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榊、死す

「で、あんたなにやってんの」


 祝詞を謡い、門番の怪我を癒やしたセナは詰問した。

 山の斜面に腰掛ける門番はバツが悪そうに唇を歪める。


「薬……薬草を探しに来たんだ。ドラゴンは倒したんだろう?」

「あのねぇ」


 特大のため息。

 セナは両手を腰に当てて恨めしげに門番をにらむ。


「倒してないって言ってるでしょ。いくら私が凄腕冒険者だからって、無理は覆せないわ。いなくなったのは確かみたいだけど、だからって短絡的にならないでくれる?」


 それを笑ったのは門番だ。まさか、と彼は言う。


「だって、千里眼持ちのあんたが取り逃がすはずはない」

「そりゃ私が戦ったならね、相手が一頭なら確実に仕留める自信があるけど。私じゃないもの」

「あんたじゃなければ誰が相手できるって言うんだ? ドラゴンなんて怪物を!」

「こいつ」

「どうも」


 榊は会釈した。

 気色ばんでいた門番は、毒気が抜かれたようにポカンとしている。

 セナは肩をすくめた。呆れたような、諦めたようなその仕草こそ真実味を持っていた。

 門番はわなわなと声を震わせる。


「じゃあ、本当に倒してないのか……?」

「何度も言ってるじゃない」

「そんな……! そんな……」


 言い募ろうとして言葉が見つからなかったのか、門番はがっくりとうなだれた。

 弓士はため息をついて環に振り返る。


「じゃ、矢を回収するついでに敵の居残りを探ってくるわね。環ちゃんたちで街まで連れて行ってあげて」

「あい分かった、任されよう」


 環は当然のように請け負った。

 門番はぐったりと肩の力が抜けたようで覇気がない。榊は男を担ぐように背負い、軽々と立ち上がった。

 榊の背中で門番が慌てる。


「い、いや、よしてくれ! 自分で歩ける……」

「甘えたほうがいいんじゃない? 結構治したから、体力消耗してるはずよ。民間人にはつらいでしょ」


 セナの助け舟を受けて、門番は気まずそうに口をつぐんだ。


「ま、そういうことだから、あとよろしくね」


 と二人に後を任せ、セナは斜面を駆け下りていく。

 山間に木々の欠けた窪みが見えた。街まで距離はあるが、方角はわかる。榊は環とともに歩き出した。


「宿の女将と仲が良かったんだな」


 出し抜けに榊が言う。


「え、ああ」とモゴモゴ返事をした背中の門番に重ねて尋ねる。


「薬というのは、あの女将にか?」

「……そうだよ。私たちは生まれたときからこの街でね。ずっと苦しんでいたのを知っている。発作が起きると窒息するような肺の病気だ。彼女があの年まで生きていたのは、奇跡みたいなものだよ」

「薬のおかげか」

「いや。ひどい発作が起きなかっただけ。……今も、発作に見舞われればわからない」


 榊に背負われて居心地悪そうな門番は、声を抑えてそう語る。

 環は自分の袴と髪飾りに手を触れた。

 古着というわりには使い古されておらず、髪飾りなどは流行の図柄だ。

 いつ死ぬかわからない。

 だから、見ず知らずの環たちにも親切にしてしまうのだろう。

 環の髪飾りを横目に見て、門番は拳を握る。


「私はずっと、彼女を見守ってきた。薬草を差し入れして、発作があれば駆けつけられるよう渡りをつけて、細かく連絡を取るような環境を築いて……ずっと……」

「……む?」


 環が訝る。門番は榊に背負われたまま背中を丸めた。様子がおかしい。

 門番は思い詰めた顔を跳ね上げた。

 手のナイフとともに。


「それを、お前が!」

「榊っ!」


 環の悲鳴が聞こえたか、どうか。

 榊は両腕を開いて身を翻す。ナイフを握る手をつかむように流して弾いた。

 突然腐葉土に落とされた門番がよろける隙に、環を背にかばって距離を取る。環は怯えた顔で榊の背中をつかんだ。


「榊、怪我はないか!」

「ええ、もちろんです。危険ですからお下がりください」


 榊は動じない。

 というより、門番の暴挙を予想していた顔だ。当然といった佇まいで応じている。

 榊は門番に問いを向けた。


「ドラゴンから薬が作れるんだな。それで無理を押して盗みに来た」

「そうだ……!」


 ナイフを握る門番は、目を見開いて荒く息をつく。追い詰められた目をした男は、焦燥に焦がされて震えていた。


「ドラゴンはまだ近くにいるかもしれない。まだ間に合う……! あの冒険者に殺させれば、霊薬が作れる! ()()()()ドラゴンが手の届く距離まで来たんだ……神が給うた奇跡なんだ! この機会を逃すものか!!」

