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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅰ 花残月編
17/76

Act.15


<Act.15 4/22(木) 1:02>


【仄宮秋流】


 ――――剣閃が迸る。

 剥き出しの殺意が真っ向からぶつかり、滴る血が飛び散る度に鉄錆の匂いが立ち昇った。

「いい加減死ねよ仄宮テメェッ」

「テメェが死ねよ扶桑このクソ野郎ッ!!」

「うるせぇ“カタリナの車輪”ッ!!」「黙れ<我龍走破>ッ!!」

 罵声と共に放たれた鉄車と紫龍が激突した瞬間、

 その時だった。


 ドンッ!!


「「!!」」

 何の前触れもなく、轟音と閃光が遠くで炸裂した。思わず動きを止め反射的に顔を左腕で覆うが、咄嗟に庇ったというのにフラッシュは私と扶桑双方の視界を灼き、爆音はそれに拍車をかけるように鼓膜を容赦なく叩く。

 雲一つない晴天の夜空だというのに、一体なんだというのか。

 それなりに距離があったためか、光自体はすぐに収まった。ちかちかする視界を堪えながら薄目で扶桑を見れば、奴も同じようにして光を防いでいた。回復は私の方が速かったらしい。斬りかかるかと足を半端にたわめたところで、襟元から『キィキィ』という鳴き声が聞こえた。

『秋流、俺だ』

 もぞもぞと襟元から飛び出した小さな蝙蝠がベルンハルトの声で喋る。それに一瞬面喰らったものの、奴が通信機代わりに寄越した奴だったと思い出す。

 「あンだよ」と答えれば、

『城ケ崎が消えた。捕縛は不可能だ』

「消えた? はァッ!? みすみす逃したってのかよテメェ」

『消えた、と言ったろう。それもこれも今回の案件、不可解が多すぎるんだ。その扶桑朧という男が何故現れたのか、お前は考えなかったのか?』

 促され、蝙蝠から視線を移す。少し離れたところにいる黒衣の拷問屋、彼は彼で、復活後私には目もくれず携帯で誰かと連絡を取っているようだった。

 戦意で熱せられた理性が、ベルンハルトの声で冷却されていく。扶桑朧は何故現れたのか。それは『城ケ崎を捕える』ため。

「(――――何の罪状で?)」

『気付いたか? とにかく俺もそっちに行く、そこまで奴を引き留めろ』

 音が途切れる。引き止めろといわれても、奴は私と扶桑とで刀無しの会話が成り立つと思っているのだろうか。いや思ってはいまい、奴がなるべく速く来ることを祈るしかなかった。一つ嘆息し、太刀を扇子に戻す。

「おい扶桑」

「……あぁん?」

 通話を終えたらしい扶桑が振り返る。その調子はぶっきらぼうなもので、予想していたよりも不機嫌ではなかった。突然の爆音に、また邪魔されたと癇癪の一つでも起こすかと思っていたのだが。

「一回喧嘩はやめだ。ドンパチしてる場合じゃなくなった」

「そいつは俺も同じだ。癪だけどなァ……ったく、面倒な輩が多いもんだ」

 先ほどまでの殺気立った様子はすっかり抜けたようで、彼は「はあ~あ」と深く溜息を吐きつつぼさぼさの頭を掻いた。なんというか、テンションの落差の激しい奴だ。躁鬱でも患っているのだろうか。ただ、確実に彼女はいまい。

「なんかスゲー失礼なこと思われてる気ィすっけど、まァいいや。それじゃ俺は行くぜ。テメーの、あー、なんだ? カレシか召使か。どっちでもイイや、あのガイジンにもよろしく死んどけっつっとけ」

『その必要はない』

 影の中から声が響く。無言で目を剥く扶桑と私の間に横たわる影からずるりと現れたベルンハルトは、更に一歩下がって私の隣に立った。正直、こういう登場の仕方は反射的に刀を出しそうになるから私としてもやめてほしい。

