榊、山賊と対立する
「あの山賊、何者なの?」
かろうじて山賊の襲撃をなんとか退けた一行は、再び集合する。
弓を持つ手だけにガントレットをはめる白コートの祝福弓師セナは、コートについた葉を払い落としながら問いかけた。
カテナは「確証はないけど」と記憶を探るように上を見る。青い戦乙女の軽鎧の肩当てに槍を立てかけた。
「……神の力を受ける山賊って、聞いたことある。『血まみれ山猫』とか言ったかな。それなりに大きい犯罪組織だったはず」
「それが連中だ、と? 腑に落ちる部分はあるな」
紅い甲冑に灰銀色の長髪を垂らす無手の女戦士フランは、カテナの証言を受けて顎を引く。
「組織的な動きに異様に慣れていた。経験則で動く素人集団じゃない。人を使い潰すことに慣れた非道のロジックだ」
「じゃ、あの数で氷山の一角ってわけね」
セナがうんざりと肩をすくめる。逃げながら見かけた数だけで榊たち五人の三倍はいた。組織規模ではそれ以上だ。
榊は服についた泥を払い落とす。
「一角だろうと全角だろうと、放逐しなければならない」
「なに、また『環様が望んだから』って?」
「それだけではない」
セナの揶揄に、榊は頭を振って応じる。
山賊の逃げた山を見やった。豪鬼のような巨漢の、神の信徒。
「あいつは環様を傷付けようとした。フリだったかもしれないが……俺はそれを止められなかった。やつより弱いままでは済まされない」
「そう急くな。手早く得られる強さなど、ろくなものではないぞ」
フランが鎧甲冑の腕を器用に組んで、たしなめる。
アメシストのような瞳が榊を捉えて笑みに緩んだ。
「……ま、コツさえつかめばお前なら勝てるだろうが」
榊は意図を推し量るように黙する。榊を鍛えると宣言したフランは、本気で鍛えるつもりらしい。
「はいはい。教導は後にしてさ。これからどうするのか決めない? 敵は帰ったんだし、こっちも帰る? それとも罠を張ってるかもしれない相手をまた追い回す?」
呆れ顔のセナがフランと榊を遮る。言葉と裏腹に、帰りたがる素振りはない。
フランとカテナは互いに顔を見合わせ、榊と環に顔を向ける。榊に答える気配は毛頭なく、自然と環が口を開く。
「かの大男は首魁ではないと言ったが、少なくともこの場を仕切るのはあの二人じゃ。じゃから奴らが撤退を仕切った。となれば、迎撃を整えきれぬうちに食らいつくが上策じゃろう。大きな組織といえど、捕らえてみれば芋づる式に掘り出せるやもしれぬ」
「上手くいくの? フランが来るまで苦戦したくらい、相手は一筋縄じゃいかない」
傭兵を本業とするカテナの淡々とした分析に、環はうなずく。
榊は嫌がるじゃろうが、と前置きして環は言った。
「相手が悪党ならば、わらわが手を出しても構うまいよ」
榊は顔を跳ね上げて口を開き、
何も言わずに顎を引く。
一貫して環の介入を嫌ってきた榊だ。環の言うとおり、不服を押し殺す姿を隠せない。榊の肩を環が優しく撫でた。
二人を見比べたカテナは素っ気なく目を伏せる。
「……勝算があるならいい。手伝うって言ったから、私は乗る」
納得したふうのカテナと対照的に、セナは懐疑的に首を傾ける。
「環ちゃんそんなに強いの?」
「ふふん、もちろんじゃ。わらわが本気出せばイチコロじゃぞ」
「そんなもん? まあ、加護で力を分けてるくらいだから、強いのかもしれないけど……」
半信半疑のままだが、セナは反対意見を飲み込む。
環はぐっと顎を引いて山を見上げた。
「早う行くぞ。逃がしてはならぬ」
その意見には、誰も異を唱えない。
「榊。そう気を揉むな。簡単な話だろう」
山を進む道行は、山賊が駆けた道を追うため藪漕ぎが必要ない。
痕跡の追跡をセナに任せて、フランは榊の隣を歩く。指を立てて言葉を続けた。
「環が手を貸すまでもなく、お前の力で取り押さえてやればいい」
榊はいつも通りの陰気な真顔でフランを見る。
フランは片目を閉じて指を振った。
「早速、一つ目の指導だ。戦いの極意は三つある」
一つ。攻めるな。攻めれば隙ができる。
一つ。守るな。守りに入れば主導権を失う。
一つ。どちらかを蔑ろにすれば、勝ち目はない。
「わかるか?」
にやっと笑うフランを隣に、榊は淡々と歩き続けながら言う。
「謎解きのようだな」
「実際、そうだからな」
矛盾するガイダンス。
だがフランは紛れもなく戦いの名手だ。彼女の生きた戦いの真髄が言葉の中に含まれている。