「ふん」


 榊は鼻で笑う。


「神が目に見える奇跡をもたらすものか」


 環は弾かれたように顔を上げた。

 榊は醒めた目で門番を見据えている。巡礼と信仰ですり切れた平静さのまま、構えを取る。


「ようやくと言ったな。ドラゴンはお前が呼び寄せたのか」

「あぁそうだ。ドラゴン以外の小物が来てばかりだったが、やっと本命にたどり着いたんだ。やっと」


 かっと目を見開き、男は鬼気迫る咆哮を上げた。


「もう、お前に邪魔はさせない!」


 剥き出しの怒りを受けて、環がたじろぐ。

 彼女を遮るように榊は立ちはだかった。眉をそよとも動かさず、拳を握る。


「手足を引きちぎるくらいならわけもないが」


 仄白い光を立ち上らせ、榊は悩ましげにつぶやいた。肩越しに環をうかがう。

 環は小さく口を開き、プルプルと首を左右に振った。


「や、やめてやれ? 捕らえるのじゃ」

「では」


 肉薄。

 榊はほんの一歩で間合いを詰め、ナイフを持つ手を取り押さえに掛かる。万力のような膂力が男の腕を捕える前に、

 ぱんっ、と乾いた音を立てて、榊の上体が泳いだ。

 榊は大きく飛び退いた。

 右腕を振り上げた姿勢の門番が、赤くなった手に顔をしかめている。左手のナイフは油断なく構えたままだ。


「舐めるなよ。俺だって元冒険者だ」


 榊は、手を受け流された。

 ドラゴンに匹敵する怪力といえど、榊の動きは素人のそれ。武術の心得があるものならば重心や体重を崩すくらいはできるのだろう。

 なるほど、と榊は小さくため息をつく。


「門番はただ見張るだけの仕事ではないというわけか」


 榊の思案は短い。

 再度、今度は少し余裕を持って近づき手を伸ばす。

 門番は鋭く目を走らせ、榊の腕を取ろうと手を翻した。榊はひらひらと踊るように手を逃がす。柔道の立合いで、組み合うまいとするように。

 だがこれは柔道ではなく、男もまた無手ではなかった。


「ぐ……っ!」


 榊の袴が衝突に揺れる。

 右脇腹。門番は体当たりをするように刺した。

 深々と柄まで刺し貫いたナイフの周りがみるみる血に濡れていく。

 男の引きつった笑みが、


「ふん」


 焦燥に変わるときには既に、地面に叩きつけられていた。

 ごき、と肩から響く鈍い音が悲痛な叫びに塗りつぶされる。

 環が転びそうになりながら駆け寄る。


「榊、無事か!?」

「思ったより深くやられましたね」


 榊の脇腹から生えるナイフの柄を見て、環は卒倒しそうになった。ふらついて堪える。

 あっさりと言った榊も苦悶に眉を寄せて脂汗を流している。ふらついた環に気づかないほどの苦痛だ。足まで血の染みは広がっていた。


「連れて帰りましょう。私自身、早く止血しなければなりません」


 榊は男を担ごうと手を伸ばす。

 血走った目でにらみつける門番に気づかずに。


「うがァああ!!」


 門番は手を振り回しながら飛び起きる。

 驚いた環が悲鳴を上げて尻もちをつく。榊は環を振り返った。それが致命的な間違いだった。

 男は榊の腹のナイフを、乱暴につかむ。


「死ねッ!」


 えぐるように引き抜いた。

 栓が抜けたようにどぼりと血が湧出する。色の濃いどろりとした血だ。ぬらぬらと光っている。


「ぉ、ご……っ!?」


 榊の目は焦点を失い、膝が折れる。環は目を剥き、男は歪んだ笑みに唇をめくり上げる。

 榊は震える手を伸ばした。男の足首をつかむ。

 仄白く光る手で握りしめた。


「ッあアァああぁああ!?」

「榊ぃ!」


 足首を砕かれた男が転ぶように手を振りほどくのと、榊の身体が倒れるのは同時だった。環が榊に飛びつく。


「榊! 平癒! ヒール! 治癒! 治れ、治ってくれ! あぁ、血が――!」


 腐葉土に沈む榊は、環を見ていなかった。

 くらむ目で門番を見つめている。

 脂汗をにじませ、憎々しげに片足で立って背を向ける男を。彼は環が混乱に陥っている隙に立ち去っていく。

 逃げてしまう、と榊は手を伸ばしていた。

 環のために、あの男は無事に捕らえなければならないのに。

 耳鳴りが環の涙声を塗りつぶす。榊の目は焦点を失い、瞳孔を絞ることさえできなくなって目を伏せた。

 榊は意識を失った。

 好きなもの!


 平然と自分を犠牲にして勝ちを取りに行くやーつ!

 さらっと「自分の腕を斬り捨てて拘束から逃れる」とかも類型ですね。

 勝ちへの執念とか隔絶性がよく表れていて好きなやつです。

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