「こうしてちゃんと顔を合わせるのは初めてだな。まあよろしくされるつもりも死ぬつもりもないんだが」

「……どっちもねーなら何の用だよ、ガイジン野郎」

 すぅ、と扶桑の目が露骨なほど忌々しげに細められる。平坦な声を受けたベルンハルトはあくまでもいつもと変わらない調子で微笑むが、どことなくその周囲に漂う空気が冷たいような気がした。

 考えてみれば当たり前か。扶桑にとってはここぞというときで毎回茶々を入れてくる邪魔者、ベルンハルトにとっては“聖杯”を破壊されるリスクそのもの。これで仲良しこよしという方が気持ち悪いのも頷ける話だった。

「日本人の悪い癖だね、海の向こうの人間をガイジンガイジンと連呼するのは。俺にはベルンハルトというちゃんとした名前があるのだから、そちらで呼んでもらいたいものだ。扶桑朧」

「ンだよ。こっちだってヒマじゃねーのわっかんねぇかなァ、用があるならとっととしろよガ・イ・ジ・ン」

 ご丁寧にも区切りながらの発音だった。目に見えて苛立っている。何がそこまでこの男の神経をささくれだたせるのか、それは確かに彼自身「やることがある」からなのだろうが、一番はやはり、単純にこのベルンハルトという男が気に食わないのだろう。私と扶桑の激突を一度ならず二度までも妨害した――――その事実だけが、彼にとってはきっと、この吸血鬼を蛇蝎の如く嫌う理由になるのだ。

「用自体は単純だ。訊ねたいことがあるだけさ。――――貴様は何故あの城ケ崎という男を狙う? そして、貴様自身は一体“何”だ?」

 沈黙が落ちる。束の間視線が交錯し、夜の闇を滑って虚空に融けた。

 やがて、黒衣がにいっと笑みを浮かべる。その姿はさながら死神のようで、ただ彼自身の悪趣味な『趣味』を鑑みればあながち間違いでもないのだろうと思う。

「仕方ねェなァ、答えてやるよ。無知なオマエらに俺からレッスンだ。――――後者からいこうか。俺は扶桑朧、新宿裏側のゴミ処理屋・明石機関の工作員だ。よろしくどうぞ、この街を汚すクソ野郎共」

 にっこり笑って仰々しく手を広げ、そういって扶桑は粗雑な一礼を見せた。ベルンハルトのそれと違って微塵も洗練されていない荒い素振りには、無礼さはあっても慇懃さはなかった。取り繕うつもりもない、溢れ出る嘲笑を抑えるつもりもないその在り方がいやらしくあからさまなほど炙り出され、輪郭は闇にさえ拒絶されたように浮き上がって見える。

 心の底から人を煽り立てる不快感。それを微塵も隠そうとせず、彼はゲラゲラと言葉を続ける。

「明石機関がなんだかわかんねーってカオだな。そっちのガイジンはまァ分かるが仄宮、新宿住まいのオマエがなんでわかんねーのかそっちのが不思議だよ俺は」

「興味ないからな」

「そーかい。俺たちは、オマエらが好き勝手あっちこっちに転がした死体やら血痕やらを掃除して、情報を片っ端から隠蔽する後処理屋なんだよ。割と名は通ってんだぜ? もっとも、オマエらみたいなのが知ってかつ恐れてンのは処断機関としての側面だろうが」

 明石機関――――ゴミ処理屋、処断機関。そういえばそんな名前を聞いたことがあるような気がしなくもない。いつだったかは忘れたが、うちの高校と名前が同じだと思った記憶が微かにある。

 ただ、新宿、その不文律は「他人の喧嘩に首を突っ込まない」というもののはずだ。龍脈の集い、魑魅魍魎の集うここで自然と形成された唯一の不文律があるからこそ、この街は成り立つ。それは表であっても裏であっても、この街に住む者なら誰しもが肌で感じるであろう絶対の法律だ。処断機関という肩書きは、それを容易く破りかねないものだった。

