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沸騰する1999 -黒い雨の聖餐-  作者: クトゥルフ好き


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10/20

【Episode 7: 3日目】

【1999年8月上旬 - アーカム財団日本支部 第7解析室 Day 3】


【07:00 - 湿気】


深い眠りから意識を浮上させた時、最初に感じたのは「呼吸のしづらさ」だった。

酸素濃度が低下しているわけではない。


空気が重く耐え難いほどに「臭い」のだ。


高性能HEPAフィルター付き空調システムが、低い唸り声を上げてフル稼働している。

高度な循環能力をもっても濃密な生臭さと甘ったるい芳香、そして鉄錆のような血の臭いを除去しきれていなかった。


出産直後の分娩室のような、生々しい臭気だった。


「……んぅ……あぁ……重い……」

部屋の中央。メインコンソール前に並べられたパイプ椅子の上で、田中冴子が身じろぎをした。


その音は衣擦れの乾いた音ではなかった。

ボヨン、タプン、グチュッという、水を含んだ巨大なスポンジが転がるような音だった。


見てはいけないものを見るような恐ろしさに引かれ、彼女の方を凝視した。

そして、息を呑んだ。


「田中さん……」


彼女の胸部が奇形的な成長を遂げていた。

白衣の前ボタンは全て弾け飛び、床に散乱している。


グレーのTシャツは襟元から腹部にかけてビリビリに裂け、辛うじて首と脇で繋がっているだけのボロ布と化している。


溢れ出していたのは人間の常識的を遥かに凌駕する二つの巨大な肉塊だった。

左右それぞれが、熟れたスイカ、いや、バスケットボールほどもあるだろうか。


重力に従い、椅子の座面からはみ出し、ダラリと床につきそうなほど垂れ下がっている。


そして、何よりも異様なのは、その先端だった。

肥大化した乳輪は大人の掌ほどの面積に広がり、赤黒く、いや、どす黒く変色している。


その中心にある親指大の乳頭は刺激もしていないのに絶え間なく白濁した液体が噴き出していた。


ポタ、ポタ、というレベルではない。

彼女の心臓が脈打つたびに、トクトクと湧き出し、太腿を伝って床に白い水溜まりを作っているのだ。


「……おはよう、ヤマモト君」

田中が重いまぶたを開けた。


自分の異様な姿に気づいているのかいないのか、無表情でずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。

彼女が上半身を起こそうとすると、巨大な質量がワンテンポ遅れて揺れ動き、重心を崩させる。


「くっ……。バランスが……取りにくいのよ」

彼女は舌打ちをし、無造作に自分の左胸を両手で抱え上げた。


ドサッという重量感のある音がして、その肉塊を机の上に置いた。続いて右胸も。

机の上には二つの巨大な球体が鎮座し、互いに押し潰し合って形を変えている。


「……基礎代謝が異常亢進しているわね。体中の栄養が胸に吸い上げられているわ」


呟き、机の上の乳房を邪魔な実験器具でも扱うかのようにペチペチと叩いた。


「皮下組織が急速に増殖して、痒いのよ。……ああ、邪魔ね」

彼女はボリボリと音を立てて乳房の付け根を掻きむしった。


爪が皮膚に食い込み、赤いミミズ腫れができるが、彼女は気にも留めない。


「ヤマモト君、コーヒーを入れて。砂糖を通常の3倍、いえ、5倍で。大量の糖分が必要なの」


【10:00 - 精密実験】


「実験項目4:特定周波数に対する、細胞膜の振動共鳴」


田中の声は冷静だった。

彼女はシャーレに向けて、特殊な音波発生装置をセットした。


「周波数440Hz。……刺激開始」


ブウン……という重低音が響く。

シャーレの中の黒い液体カオス・ドロップが水面を震わせ、波紋を広げる。


「反応あり。……興味深いわ。この液体、音波を物理エネルギーに変換している」


田中がモニターに顔を近づける。

前傾姿勢に伴い机に乗せた巨大な胸がさらに潰れ、グニュッ、ムギュッという湿った音を立てる。


張れ上がった乳首がキーボードのキーに食い込み誤入力のアラートが鳴るが、彼女は舌打ちをしてバックスペースキーを押す。


「振幅を上げるわ。」


彼女がつまみを回す。

液体が激しく泡立ち、鋭い棘状の突起を形成してガラス壁を内側から叩く。


カン! カン! カン!

