Act.2
<Act.2 4/18(日) 17:48>
【仄宮秋流】
「おい、私の扇子と眼鏡は何処にやった」
何故遥が私のサイズを知っているのだろう(情報屋にしてもプライベートすぎる)と若干気持ち悪く思いながらも、用意してもらった手前一応スルーしておく。そして居間に入り際の開口一番がその一言だった。
「眼鏡なら彼が持ってたけど、フレームはガタガタ、レンズも割れてた上血でベタベタだったからさ、悪いとは思ったけど勝手に捨てたよ。扇子については私は知らないな……ハルト君?」
「……さあ。俺も知らないな」
なくなった扇子。眼鏡は理解が出来る。戦闘の直後には既にひび割れ、ゴミと断じられても仕方がない状態だった。捨てられてもそこまでの未練はない。
だがあれだけは違う。あれは私にとっての唯一の武装であり、ある意味第三の手といっても過言ではない装身具だ。刀は扇子なしでは呼び出せず、よって炎も扱うことが出来ない。何よりもこの手に馴染んだ凶器そのものがない今の私は、その身一つで戦う者からみれば赤子も同然。仮にも己を妖怪と称す奴とあっさりと私を組み伏せた奴相手には、はっきりいってこれ以上一秒だって居たくない状態だった。
「あまりそんなところで考え込まないでもらいたいぬぇ……始めるに始められないじゃないか。とりあえず、君もこっちにおいで」
飄々とのたまう遥に、居ざるを得ないと諦めをつける。確かにただ突っ立っているだけでは始まらなかった。何が? 何も。
遥は最も上座の一人席に部屋の主らしく自然に、泰然と腰掛けている。遥の前にある背の低いガラステーブルを挟んで一つずつのソファ、例の男はその奥側、遥のすぐ右手に座っていた。その視線は先程の熱に浮かされたような紅ではなく、どこかこちらを探るかのような碧の色。まるで別人であるかのように静かなその様はどこか不気味で、そんな視線を振り払うかのように私は彼の蓮向かい、最も下座に腰掛けた。
「そうだぬぇ、まずは自己紹介からしたほうがいいかぬぇ。私、は……まあ、二人とも知ってるだろうから割愛でいっか。ハルト君」
ハルトと呼ばれた男がああと口を開く。遥の背後にある全面張りの窓から何にも遮られることのない夕暮れが差し込んで、その白い服を橙に染めた。
「俺の名はベルンハルト・レヒト・シャルラハロート、ハルトでいい。当代の“聖杯”守護者で、ドイツの吸血鬼だ」
「……ルーマニアの間違いじゃないのか」
「その謂れが出来るより前に、俺たち一族は既にゲルマニアの地に根付いていたさ。人とは没交渉だっただけで、時代が変わって人と関わるようになってからその謂れが生まれ、たまたまそれと特徴が一致していたからそう称されるようになっただけだ。吸血鬼などという呼称は人が勝手につけたものに過ぎん」
「得てして人外なんてものはそんな感じだからぬぇ。人間は今我が物顔でこの世界を闊歩しているけれど――――実際は、君たちが生まれるよりよほど早く、私たちは存在していたよ」
人外。その言葉の通り、人間の条理から外れたものたちのことを総称する分類名。太古の昔、人間が繁殖し盛んに活動し始めるよりも遥か過去から存在するという、創造主の落胤とでも言うべき存在たちだ。
仕事柄それも何人か殺してきたわけだが、彼らは概して奇奇怪怪な特徴と能力を持っていた。世界に数多と張り巡らされている不可視の龍脈を通して循環する魔力を使うことなく超常の力を現出せしめるその姿は、如何に人間とそっくりであろうとも相対した時点で根底からの絶対的な違和を生じさせる。それだけ系統樹のかけ離れた、人間とは別の次元で生きる化物たちを――――そう、人間は“人外”と呼ぶのだ。
「で、お前は何という名前なんだ?」
男の声が思考を断ち切る。どうしても名乗りは逃れられないかと顔を僅かに歪め、小さく呟く。
「……仄宮秋流。新宿の請負人、――――魔術師殺し」
