歌う理由
殺されるかもしれない…
電車を待つ駅でそう感じたのは人生で何度目か分からないが今回は今までと話が違う。
震える手と足、加速する鼓動、今にも溢れ出しそうな涙。
今の私に取り巻く感情は負の感情以外何にも存在しない。
「ねえねえこの後近くにできたカフェ行かない?」
「いいね!私も行きたいと思ってたんだよね」
「よしきた!URの武器!」
「マジ!うざ!」
「俺2万も課金して出なかったのにすりぃぞ!」
「ねえ…この後うちでご飯食べない?」
「えっ?いいの?」
「うん。最近料理練習してるから食べてほしい」
…普通の人生、普通の学生、普通の高校二年生、普通の女子高生…
もし私が普通だったら、何にも才能がなかったら普通の人生を…………こんな気持ちにならずに済んだのかな?
ありもしない妄想を抱くなんて無駄、頭では分かっていても心は到底理解してはくれない。
約16年間、小さい頃に歌の才能を周囲に見出されてから有無を言わさず母親にその道を走るように命じられた。
勉強も運動も全部捨て、私の人生は歌だけ。
特別好きでもない歌を毎日毎日練習させられ、逃げ出そうものなら母親から怒鳴り声と罵声、泣きわめこうものなら暴力さえも厭わなかった。
いつしか私は泣くことさえも諦めて、歌だけに集中した。そうせざるを得なかった。
そうすることでしか、泣かない方法はなかった。
日々の練習は幸か不幸か実を結び、私は出場したコンクール全てで最優秀賞を取った。
誰しもが私の歌の才能を信じ、疑わなかった。
大人は皆賞賛し、讃えた。私の歌だけを。
一方、私と同年代の人達からは私に対する嫉妬と陰口が止まなかった。
対話もせず、ただ歌い続けて最優秀賞の枠を常に我が物顔で居座る私が気に食わなかったのだろう。
小学校5年生の時、最優秀賞の花束がゴミ箱に捨ててあったのを見て、私には味方がいないことを悟った。
大人は歌う人形、同世代は敵対。私をただの女子高校生として接してくれるものは一人もいなかった。
私の心のよりどころは結果を残すこと。出たコンクール、大会すべてで最優秀賞に輝くこと。
母親が私を私と認めてくれるのはそれだけだったから。
褒められることもないが怒られることもない。
だから歌う。それ以外に理由なんてない。
私は最優秀賞を取ること以外許されない………許されないんだ。
私は許されない事をした。
今まで手放したことなどなかった。最優秀賞を私は初めて逃してしまった。
いつも私を照らしていたスポットライトは無情にも私ではなく、左の人間を灯したとき、私は何が起きた分からず、憮然とした。
理解した後、張り裂けそうなほどの恐怖と罪悪感、焦燥感に駆られ、トイレの個室を出れたのは入ってからおよそ二時間が経った後だった。
いや出れたというよりも出ざる負えなかったというべきだろうか。
母親から帰宅の催促があっては帰らないわけにはいかない。
でも…
「…………帰りたくない」
「えっ!?君、帰りたくないの?」
「マジ!?俺達も丁度君と同じこと思っててさ!じゃあよかったら一緒に遊ぼうよ!」
「あっえっ……誰ですか?」
こんな時に何?誰?私もしかして今の口に出てた?
恐いよ…早く逃げないと……
見知らぬ如何にもチャラそうな男子高校生二人組が私の両側を陣取り、俯く私の顔を覗き込む。
「ああ俺達近くの高校に通ってて今から遊びに行くんだけど君帰りたくないんでしょ?」
「俺達と一緒に遊びに行かない?ご飯奢るからさ!」
「あっごめんなさい。私…帰らないと…」
なんで私なの?なんでこんな時に限ってこんな目に会うの?
決して二人と目を合わせることなく、私は力ない語気と言葉でそう返す。
当然こんなことでああそうですかとはならず、片方の男子高校生は震える私の肩に何の前触れもなく突然と手を置いた。
「いいじゃんちょっとだけ。ご飯だけ付き合ってくれればいいからさ」
「そうそう。皆でご飯行ったほうが楽しいじゃん!ね?」
「ごっごめんなさい私本当に帰らなきゃいけないんで」
なんでこんなにしつこいの?なんでどこかに行ってくれないの?
先ほどより語気を強めても彼は一切ひるむ事無く、私から離れようとしない。
「本当にごめんなさい」
「ちょっと待ってよ!」
「ねえねえ!」
何とか二人を振りほどき、私は彼から離れた場所へ移動しようと歩き出す。
けれど、彼らのうちの一人は諦めることなく私の腕を強くつかむ。
「きゃ!」
「なんで?帰りたくないでしょ」
「お願いですから!離してください!」
もう…なんでこんなことになるの?なんで私の腕をつかむの?
なんで私はこんなに苦しんでるの?
腕を掴まれた私は無我夢中で掴んできた男に抵抗し、腕を振りほどこうとする。
だが普段から運動なんてしない女子高生の私と男子高校生では力の差は明確。
全く歯が立たず、離すことが出来ない。
「いいじゃん。嫌なことあったんでしょ?話聞くよ?」
「大丈夫ですから!」
「ご飯奢るよ?」
「だから大丈夫ですから!」
「じゃあ…」
「もう…なんで私なんですか!!」
そう叫んだ瞬間、掴まれていた腕がほどける。
しかし、腕に力を入れすぎた影響で私はバランス崩してしまう。
倒れる、そう思った時にはもう遅かった。
私が倒れる先にあるのは鋼鉄のレールの上。線路だった。
「キャー!!」
「おいやばいぞ!!」
…痛い…痛いよ。なんで私ばかりこんな目に会わなきゃいけないの?
なんでこんなに苦しいの?なんでこんなに辛いの?
なんで…なんで……なんで………なんでなんでなんで!!
…………なんで
”キー!!”
…この音は電車の音?
色んなことがあり、目の前が真っ暗だった私は自分が何処に落ちたのかどうなったのかどういう状況なのかすら分からず、その甲高い電車がブレーキを踏む大きな音と私を強く照らすライトに気がつき顔を上げると眼前に広がったのは迫りくる電車だった。
…えっ?電車?なんでこんなに近くに?もしかして私、線路に落ちたの?
このままだと私死ぬのかな?死んじゃうのかな?
死んだらお母さんに怒られるよね。いや怒られるだけじゃ済まないか。
きっとまた暴力されちゃう。やだなあれ痛いからな…
じゃあ早く帰らないと。立ち上がって、ホームに上って、電車に乗って帰らないと。
痛い…ダメだ痛くて立てないよ。
本当になんで私ばかり…痛くて辛くて苦しくて…でもこれからもっと辛い。
…なんでなの?なんでなんで!!!
—―――あれ?そういえば私……
……なんで帰らなきゃいけないんだっけ?
そんな疑問を抱いた瞬間、私は電車にひかれた。
貧弱な私が電車にひかれて保てる意識などほんの一瞬。
悲鳴の渦に包まれた駅の中で私は死んだ。




