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風の騎士  作者: ゆう
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追いかけっこ

いつもの事。

そう思えばいいんだ。


…そう思い込みながら、メイドたちは掃除をしている。


朝行う掃除は終わっている。

今は各部屋のシーツや衣類を洗って干している最中、…のはずだった。


何が悲しくてまた箒を持って床を掃いているのか。

床に散らかった埃はもちろん、ガラス片なども掃き集めている。

よく見れば、あちらこちらの花瓶や置物が不自然な壊れ方をしているようだ。


メイドたちは今、いつもの事だと思い込む半面、何故わざわざ城の中で鬼ごっこなどしているんだと怒り心頭のご様子だった…。



「待てこの野郎ッ!」


ため息混じりに掃除をしていたメイドたちのすぐ近くで、怒号が聞こえる。

メイドたちには聞き慣れた声だ。

同時に、今聞きたくはない声でもある。


「このガキ…ッ! いい加減魔力が尽きるもんだろ、普通!」


風のように去って行ったのは、布を纏った何かだ。

そのあとを信じられない速さで追いかけているのは、真っ黒なシャツを着た男。

赤い髪もまた、服装以上によく目立つ。


ちなみにその男、走っているわけではない。

宙に浮いているのだ。


魔術の使い方次第では宙に浮く事は可能だが、速度は魔術に比例する。

浮遊し、尚且つ風のように去る速度を造作もなくやってこなしているのは、本来なら褒められるものなのだろう。


ただ、今はそんな褒めるような気になる人間はいない。

皆掃除、後片付けに終われ、そんな最中目の前をまた通り去る男たちに、怒りよりも呆れた目を向けていた。


「毎日毎日飽きもせず…。よくやっていられますね。」

「仕方ないのよ。副騎士団長のご命令でしょう?」

「でもだからって私たちが後片付けをするのは理不尽な気がしない?」

「そうね。…でも、ヴァン様が格好いいから許すわ!」

「同感! これで顔もブサイクだったらただの害よね。」

「言いすぎよ。…それにしても、ジルヴィント様といい、ヴァン様といい…。いい加減外で行うって事をしてくれないかしら…。」


思わずメイドたちは手と口が同時に動き出す。

不満を口にしていたかと思えば、どちらかの事を褒め称えたり。

なんだかんだで会話ができる理由となり、満更でもないメイドも多いらしい。

中にはヴァンという者に熱を上げている者もいるようで、この騒動が起きるのを心待ちにしている者も少なくないようだ。

ただ、片付けは面倒この上ない。

できる事なら城外でやってほしいのは本音だろう。


「でも毎日追いかけられるなんて…。ジルヴィント様が羨ましいわ。」

「あんな必死に追いかけられてみたいわね。でも、ジルヴィント様って女だったかしら?」

「さぁ? でも、男だったからしら…?」

「正体不明のミステリアス。だからヴァン様が追いかけてるのよ。」

「そうみたいね。この間ヴァン様がお酒に酔って、『絶対正体を暴いてやる!』って大声で意気込んでたもの。」

「酔ってなくても言ってるわよね…。」

「でもいつもすんでの所で逃げられちゃうなんて…。ジルヴィント様も遊んでるつもりなのかしら?」

「だとしたら冗談じゃないわね。…これだけ暴れまわって…。」

「でもジルヴィント様は何も壊してないのよね、いつも。」

「そうね…。そんな配慮してくださるなら、尚更城外でやってくれないかしら…。」


何度通り過ぎた事か。

メイドたちのため息が城の中であちこち聞こえる。


どうやら追いかけている男はヴァンといい、追いかけられているのはジルヴィントという名のようだ。

2人は城の中を歩く人間を避けつつ、城の中を縦横無尽に飛び回っていた。


だが、歯を食いしばって浮遊し続ける男はそろそろ限界を迎えているようだ。


「何で魔力がもつんだよ! いい加減にしやがれ!」


ヴァンは手元に大きな火の玉を作り上げ、それを思い切り目の前にいる布を纏う何かに投げつけた。

辺りの悲鳴にも似た声など聞こえていないだろう。

それだけ必死だったのか…。


火の玉はジルヴィントに向かって勢いを増す。


「燃え尽きろ! その布焼き払ってやる!」


言っている事が不穏だが、本気なのだろう。

だが、ジルヴィントは突然クルリとヴァンの方へ向き直った。

地面に足をつけ、まるでじっとヴァンを見ているようなたたずまいだ。


ヴァンも地面に足をつけ、何をするつもりかと様子を伺う。


「げ…。まさか…?」


ジルヴィントは、目の前に青白い膜を張った。

バリアの一種だ。

火の玉がそのバリアに阻まれると、途端に凍りつく。


バリンッと大きな音をたてて砕け散った氷と共に、ジルヴィントの姿はもうなくなっていた。


「くっそ! やられたッ!!」


都合よく煙幕の代わりとなった氷の破片の前で、ヴァンは苛立ちを露にした。

そそくさと現れ氷の破片を掃き集めるメイドたち。

ヴァンはそんな事などおかまいなしなのか、手近にあった壁をガンッと殴り壊して中庭へと向かっていった。


「またヴァン様の負けね。」

「さすがジルヴィント様。溶けない氷にしてくれているわ。」

「これで食材の保管がまた楽になりますね!」

「でも、ヴァン様もお可哀想…。」


おそらくメイドたちの声など耳に入っていないだろう。

ヴァンは中庭にあるベンチに腰をかけ、ポケットを探っていた。


「あのヤロウ…。メイドらの仕事まで気にする余裕があんのかよ…。クッソ! ますます腹が立つ!」


聞こえていたようだ。

ヴァンはポケットからタバコを取り出し、口に銜える。

イライラはそう簡単には収まらないのだろう。

火をつけタバコを吸うも、しばらく貧乏揺すりは止まらなかった。


「絶対捕まえてやる…。アイツの正体を暴く…。そうすれば………」


ジルヴィントの正体を暴く事に闘志を燃やすヴァン。

それを見ているメイドたちの目は、呆れている者もいるが、大半は惚れ惚れするような視線を送っていた。

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