一番最後に付け足したそれこそが、私の本性だった。
『ある時』に無理矢理覚醒させられた己が術を用いて、魔術を扱うロクデナシ共を片っ端から殺戮して回る「新宿の狂犬」。誰かが囁いたその評は寸分の違いもない正確なものだ。ゆえにそれがこの新宿、龍脈の中心地たる帝都の裏側で密やかに流布されていった結果、「あいつを殺してくれ」「こいつを殺してくれ」そういった依頼が来るようになった。これ幸いと適当に受けては殺していくうち、勘頼りの私の殺しは、その時から一種「情報と金」というビジネスも多分に含むようになったのだ。
最初受けるのは当然魔術師のみで、ただの人間や人外などどうでもよかったから適当に無視していた。定評が定評だったからそれも当然だったわけだが、今度はその「請負人」としての名前が一人歩きし、魔術師以外の殺しの依頼が激増。正直言って面倒ではあったが、『依頼した』という事実そのものを表沙汰に出来ぬ仕事であるがゆえに口止め料を兼ねた謝礼は驚くほど良く、小遣い稼ぎの感覚で正式に「請負人」の仕事を始め――――今に至る。
「相当な評判だよぬぇ、君。私のところにも君への仲介をって来ることが結構あるし」
「新宿の狂犬、依頼主すら喰い殺す請負人か。可愛い顔しておっかない定評を持ってるんだな」
「私の評判なんざどうでもいい。とっとと本題に入れよ」
もともと私を利用したいだけの下衆共がつけたレッテルなんぞに興味は無い。そんなことよりももっと大事なことがあった。
「そうだな。それではまず、“聖杯”のことから話そう。少し長いが、我慢して聞け」
――――“聖杯”とは万能の願望器である、と彼は言った。
世界という概念が存在するよりも前、無だけが在るという矛盾した虚無の中で生まれたそれは、ある一つの存在意義をその身に孕んでいた。
誰に与えられるまでもなくその中に在った存在意義こそ即ち、自身の中に渦巻く魔力を用いて『願いを叶える』ということ。
だが虚無の中には“聖杯”しか存在しなかった。“聖杯”の願いは己のみでは成り立たず、ゆえに“聖杯”は願う他者を求め、祈る他者を創った。
それこそが世界であり生命。そうして“聖杯”が生み出した世界で願われた祈りの数は、しかしあまりにも多すぎ――――また、そのためにあまりにも多くの血が流れすぎた。
“聖杯”自身のために多くの命が散っていくのを厭った――――わけでは当然なく、ただ単純に、“聖杯”はそれらの血と妄執により自らの魔力が穢れ澱み、己が愛し子同然の世界が自壊することを恐れたのだ。
そして“聖杯”は、守護者を求めた。“聖杯”自身を肉の殻、心臓に宿し、その生命を賭して守り抜く役を。
「それが俺たち吸血鬼というわけだ。うちの祖先は、日の光の下を歩き、どんな環境下であろうと自分本来のスペックを発揮できるという恩恵の代わり、代々長子が守護を司るという契約を交わした」
「……、それだけの恩恵でか?」
「それだけ、と言えるのは今こうして日の下を堂々と闊歩できているからだよ。俺たち夜の住人にとって、太陽とは焦がれに焦がれ、本来なら生ある限り拝むことすら叶わない暗幕の向こう側の存在だったんだ。薄いカーテン越しの光ですら決して治ることのない火傷を負い、浴び続ければ十分もせずに灰に還る。この世界で生きていくためには、俺たちの体はあまりに不便すぎた。……そんな宿業から逃れるためなら、命すら惜しくはないさ」
生まれついて太陽の恩恵を受けることの出来ぬ、血と闇に愛された種族。彼らが浴びることの出来るのは、唯一淡く儚い月影のみ。そんな運命を変えるため、彼らは“聖杯”の守護者となることを選択した。
そのことを、遥か昔の己の祖先が選択したことを、ベルンハルトという青年は少なからず誇っているのだと、黄昏に染まる横顔が告げている気がした。