「処断機関? それじゃあお前がコイツを『無粋なヤロー』つったのとどこが違うっつーんだ。人様の喧嘩に首突っ込んで、喧嘩両成敗と喚くのが仕事とでも言うのかよ」

「オイオイ仄宮、俺がいつそんな時代遅れの口上なんざ吐いたよ? 俺たちが処断する奴らってのはなァ、そいつらだけで完結した世界でドンパチしてる馬鹿共じゃない。囮なり誘拐なりレイプなり、どんな形であれ一般人を巻き込みやがった大馬鹿共だけだ」

 曰く。

 彼ら明石機関が制裁を下す基準というのは、純粋に『一般人に被害が及んだかどうか』らしい。例えば私と扶桑のような、あくまで互いが互いのみを目標とする喧嘩に対して彼らは一切関知しない。彼らの仕事は血痕や破壊痕といったものを残らず消し去ることだけだ。しかし一方で、何ら後ろ暗いところのない一般人を一度でも殺傷すれば、すぐさま彼らが彼らとして動く。

「お題目としちゃァ『新宿の正義』とか大層なことを抜かしてはいるがな、実際そんなモンは建前だと俺は思ってる。秩序を守るからと言って必ずしも正義になるわけじゃない。それが俺ら明石機関が、オマエみたいな野良犬を放っといてる理由だよ」

 秩序――――彼らの言うそれは、つまり表と裏の線引きのことだろう。表の人間がうっかり裏に踏み込まないよう情報を隠蔽し、裏の人間が表の人間に手を出さないよう抑止力となる。ゆえに裏の人間同士の抗争にも、表の人間同士の闘争にも、彼らは決して力を振るうことはない。なるほど確かに明瞭で、間違っても『正義』などという小奇麗な言葉では片づけられない理念だった。

「そして、それが貴様が城ケ崎を追う理由でもある、と?」

 ベルンハルトが口を開く。頷いた扶桑はさも憂鬱げに嘆息し、

「そォだよ。あの馬鹿は秩序を破った。だから捕えなきゃいけない。……そういうオマエらは? なんでアイツを追う」

「守秘「然るべき代価を支払わなかったからさ」……おい」

 即答で拒絶しようとした私を遮りベルンハルトが先んじて答える。睨み上げれば、奴はしれっと「これくらいならば抵触しまい」とほざいた。

「そういうわけで、俺たちが城ケ崎(アイツ)を狙うのは、彼の有り金を片っ端から巻き上げる取立人の役目があるからなのさ」

「……だからな扶桑、テメェにゃアイツはやんねェ。次こそ私が捕まえる」

 私が言い切れば、扶桑は先ほどとうってかわってテンションの低い声で「そォかよ」と吐き捨て、そのままふいっと踵を返した。風がその黒衣の裾を揺らす際、

「いいからやめとけ。オマエが機関に目をつけられれば、俺がオマエを殺せなくなる」

 残る声は耳朶に届き、やがて融けて消えていった。

 人賑わいが遠く聞こえる中、やがて私が一つ息を吐くと、

「……諦めるのか?」

「まさか。それこそ信用問題だ。機関だろうとなんだろうと、出会ったら叩き潰す。……それだけだ」

 そして、扶桑朧、あの男も。例外はない。魔術師であるという理由に加え、個人的に気に入らないアレは最早“天敵”と称するに相応しいものだ。

 遠からず、再びまた遭遇であうだろう。城ケ崎という同じ獲物を狙うのだ、避けることはできなかった。

「上等で、そして当然だ(Meine)が姫(Prinzessin)。お前の行く道を守ろう」

 生粋の貴族の礼を苦もなく見せるベルンハルト。それに、扶桑のあれよりもこちらの方が断然良いと、そう思った。ただ漠然と。

 夜はまだ明けない。闘争劇も幕を閉じることはなく、しかし逃走劇は既にエクソドスを目前にしていることを、私たちが知ることはついぞなかった。

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