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幕間 嵐の前


 カーテンの隙間から漏れる朝日が瞳を覆う。眩しさを感じ起き上がると、制服に着替えリビングに向かう。

 床に足をつけると軋むような痛みが駆け巡った。つう、と口から苦痛の声が漏れる。

 筋肉痛、だろう。昨夜の事を思い返すと、それが一番適当な症状だと思えた。


 ――夜を駆け、刃を振るい化物を殺す自分。普段ではありえない速度で、体が自由自在に動いていたのを覚えている。


 まるで、スイッチでも入ったように切り替わった静間宗司という存在。いつもの俺と、殺戮に喜悦を覚える俺。どちらが本当の俺なのだろうか。

 普段は疑いも無く前者を選ぶのだろう。いや、そもそもこんな事を考える事すらない。けれど、抑圧された性欲を解き放つような快感――あの感覚を思い返すたびに、それは風見鶏のように揺らいでしまう。

 ――考えても仕方が無い、よな。出口のない迷路に挑むようなものだ。そんな行動に、意味などないだろうに。


「そこぉ!」


 ……そんな事を考えていたからだろうか。姉貴の叫びと共に正面から突っ込んでくる食パンに気付けなかったのは。

 それは、見事俺の上唇と下唇の間に挟まる。すげえ、どんなコントロールだ。しかし、投げた体制のまま固まっている姉貴の姿を見る限り、この現象は狙って出したものではないらしい。


「……あたしの前世って、めじゃーりーがー?」

「知るか。つーか姉貴気をつけろよ。これで一生の運勢を使い切ってしまったとかいうオチかもしれん」

「いやだなぁ……それ。宗司、もしそうなったら責任とってよね」


 どんな責任だ、などと言いながらパンをかじる。べっとりと塗られたイチゴジャム。おそらくこれは俺の顔面に着陸する予定だったのだろう。

 普段なら対抗して背中に冷えたコーヒー缶を放り込むとかするところだが、気力が無いのでそのままコーヒーを飲み干す。

 ……姉貴よ。何ゆえにアナタは身構えるか。なんだ、その異世界から現れた珍獣でも見るような目は。そんなに俺が反撃しないのが珍しいのか。


「くうっ……これがっ、精神攻撃、英語的に言うならメンタルアタックかっ……?」


 そこ、なぜに叫びつつ微妙に疑問系なんだ。いいのか大学生、それで。 

 ……まあ、それが正しいのかどうかワカラナイ俺も、高校生としてどうかと思うが。


「……ぁー、俺、もう行くな」

「ううっ、いつ来るの? いつ来るの!? はっ! 既にトラップは設置されている……?」

「勝手にやってろ馬鹿姉」


 カバンを掴み、気だるい足取りで玄関に向かう。


「むぅ。宗司ー、元気ないぞー。いつもの狂人っぷりはどうしたのよ?」

「別に……って、ちょっと待て、ちょっとどころか盛大に待て! 最後のは聞き捨てならんぞ!」

「ふっふふー。そうそう、アンタはそのノリがいっちゃん似合ってるよ。さっさと学校に行くがよい若人よ」


 反撃を封殺するべくドアにカギが掛かる。溜息が漏れる。元気が出たような、気力を全て抜き取られたような、なんとも言えない感情が胸を満たす。  

 まぁ、いいか。あの嫌な思考は頭に残ったままだが、ネガティブな思考迷宮を彷徨わずに済みそうだ。


「――これが狙い、か?」


 ふと、今朝のブレーキを取っ払ったトラックのような暴走っぷりを思い返し、くつくつと笑う。やっぱ勝てねぇな。


      ◇

 

 購買戦争を勝ち抜いた後、教室に戻る事なく一年の階へ直行する。

 いつもなら刀夜と食事する流れになるのだが、今日はそういうワケにはいかない。魅霊に昨夜の戦いを報告しなくては。

 ――フラッシュバックのように、脳裏を過ぎるどす黒い赤色。


「……馬鹿が」


 既に朝、それは無意味だと結論付けただろうに。だが、考えないようにと思う事は考えるのと同じようなもので、服についたカレーのように頭に張り付く。

 ふと、自分が既に屋上前の踊り場に辿り着いた事に気付く。思考に没頭している間に一階分通り過ぎたようだ。

 自分を嘲るように笑いつつ、魅霊のクラス前の廊下に向かう。

 中では未だに授業が行われている。しかも前と別の教師だ。すげえ、どんなに恵まれてねぇんだこのクラス。

 教室内部では殺意とかそういった類の感情が噴出し、ドアから漏れ出している。そんな空想を抱くほどに、中の生徒の瞳はスサマジイ。

 ちなみに魅霊は――あ、こっそりパン食ってやがる。昼休みまで待てよ、子供かお前は。

 盛大に溜息をつくと、思いのほか音が響いた。中の教師が俺に視線を向け、数秒後、時計に目を移す。


「……もうこんな時間か」


 ――気付いてたんじゃなかったのかコイツ!?