「まあでもぶっちゃけ、俺ももっとふんだくっとけば良かったのにとは思うけどな。“聖杯”狙う奴を自動で迎撃する魔術とか」
「色々台無しだなオイ。で、一体なんだってそんな馬鹿げたモンに私が巻き込まれなきゃならねェんだ」
憮然として問えば、「“聖杯”自体の防衛機構さ」と彼は答えた。
当代守護者、つまり現在におけるベルンハルトは何らかの要因によって『単独での“聖杯”守護が困難である』と認めた場合、その意志のみで“聖杯”の半分を他者に分け与え心臓に宿させ、守護の任を分かつことが出来るのだという。その際にかかる制約というのが五つ。
1.本来の「守護者(=ベルンハルト)」と“聖杯”を与えられた「共有者(=私)」、双方を『心臓に傷をつけずに』殺害しなければ“聖杯”は得られない。片方でも心臓を破壊してしまえば“聖杯”は破壊され、両名は即時に死亡する。
2.守護者は共有者の持つ“聖杯”をいつでも剥奪することが出来、その場合共有者は即時死亡する。守護者が心臓破壊の有無に関わらず殺害された場合も同様であり、この時“聖杯”は得られない。それらの条件が満たされず、“聖杯”が次代に継承されるまでの間、守護者・共有者両名は不死となる。
3.共有者は“聖杯”を宿している限り『守護の任において障害となり得る致命傷』のみ回復することが出来る。任意で発動可能だが、“聖杯”の莫大な魔力を流用するため激痛が伴う。
4.共有者が殺意を以って守護者を傷つけた場合、その度合いによって激痛が走る。共有者が“聖杯”を宿したまま自殺しようとした場合も同様。
5.一月に一度の満月の夜、守護者と共有者の間で契約を更新せねばならない。
「『契約の更新』? 意味はなんとなく分かるけど、なんなんだいそれ」
一瞬の淀みもなくゆっくりと、機械的なまでに“制約”が数え上げられ、それについて遥が口を挟む。『契約』。“聖杯”共有の約定のことだろうというのは予想が付くが、肝心なのはどのようにして更新するのかということだった。
「吸血のことさ。そもそも俺たち守護者は、必ずしも生存に人間の血を必要としない。誰かの血を吸うのは、それが俺たちにとっての契約行為だからという理由のみだ。だから相手も人間とは限らない」
「詐欺じゃねェかそれ」
「見当違いの名称をつけられて迷惑なのはこちらだ。ともかく、そうして交わされた契約は絶対のものとなるんだ」
「どちらにとって」
「双方にとって」
ちっと舌打つ。
「悪態を吐こうが舌打ちしようが構わないが、契約関係の絶対性は変わらないぞ。未だかつてそれを破れた奴はいないらしいからな」
ふぅん、と遥が一つ相槌を打ち、「しかし」と呟いた。
「聞く限り、どうにも共有者――――秋流ちゃんにばっかり不利な制約だぬぇ。生殺与奪も契約続行も君の一存じゃないか。こんなのは約束とは言わないよ」
「そうだな。俺もそれを聞いた時はそう思った。その先人曰く、『“聖杯”は共有者を囮あるいは道具と考えている』そうだ。だからこそのこの扱いである、と」
くく、と喉奥で嗤った彼を、遥が「趣味が悪いよ」と窘める。
囮あるいは――――道具。とうに値打ちなど失ったと思っていたこの首に、今度は次々と他人の手によって鎖が巻きつけられていく。滑稽だった、縛り付けるだけの価値などない私を、封じ込めようとやたら豪奢な首輪がつけられていくことが。
「そうか、よォく分かった。ようはお前は、私を体のいい奴隷として扱うわけだ。……さぞ愉しいだろうな? 人を縛り付けていいように使うのは」
ハ、と唇に刻むのは嘲笑。これでは私に殺しを依頼してきた連中と何も変わらない。いや、金銭及び情報という対価を払う必要がないだけこちらのほうがなおタチが悪い。
ほらな、魔術師でなくとも、人間というのはこんなにも下らない。手前勝手な都合で人の望みを妨害し、救い上げて今度は囮と来た。やはり生きる意味も何も――――
