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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅰ 花残月編
16/76

Act.14


<Act.14 4/22(木) 0:28>


【ベルンハルト・レヒト・シャルラハロート】


 夜の世界は、俺の世界だった。

 どうやら奴――――城ケ崎はネオンの無い方へと逃げているらしく、おかげで妨げとなる光も邪魔な人気もなく追う側としては非常にやりやすかった。彼の思惑とはさぞ裏腹であろう。

 影の中は照らす光もないのだから当然真っ暗だ。だが俺たち吸血鬼にとって暗闇とは澄んだ水のようなもの、透かすように外の景色が見えるため望めば望むだけ、影の続く限りどこまでも眺望することができた。その上障害物もないので体感的には高速道路を爆走しているのと変わらない。

 そんなわけで影の中をすいすいと縫うように走っていると、そこまで時間をかけずに奴を見つけることができた。路地裏、奴はわざわざ立ち止まって何やらしているようだ。その手には何か細長いものが見える。

「(……棒……いや、アレは杖……か?)」

「――――……ス、天神の……、……かりの日を」

 ボソボソと呟く声が聞こえる。短杖を握りしめ、言の葉が紡がれるその度にその周りでばちり、ばちりと火花が――――

「――――ッ!?」


 ぞんッ


 夜気を切り裂いて、青白い閃光が真っ直ぐに俺へと迸る。

 それが雷光だと気づくより先に、反射的に直上の影を硬質化させていた。間一髪、轟音が至近距離で炸裂する中で冷や汗が居心地悪く伝い落ちる。他の生物よりいくらか頑丈とはいえ、稲妻の直撃を受けて平気でいられる自信は流石になかった。

 いやそれにしてもしかし。問題はそんなことではない。基本的に影の中にいる者に気配などない。だから地上にいる者に俺の位置を探ることなどできないし、それは科学的な装置を使ったところで同様だ。

 だが、唯一それを破り得る可能性こそが彼ら魔術師である。魔術とは不可思議なもので、それぞれの形によって様々に性質を変化させる事象である。元が“魔力”という“聖杯”由来の不可視かつ不定形の力であるからか、個人、あるいは集団の「個性」によってかなりカラーが異なる。ゆえに“魔術”とい術法を理に則って体系化することは非常に難しく、多くに共通する普遍的な対抗策というものも存在しない。

 その千差万別のうちの一つ、城ケ崎満という人間の所有する魔術がたまたま俺の能力と相性の悪いものだったということは、何というか甚だしく不運としか言いようが無かった。

 ともかく、居場所は知れた。ならばこれ以上潜んでいる必要はなかろう。

 意志に応じて蠢く漆黒が、俺の体を押し出し加速する。瞬く間に距離を詰め、彼の真下にさしかかったところで「ぱちん」と一つ指を鳴らし、こちらをずっと窺っていた彼の真後ろへと回り込む。

「喰らえ影獣、」

 城ケ崎の正面に蝙蝠の弾幕を展開しつつ、俺自身はずるりと影から現れる。出際影の中から取り出したのは、『支配者(Herrscher)』の名の下に煌々と光る一振りのサーベル。

 俺の気配に振り返らんとしている彼の瞳とかちあう。恐れがありありと見えているそれに微笑みつつ、――――一閃。

「ッ、!」

 逆袈裟で斬りつければ、彼は間一髪手に持つ短杖でそれを阻み、半ば吹き飛ばされる形で飛び退いた。なかなかの臨機応変では、ある。

「良い反応だ」

 そのまま深く斬り込む。先ほどの反応は生存本能からくる反射だったのか、どうやら彼自身そこまで戦闘経験があるわけではないようだった。踏み込み斬りつけていけばいくほど俺の刃が彼の身体を掠め、傷つけていく。洗練されていない動きにしては大した捌き方だが、それも例えいくら贔屓目に見ようとしょせんは素人に毛が生えた程度だ。俺と刃を交わせば交わすほど、削られていくのは彼の方だった。魔術を使う暇さえないほど。

「……つまらん」

「ッ!?」

 小声で吐き捨て、柄頭を胸の真ん中に容赦なくブチ当てる。肋骨が折れたかもしれないがその程度で死にはしまい。それは彼女の仕事であるべきだし、俺としても少しばかり聞きたいことがあったから殺すのは本意ではなかった。

 突き飛ばされた拍子に壁に背を打ち付け息を詰まらせてへたりこんだ城ケ崎、その眼前にサーベルの切っ先を突きつける。ヒッと息をのんだ男に対し、


「答えろ。何故貴様はあの男――――扶桑朧に追われている?」


 不思議だった。秋流と水蓮は古馴染みであり、今回の依頼もその縁の延長線上だったはずだ。秋流の実績ありきで話をしている以上、本来ならばそこに第三者が介入する余地はない。水蓮が秋流に秘密でもう一人を雇った――――いや、それは本件が彼女たちにとっての『普段と変わらない仕事』であることを考えれば全くもって無駄な金と無駄な手間にしかならない。

 より添えておくならば、水蓮は花街の守護者だ。花街とは元々女のもの。男はあくまで金ヅルにすぎず、粗相を働けば即刻叩き出されるのが常だろう。自警団すら女性に握られている町が、果たして仕事を男に任せたがるだろうか。

「同じ罪科であの男に追われている――――そう考えるには無理がある。ならば、違う罪状でなら?」

 違う可能性。すなわち、『扶桑朧は扶桑朧なりの罪状りゆうでこの男を追っている』とするならば。

 扶桑朧あのおとこの正体如何によっては城ケ崎満(このおとこ)の危険度もまた跳ね上がりかねないということは、火を見るよりも明らかだった。。

「答えろと言っている。貴様が負う罪状ツミを』

 男の顔が焦燥に歪む。口を割らないなら足の一本でもと思いかけたところで、男はハッと顔色を変えて口を開いた。

「お前たち……明石機関じゃないのか……?」

 眉を顰める。明石機関とは何なのか、耳慣れない言葉にも剣先を揺らすことはなかったが、想定外の反応に逡巡が生まれる。

 それが、隙になってしまった。

「――――導けケラヴノスッ!!」

「しまッ、」



 ドンッ!!



 響く絶叫、続く俺の言葉を遮るように、劈く雷鳴が一帯に響き渡った。視界を灼かんばかりの稲光が蒼く瞬き、反射的に足が一歩後退り、腕が視界を庇う。

 やがて残光が少しずつ消えていき、麻痺してしまった聴覚が正常を取り戻す。その時には既に、城ケ崎の姿は綺麗に消えてなくなっていた。

「……、」

 索敵。手にしたサーベルで足元の影に触れ、即座に知覚を拡張する。俺たちの感覚は、影を経由することである程度のところまで広げることができる。それを使って半径百メートルの暗がりをくまなく探したものの、彼のあの気配はどこにもなかった。

 彼が彼の魔術で俺に目眩まし――というにはいささか度が過ぎている気がするが――を見舞い、その隙に逃げ出した。というのならば納得はいく。だがそうだとするなら俺の索敵に引っかからないのはおかしいし、純粋な身体能力で逃げ切ったにしてはつい先ほどの斬り合いがあまりにお粗末すぎた。

 サーベルを放り投げれば、それは硬質な音を立てることなく闇にずぶりと沈んでいく。『明石機関』だのとわからないことが多い中、一人で考え込んでいたところで埒が明かない。

「また秋流に怒られそうな気はするが……致し方あるまい」

 二人の喧嘩を妨害といこう。そう思いつつ、俺は体を影へと融け込ませていった。

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