 授業に熱中していたのか、それともボケているのか判断がつかない教師は号令をかけて教壇から降りる。中から、やっと終ったー! という叫びが雨後のタケノコのように上がる。


「あ、宗司」

「よう。お前のクラスっていつもああなのか?」

「……週に三日ペースよ。ほんと、貧乏くじ引いたわ」


 こんな事で苛立ったように顔をしかめる姿がどことなく新鮮な気がして、思わず頬が緩む。だが、それを見た魅霊はこの笑みを別のものと勘違いしたのか、槍のように鋭い瞳を俺に向ける。


「……随分他人事みたいに笑うのね。わたしにとっては死活問題だっていうのに」

「はっ! 何を言うかと思えば。このクラスの住人ではない俺にとっては完全に他人事だろうが!」

「正論だけど無茶苦茶腹立つわね、それ」


 拳を握り体を震わせる魅霊に若干畏怖の感情を覚えながら、外面はクールに保つ。ただ単にビビッてるのを誤魔化しているだけだが、言葉を変えるとなんかかっこよく聞こえるから不思議だ。


「ま、まあそれは置いておきましょうよみーちゃん。あっしはメシの誘いに来たのですよ?」

「うるさい、みーちゃんって言わないで」

「みーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃん、みいいいいいちゃあああああああん!」

「こっっっんの馬鹿男は……ッ!」


 マズイ、そう考えた瞬間、既に魅霊の拳は霞み俺の頬に着地。世界がぐりんと歪み、地面に倒れ伏す。


「ってめ! ちょっとしたジョークだろ。流してくれよ!」

「ほら、ごはん食べるんでしょ。……場所は前と同じでいいわよね」


 返事を待つ事なく踊り場へ足を向ける。ひでえよ、最後のシャウトはやり過ぎかもしれんと思ったが、殴らんでもいいだろうに。

 よっと、という掛け声を上げて立ち上がる。呆然とした一年たちの視線が痛いです。お前ら黙らないでくれよ、おかしいなら笑え!


「お、お騒がせしました。勉学に励めよ若造よ!」


 しゃきーん、と右手を敬礼風に上げて逃走。黙られるのが一番、芸人にとって辛いのですよ皆さん?


       ◇

 

 踊り場に辿り着くと、心地よい大気が体を包んだ。

 それは、砂糖入りのコーヒーみたいなもの。苦味と甘み、それらが丁度よい分量で混ざり合えばまろやかな味となるように、冬の冷気と窓から降り注ぐ光、その二つが適度に調和したこの空間はこの季節においては最高の空間なのだ。


「宗司、早く座りなさいよ」


 わぁーったわぁーった、などと言って腰を降ろす。見ると、魅霊はバスタオルみたいな布を地面に敷いてそれに座り込んでいる。なるほど、それならほこりの上に座らなくても済むのか。


「準備いいな、それ」

「……勘違いしないで。これは体育の授業で必要だったから持ってただけなんだから」


 ……何に対して勘違いすればいいのやら。こいつがそういった事に神経質なのか俺が鈍感なのか、はてさて。

 パンを食いながら視線を向けると、この人、すでに三つ目のパンを食い始めています。待ってください魅霊さん。俺は今袋を開けてかじり始めたんだが?

 よーっく見てみると、掌サイズくらいのパンを二口で平らげ、次のパンに移行している。漢と書いておとこと読ませるような食べっぷり、惚れ惚れするね。


「……宗司。その、そんな見られると食べ辛いんだけど」

「大丈夫、俺は気にしない。ささっ姫、どうぞどうぞ」

「あんたが気にしなくてもわたしが気にするのよっ!」


 そんな馬鹿な事を交えつつ、食事は滞りなく進んだ。途中、魅霊がパンを喉に詰まらせた事以外は。


「さて、メシも食い終わったところで……本題と行きますかね」


 かちり、とスイッチでも入れるように声音を変える。さすがに真面目な話をしてる途中にふざけるほど、俺は空気の読めない馬鹿ではない。

 魅霊もその微妙な変化を感じ取ったのか、計十四個目となるパンの袋を開ける事を断念する。……あー、食っとけってそこは。微妙に不吉な数字になっちまうし。


「結論から言わせてもらうと――事件の関係者らしき野郎に会った」

「――ッ!?」


 ――その時、魅霊の顔に浮かんだ感情を一体なんと形容するべきか。それは、行方知らずの恋人の情報を聞いた乙女のようであり、親の仇を見る子供の目のようでもある。交わるはずの無いそれらが、ヤミ鍋のように一緒くたにぶちまけられ、彼女の顔は歪む。


「その人、赤い、赤い服を着てなかった……」

「いや、全身真っ白い服だけど?」


 途端抜ける力。魅霊の体はだらんと弛緩し、浮かせた腰をぺたんと降ろす。

 どうしたんだ、と問いかけようにも、呆けたようなその姿を見ると、声をかけるという行為が無粋なものであるように感じた。


「……どうしたのよ」

「え……?」


「だから、その時の話。待ってるんだけど」

 その時には既に先程の儚げな雰囲気は無かった。


「あ、ああ。実はな――」


 白い男、異形の群れ、最後に降り注いだ剣の雨。それらをとつとつと語る。

 先程の状態が気にはなったが、あまり触れるべき話題ではないだろう。俺が聞く理由も無く、魅霊が話す理由も無いのなら、話題に上げる必要性など皆無。そんな厚顔無恥な事を出来るはずがない。


「――ふうん。異法生物創造特化型異法士ね、そいつ。宗司が言った事が本当なら、そこそこ実力はあるみたいだけど……」


 釈然としないのか、しきりに首を傾げている。


「最後の剣、それって一体誰が起こしたのかしら? 剣を創ったのだとしたら、物質創造特化異法士だけど、ここの土地の守護者はわたしと同じ身体能力特化型異法士のはずだし……」  


 守護者? そう問いかけようとするが、遮るようにチャイムが鳴る。


「……ま、いいわ。じゃあ、今日の夜、いつもの場所で」

「ああ、じゃあな」


 結局聞きそびれてしまったな。まあ、急いで聞くような事でもないか。そう結論付けると、早足で教室へ向かっていった。


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