斜陽が赤々と燃え盛り、私の視界を瞬きの間だけ灼き尽くす。
「――――愉快な妄想で、不快な誤解だな」
「ッ、」
そしてそれを遮ったのは、降る声と男の体。何の手段を用いてか一瞬のうちに私の前にまで移動した彼は、背もたれに手を突き立てて赤光に染まる顔を寄せ、ソファのスプリングを軋ませて私の退路を失くした。
「お前のことを“俺が”そう思っていると、誰がそんなことを言った? 分からないようならばきちんと言っておこう。それは先人たちによる蓄積と分析の結果であり、“聖杯”の考えだ。俺個人の考えはそんな低俗なものじゃない。『その程度でやれるほど、俺の“聖杯”は安くない』」
ぐ、と彼の右手がその心臓のあたりをぐっと掴む。何も言わない私に向け、ベルンハルトはその声を静かに降らす。
「分かるか? この俺の心臓は、そしてそのお前の心臓は、うちの一族が星霜の年月を賭して守り抜いてきたいわば“神”と称してもいいくらいのシロモノだ。宗教観の薄いこの国の人間に説いても無駄な気はするがな――――世界を作ったのはヤハウェではない。アッラーやアフラ・マズダでもない。“聖杯”だ。それを俺たちは護り続けてきた。それを奴隷が欲しいだけで血の繋がりもない赤の他人にやるわけがあるか」
奴隷が欲しいだけでは“聖杯”の分割などしない。裏を返せば、彼が望むのは奴隷以上のモノ。“神”を共有するだけに足る、生温いだけではない最上を。
「お前の過去に何があったのか俺は知らん――――だがな、そういう下らん偏見越しに俺を見るのはやめろ。何時までもそんな風にいじけられてはいい加減こっちも虫唾が走るんだ。
いいか? お前は俺にとって唯一の『女』なんだ。だから俺も、お前にとっての唯一の『男』でなければ許さん。お前を“聖杯”の奴隷などと、お前自身にさえ言わせはしない」
信頼とか愛情とか、そういう生温いだけのモノでは足りない。奴隷などという一方的な関係ではなく、『男』と『女』、それ以上に対等な力関係でなければならないと。自分はお前を対等に扱う。だからお前も、己を際限なく卑下するのはやめろ、と。
碧眼が、真摯な色を秘めて私の世界を占める。心臓を捉えていた手で顎を掬われ、視線を外すことが出来ず彷徨わせた。先程まで叩いていた軽口とは打って変わった彼の表情に戸惑ったものの、やがて私は口を開く。
「……お前が私をどう扱おうと、私の中ではお前も、遥も、そして私も平等に“無価値”だという考えは絶対に変わらない。だから自己愛なんて持っていないし、他者に向ける愛情なんてものも生憎永遠に売り切れだ。そんな女を、お前は傍に置くと言うんだな」
罪に塗れ、血に濡れて。倫理や道徳を切り捨てた末に死に損なったロクデナシ。そんな塵屑以下の人間の思考は言うまでも無く破綻している。その思考に触れ、観念を覗いたとして。彼が否応なしに感じるであろう『あらゆる不快感と嫌悪感』に私は一切の責任を持たないし――――それが変わることもないぞ、と。そういう、言外の最終確認だった。
「上等だ。永劫に変わらぬものなどない、とこの国の無常観を証明してみせよう。お前が容易く篭絡されるような期待外れでないことを確認できて、俺はとっても嬉しいよ」
その言葉はまるで、恋人が交わす睦言のように響いた。それに応えるように表情を綻ばせ、私は彼の頬にそっと左手を這わせて答える。
「私も嬉しいよ。死人を死に損なわせたのがどんなお人好しかと思えば、こんなイカレ野郎だったとはな……これでお前が真っ当な人間だったら、本格的にやるせなくなっちまうところだった」
頤を捕らえていた手が首筋に潜り込み、その端正な白貌が鼻先すら触れ合ってしまいそうな距離に近づき――――「あー」と遥が間延びした声を上げた。びしりと男の動きに罅が入る。
「……なんだね無粋な東洋人」
