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六話 ふたり

 ぶらり、と外に出た。


 特に目的があったわけじゃない。けど、土曜日に家でじっとしていたら退屈で死にそうだったというだけだ。

 さっさと住処に戻れ、とでも言うように冷たい風が吹きすさぶ。だが、俺は寒いのが好きな変人だから、むしろ外にいたくなる。まあ、寒中水泳とかは勘弁な。それはさすがにそれは無理だ。俺に内蔵された寒さメーターが振り切れてしまう。


「さて、どうするか」


 駅前に着いたが、何をしようか。やはりゲーセンか?

 まあ、その前になにか飲み物でも買うか。

 近くにあったコンビニに入る。すると、かなり場違いな姿を発見。思いっきり浮いたゴスロリ服、誰だか顔を見なくても分かるぞ。

 しかも、そいつはなぜか色々な種類のチョコレートを、山のように買い込んでいる。すげぇ量だ、店員の顔が引きつってるぞ。


「あ、ありがとうございましたぁ」


 うわずった声で言う店員、まあ気持ちはわかる。俺だって、いきなりゴスロリ着た女が山のようにチョコレート買いに来たら混乱するだろう。

 満足そうに微笑み、外に出ようとした時、目が合った。


「あら、宗司。どうしたの?」


 そう、半ば予想していたが、そのチョコレート大量買占めゴスロリ娘は、我らが冬樹魅霊殿。

 ――深い、深い溜息が漏れた。


「……いや、それは俺のセリフなわけだが」


 ピッ、と指で小山となってるチョコレートを指す。俺の記憶が正しければ、バレンタインはもう終わっているはずだ。

 けれど、魅霊は何を言われているのか分からない、とばかりに首を傾げる。


「まあ、いい。いや、よくはないけど、もうどうでもいい」


 なんか、これだけで休日分の気力を失ったような気がする。なんか追求する元気が無い。


「そういうアンタはどうしたのよ」


 やや不機嫌そうに、頬を少し膨らませながら問う。

 あからさまに呆れたのがいけなかったらしい。 


「ゲーセンでも行こうかと思ってたんだが……、今日はもう帰って寝る。なんかお前の姿を見ただけで一日の気力を全て使い果たしてしまったよ」

「……凄まじく失礼ね。ところで、ゲーセンってなに?」


 固まった。

 いや、ちょっと待て、ちょっとどころか盛大に待て。今の発言はオカシイ。


「ゲームセンターだよ。行ったことぐらいあるだろ?」

「ううん。聞いたのも初めてかも」


 うわ、どこの世間知らずのお嬢様だこいつ。静間宗司くんの呆れ度メーターが、三十から八十まで上昇しましたよ奥さん。

 つーか、小学校とかでプリント貰うだろ。そんな場所に行くなクソガキ、俺たちの仕事を増やすんじゃねえ――という教師の叫びをやわらかく改変したプリント、すなわち夏休みのしおりとか。

 溜息まで出てくる始末、どうするよこれ?


「……いいじゃない。別に行かなくたって死ぬわけでもないんだから」


 まあ、確かにそうなのだが。はっきり言って、現役高校生としてありえない。

 いや――知らない、と言うなら、教えてやるのもいいんじゃないだろうか?