榊はしばし黙考し、顔をあげた。
「二つ、意味があるな」
「ほう? どんな意味だ」
「攻めず守らず戦うなどできない。戦うな、と言っている」
フランは嬉しげに微笑んだ。
「では、二つ目の意味は?」
「どうしても戦う必要があるときは。相手の戦い方に合わせて制する」
敵が攻めれば隙を突ける。
敵が守れば主導権を握れる。
だが、主導権を握ったからとて守りを疎かにすれば隙を突かれる。
守ってばかりでは勝てないが、敵の隙を釣り出すことができる。
「流れを汲み取り、的確に自分の戦いを差し込む。それが戦いというところか」
「ま、そんなところだ。言葉尻で分かっても身につけるのは難儀する。だから、戦わずに済むならそれが一番いい」
ふん、と榊は息をついた。
「戦わずに解決できるなら、神などいらないな」
「その意気だ」
満足げにフランは頷く。
その二人を、環は一歩下がって見上げている。耳が萎れて垂れていた。
環の歩くペースを慮るように榊が振り返り、環は慌てて表情を取り繕う。榊は気づかず前を向く。
環は肩を落とした。
そんな具合で榊に気を取られていたからだろう。
環は気づくのが遅れた。
「んに? わっ!?」
飛来する水風船が、環の肩に当たって弾ける。
立て続けに無数の水風船が投げつけられ、それぞれ防いだりかわしたりしては至近で弾けた水を受けた。カテナがヘルムの下で顔を歪める。
不自然に甘い、鼻をつく匂い。
「魔物呼びの香水……っ!」
「どんだけ出し惜しみしないのよ! このっ!」
叫んだセナは、目に隈取のような光の紋様を走らせて弓を差し出す。その一挙動に流れて放たれた矢が森を射抜き、山賊の下っ端を射つ。
だが、一人二人を仕留めたところで変わらない。
「足跡はまだ続いてる。わざわざぐるっと回り込ませたわけね! 捨て駒にする仲間を!!」
セナが忌々しく叫ぶ後ろで、フランがガントレットに炎を這わせる。蒸発して変わらず染みつく臭気に端正な相貌を歪めた。
「カテナ、洗い落とせないか!?」
「無理……! 空が見えない!!」
カテナの悲鳴を遮って、榊が叫ぶ。
「来るぞ!」
にわかに響いた地響きに乗って葉擦れの音が迫る。
森を埋め尽くすように、百鬼夜行が押し寄せてくる。
――が。
野火が駆け巡り、魔獣の足を焼き焦がした。
地面に手をついたフランが笑みを閃かせる。
「濫用するのは趣味じゃないんだが……贅沢は言ってられないな。ザコどもの相手は我に任せろ」
「森は焼かないでよ」
炭化した足のまま、跳ねるように迫る猪と猿のキメラを矢が穿つ。
セナが目と耳に光の模様を刻みながら矢を番えた。
「そのぶん、手伝ってあげるから」
「ふ。助かる。焼き尽くすのは得意だが、燃やさないように焦がすのは厄介でな」
言いながら、フランは大きく踏み込む。
這うようににじり寄る巨大な熊の額に拳を叩き込み――炸裂した炎熱が周囲の魔物ごと吹き散らかした。
腕を振り切ったフランに、傍らの茂みから獣のように大柄な影が躍りかかる。
豪鬼のごとき悪面巨漢の山賊だ。
目を見張るフランに向けて振り下ろされた斧を、
「させない」
紫電が突く。
大男は目を剥いた。カテナが突き上げた槍が斧を正面一点で打ち合って静止させている。力と打点を完全無欠に見切り尽くした、針穴に通すよりなお精密無比な一突きだ。
大男は斧を振ってカテナを振り払う。カテナの追撃は、ひょろ男の閃かせるナイフが遮った。憎々しげに飛び退るカテナに張り付くようにひょろ男が肉薄する。
「カテナ! ……っち、面妖な!」
フランとセナは押し寄せる魔物の群れに阻まれて連携が取れない。
豪鬼のような山賊は刃の欠けた斧を撫で、手に慣らすように大きく振る。ひょろ長いナイフ男と渡り合うカテナを見据えて踏み出し、
翻る熱のない炎に動きを止めた。
「――各個撃破など、させるものか」
榊が拳を握る。
半歩踏み出し、両腕を構え、炎が両手両足から吹き上がる。
加護に燃え立つ榊が、山賊の前に立つ。
「フン」
豪鬼はあざ笑った。
「お前を潰してから向かえばいい。手間が一つ増えただけだ」
「そうだろうな。俺はそれが気にいらない。だから――抗う」
好きなもの!
引けない意地と覚悟!
ワンクッション入れたほうが良かったかな? とも思いますが……。
サクサク進めたかったのと真面目に落ち込む榊が想像できなかったので、この展開でございます。
脳筋。