「いい加減自分の世界に入る癖直して欲しいよぬぇ、本当。そういうことは私の家以外でやっておくれ。……それで秋流ちゃん、これからどうする? まだ調子が出ないならもう一泊していくかい」
いかにも邪魔をされたという顔で舌打ちする吸血鬼から視線を外し、遥はその下の私を見てそう訊ねた。私は少し考え込んだ後、
「いや、帰る。いつまでも他人の家にいちゃ据わりが悪ィからな」
「そうかい、じゃあ外まで送るよ。ここは歌舞伎町からそう離れてないからぬぇ、別に案内もいらないだろう。ああそうだ、何か困ったことがあったら、ここではなく店の方においで。ちなみにバイトも絶賛募集中」
何分人手が足りなくてぬぇ、と立ち上がって廊下を先導する遥は、そう背中越しに一枚の名刺を投げて寄越した。表には「七木遥」の名前、裏には彼女が営んでいるのだろう茶店「憂雲亭」の連絡先と簡略化した地図が書いてあった。ここからさほど遠くないところにあるらしい。
不可解だった。彼女は何故私のことを必要以上に疑わず、あまつさえ己の情報を投げ渡してくるのだろうか。あの男の友人なのだかよくわからないが、それにしても開けっ広げすぎるというか、あまりに無用心すぎる気がした。
冷たい剥き出しのコンクリート床の上を歩く足を止め、「遥」と声を上げる。振り向いた彼女は「なんだい?」と首を傾げ、こちらの言葉を待った。
「……なんでお前は、私に対してそうも警戒しない? 顔見知りとはいえ得体の知れないことには変わりのない小娘の世話を焼いて、その結果自分が殺されても良いとでもいうのかよ」
「そうさぬぇ」
彼女はんーと少し考え込み、やがて黒瞳を私に合わせてにこっと微笑んだ。朗らかで人懐っこい瞳が、同色でありながら対極の色を浮かべる私のそれを捉える。
「私は君たち人間が好きなんだよ。だからついついこうやってお節介しちゃうのさ。それに、ぬぇ」
そして穏やかな瞳が、束の間鋭い色を仄かに溶かし込んで。
「――――たかが十七歳やそこらの小娘が不意を衝いたくらいで、私の何千年という年月を殺すことが出来ると思うのかい? 私は、君たちの。何百倍もの死線を、掻い潜ってきてるからぬぇ。だからいくら隙を見せたところで平気だって、自負があるのさ」
沈黙が落ちる。私とこの女の前に横たわる歴然とした年月の差。それは即ち力の差と言い換えても良いもので、それゆえに彼女は平気で私に対して背中を見せられるという。
正直言って理解不能な理論だし、それは率直に考えれば単なる侮辱とすら思えた。……それでも不思議と、角を立てて反発する気はあまり起きなかった。かわりに零れたのはささややかな嘆息のみ。
「……思いの外、傲慢なんだな。なよなよした外見してる割に」
「くかか、よく言われるよ。傲慢ではなく、出来れば誇り高いと言って欲しいぬぇ。私達はそういう種族だ。『強者ゆえの特権を当然のように甘受する』、それもまた器ということだよ。若人」
得体の知れない光を瞳に宿し、先程までの好々爺然とした人物と同じだとは思えぬ雰囲気を以ってそこに佇む女は、成程確かに“鵺”と言うだけはあるのだろう。深く考えずとも否応なく理解させられる、他者を圧殺するのではなく何もかもを肯定することで自らの上位を示す、抱擁のような威圧。それが彼女の“形”なのだと。思ったところで、彼女はふっと表情を和らげくるりと前を向いた。
「やれやれ、年を食うと説教臭くなって嫌になるぬぇ……気にしないでいい、少なくとも私に君を害する意志はないし。君が望まぬ限り、戦うことなんてあるはずないからぬぇ」
つい一瞬前の張り詰めるような空気を跡形も無く雲散霧消させた遥の後姿に私が言えたのは、
「……お前も、つくづくイカレてるんだな」
溜め息まじりの言葉のみ。それに対する遥は、
「千も二千も生きていて、頭の螺子を失くさない方が難しい。そうは思わないかぬぇ?」
手をひらりと振って、返すのみだった。