながら半眼で榊を見上げる。


「そうかしら? 死んで神に成った現人神、それも獣からの成り上がりよ。今の世界に広く知られてる信仰を知ることは益になるんじゃない?」


 応えようとした榊は、気づいた。

 セナの勝気な顔を覗き込む。


「……私さえ知らない環様の成り立ちを、なぜ知っている?」


 いぶかしそうに榊の目を見つめ返したセナは、環を振り返った。

「現世の記憶が曖昧」と説明した環もまた、同じように心細そうな顔で二人を見上げている。

 現地の信仰者はため息を吐く。


「この世界の神様について、教えた方がいいみたいね」

 好きなもの

「日は沈めども、明日また上る」のような、神様独特の格言。

 ソードワールド2,0で好きになりました。

 聖書の聖句をサラッと混ぜてくる神父みたいなもんで、なんか宗教家っぽくてめちゃんこカッコイイですよね。




 あ、クリスマススペシャルで、稲荷様と環のクリスマス短編を別途投稿してあります。

 よろしければそちらもどうぞ。

 ミニスカサンタもあるよ!!!

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