 少なくとも、俺は夜の事に関しては教えてもらってばっかりなわけだし。


「んじゃ、一緒の来るか?」

「え……うん。こ、後学の為にね」


 ゲーセンの知識が後々どういう風に役立つのだろうか、とも思ったが、そこは指摘しないでおく。


       ◇


 入店早々、なにやら半泣きの魅霊さんです。


「――なにここ。耳痛い……」


 様々なゲームが奏でる不協和音に、早くもリタイアしてしまいそうだ。まあ、それも仕方がないのかもしれん。

 薄暗い店内では、店内デフォルトのBGMにゲームの音、そして音ゲーでハッスルしてる誰かの叫び声のミックス。正直慣れないとキビシイモノがある。

 だが、俺が平然としているのを見ると魅霊は、


「――ッ。なんでもないわよっ」


 強がりながら回りを見渡す。その目の動かし方は、例えるなら上京したての田舎者。どこか初々しい姿が、夜の凛々しさと反比例して微笑ましく思える。


「さてと、それじゃあ適当にこれをやるか」


 目の前にあるクレーンゲームに指差して言う。


「でも、どうやるの?」


 見たことはあるけど……、と漏らしながら中にあるぬいぐるみを、爆発物を観察するように注視する。 


「まあ、見てろ」


 その、どこかアンバランスな姿に苦笑しながら、スリットに百円を流す。

 すると命が宿ったかのように、明滅するボタン。それが、これを使ってさっさと好きな場所に移動しなさいふぉっふぉっふぉ、と俺を急かす。


「行け――!」


 軽快なBGMと共にキャッチャーアームが起動する。

 目的の場所に行くと、すかさずボタンを叩く。アームが停止し、すぐさま縦方向に軌道を変える。

 目的地に到達すると、アームの両端が獣のあぎとのように広がる。そう、それは獲物を捕捉する肉食獣のそれだ。

 狙う獲物は、やる気が全く見えないパンダのぬいぐるみだ。つーかパンダよ。お前はぬいぐるみなわけだが、もうちょっとやる気を見せろ。

 喉を喰らうように、アームがぬいぐるみを捉える。少しずつ持ち上がり――


「よしっ」


 見事ホールインワン。ぐてーっとした、やる気のなさそうなパンダのぬいぐるみをゲット。


「なんだ。簡単そうじゃない」

「ふふ、甘いな魅霊ちゃん。これは相当の鍛錬無しでは獲物を捕まえるのは不可能なのですよ」


 まあ、やれるもんならやってみなさい。そう言うように肩を叩く。

 すると、やっぱりというか案の定というか、闘争心に火がついたのかダッシュで筐体に張り付く。

 アームが動き人形を掴む――が、持ち上げる過程で零れ落ちてしまう。

 十回くらい連続でやっていたが、やがて諦めたのか、とぼとぼと俺の方に歩いてくる。


「……負けたわ、完全に。なんであんなのを簡単に取れるのよ……」

「ふふ、常日頃の修行の賜物でござるよ魅霊殿」


 ――やべえ、なんかすげえ気持ちいい。

 なんつーか、絶対に勝てない相手に勝てている優越感? よくわからないがそんな感じ。


「い、今のはあのゲームが悪かったのよっ。別のに案内して、別のっ」

「はいはい、我が姫君の仰せのままに」 


 笑いを噛み殺しつつ、次の場所へと歩む。けれど、魅霊がついて来ない。

 どうしたのかと思い、振り向くと、なにやら呆然とした面持ちで突っ立っている。


「何やってんだ。まさか耳痛くて歩けないとかか?」

「違うわよ。ただ、さっき宗司が言った言葉が昔の知り合いにそっくりで。つい、ね」


 懐かしむようなその表情に、胸が高鳴った。  

 もの悲しげな雰囲気が、彼女の魅力を増大させる。ああくそっ、なんだってこんなに頬が熱いんだよ!


「まあ、どうでもいいことね。しょせん宗司だし」


 待てこら、最後の余計だ。ったく、一瞬でも見惚れた俺が愚かだったよ。

 ――そういや、前にも似たような事があったよなぁ。見惚れやすいのかね、俺は。


     ◇


「ありがと、今日は楽しかったわ」

「いや、確かにお前は楽しかったんだろうがな」


 あの後、格闘ゲームをやらせてみたのだが、魅霊の奴、我忘れて熱中してやがるし。

 だが、しょせん初心者なわけで。必殺技の一つも出せないままボロボロに負けて、最後には筐体を蹴り飛ばしてた。

 ――目立ってたなぁ。ゲーセンにゴスロリ女がいること事態が珍しいが、その上、右手に提げたビニール袋に山のようなチョコレート。あれで目立つなというほうが無理だ。


「もうあのゲーセンには行けねえぞ。あれだけ騒いだんだからな」

「そ、それはさっきから悪かったって言ってるじゃない」


 ――ったく、この女は。

 気がつくとすでに公園に来ていた。夜と同じように、ここで分かれる事になる。


「また、夜ね」

「ああ」


 空は黄昏。茜色の光が世界を包む。

 長く伸びる魅霊の影法師を見ながら、俺も帰ろうとする。

 っと、そうだ。


「魅霊っ!」


 右手で掴んでいたそれが、黄昏の世界に架かる橋のように放物線を描く。

 すとん、と魅霊の手に納まったそれは、今日ゲーセンで取ったあのぬいぐるみだ。

 どんな反応をすればいいのか分からないのか、それを抱きしめたまま立ち尽くしている。


「俺が持ってても仕方がないし、お前にやるよ」

「え――で、でも……」

「遠慮すんな。つーか、その遠慮をゲームの筐体に分けてやれ」


 まあ、俺が持っていても使い道がないし。なによりにぬいぐるみとかは女が持っているほうが似合う。俺が抱いててもなんか不気味だしなー。

 しかし、それでもオロオロと俺とぬいぐるみを交互に見やる魅霊の姿は、恥ずかしがりやの乙女のようで、可愛らしい。


「だーかーらー。それは俺のプレゼントだって。一応、しばらく一緒に戦うんだろ? ま、親愛の証ってことで」


 んじゃ、と言って駆け出す。

 正直な話、言っていて気恥ずかしくなったから、逃げ出したわけだが。


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