まるで、檻から出せと要求するように。


「あッ……!」


田中が短く、鋭い声を上げた。

性的快楽ではない。生理的な反射だ。


サンプルの活性化に呼応して、彼女の過敏になった乳腺が強制的に収縮したのだ。

肥大化した乳頭の先端から、ピューッ! と勢いよく。白濁した奔流が噴き出した。


液体は放物線を描き、モニターの画面にビシャリとかかった。


「……壊れた水道みたい」

田中は呟き、自分の体液を袖口で拭き取った。


羞恥心など欠片もない。


「ヤマモト君、ペーパータオルを取って。……溢れてきて、キーボードの回路がショートするわ」


「は、はい……! 今!」


マサルは顔を背けながら、工業用の厚手のペーパータオルを箱ごと渡した。


田中は数枚鷲掴みにし、自分の胸の谷間と、机の上の水溜まりに押し付けた。

白い液体がタオルに吸い込まれていく。


だが、拭き取るそばから次々と湧き出しキリがない。


「素晴らしい適応力よ……。このドロップは、環境に合わせて自らの組成を書き換えている。……私たち人間の不便さとは大違いね」


彼女は、自分の垂れ流す肉体を疎ましそうに見下ろし、羨望の眼差しで黒い液体を見つめた。


【12:30 - ランチタイム】


昼食。配給口からパスタとサラダが届いた。

田中は、食事の前にメンテナンスを行った。


足元の医療用タンクに、自身の胸を押し付け、手で絞り出すよう溜まった母乳を排出したのだ。

ドボボボボ……という、バケツをひっくり返したような音が響く。


数リットルを排出した後、彼女はようやくフォークを手に取った。


【14:00 - 禁断の閲覧】


午後。田中は「少し休憩するわ。搾乳機を使ってくる」と言って、トイレに篭った。

中からは、ウィーン、ウィーンという機械的な吸引音と、時折漏れる甘い喘ぎ声が聞こえてくる。


マサルは、その隙に端末に向かった。


レベル5権限を使用し、最新の現地データにアクセスした。

『アクセス成功。関連動画ファイル:3件』


マサルは、震える指でファイルを開いた。

そこに映っていたのは、「地獄」だった。


【軍事ドローン映像 - 鉄と肉の融合】


財団の戦車部隊が、地面から湧き出した「肉の泥沼」に飲み込まれている。

鋼鉄の装甲が、強酸に触れたように溶解し、地面の肉と混ざり合っていく。


兵士たちがハッチから這い出そうとするが、既に半分以上がドロドロのゲル状物質に変わっていた。


兵士たちの顔が、戦車の装甲表面に浮き出ている。

彼らは死ぬことも許されず、生きたまま戦車の「CPU」として組み込まれ砲塔を回し続けているのだ。


キャタピラは無数の人間の指になり、地面を這いずり回っている。


【動画2:定点カメラ 】


アマゾンの密林は、巨大な「細胞の森」へと変貌していた。

木々は血管の束になり、枝先には葉の代わりに、無数の「人間の耳」や「眼球」がぶら下がっている。


それらは風に揺れるたびに一斉に瞬きし、ギョロギョロと周囲を監視している。


川は膿と血液の濁流となり、岸辺ではワニやジャガーが、互いの体を食い破りながら融合し、手足がデタラメに生えた肉塊となってのたうち回っている。


【動画3:避難所内部】


最後の一つは、避難所となっていた教会の映像だった。

そこは、数百人の避難民が収容されていた場所だ。


だが、「個人」はいなかった。


床一面を、巨大な「一枚の肉の絨毯」が覆っていた。

数百人の人間が、皮膚と皮膚を癒着させ、溶け合い、一つの巨大な有機物として統合されていたのだ。

壁には無数の顔が埋まり、天井には無数の手がシャンデリアのように垂れ下がっている。


彼らは一斉に口を開き、低い重低音で合唱していた。

それは賛美歌ではない。思考能力を奪われた集合精神が発する、意味のない信号音だ。


祭壇には赤黒い肉塊が鎮座し、そこから伸びたパイプ状の触手が、肉の絨毯に栄養を送り込み、同時に排泄物を吸い上げている。


完全なリサイクル。完全な管理。完全な地獄。


「……オェッ」


マサルは口元を押さえた。

これは、巨大なミキサーだ。


【15:00 - 搬入】


静寂を破ったのは、地の底から這い上がってくるような重低音だった。


ズズズズズ……ガコン。


資材搬入用の大型エレベーターが巨大な鉄の箱を第7解析室のフロアに吐き出した。


通常であれば、ここへ届くのは観測機器か、生命維持に必要な食料パックだけのはずだ。


警告灯の回転に合わせて、赤い影が部屋の中を舐めるように走る。


「来たわね……。早かったわ」


田中が体を引きずりながら立ち上がった。彼女の瞳は、高熱に浮かされた子供のような輝きを放っている。彼女が動くたびに、皮膚と布地が擦れる湿った音が鼓膜を打つ。


「田中さん、これは……?」


エレベーターのケージの中に積まれていたのは、ホームセンターで見かけるような場違いな物だった。


ブルーシートのロール。

組み立て式の単管パイプ。

工業用の強力防水テープ。

巨大なビニールプールのような、樹脂製の貯水槽キット。


田中はエレベーターから資材を引きずり出し始めた。


「手伝って。急がないと」


「拡張って、ここで何をするつもりなんですか? ただでさえ、カオス・ドロップの汚染リスクが高まっているのに」


「シャーレじゃ狭すぎるのよ」


田中は笑みを浮かべて、言い放った。


「あれを見て」


彼女が指差した先。実験台に置かれた強化ガラス製のシャーレの中で、黒い液体は今や溢れんばかりに増殖していた。タール状の粘菌のように脈打ち、ガラスの壁を内側から叩いている。


「作ってあげるのよ。ゆりかごを」


正気ではない。だが、逆らうことができず、黙々とパイプを運び、組み立て作業に従事した。


カン、カン、カン。


無機質な部屋に、金属音が虚しく響く。


簡易的なプール。いや、培養槽と呼ぶべきかは、解析室の空きスペースを占拠するように組み上がっていった。直径3メートル、深さ1メートルほどの円形の枠組みに、何重にも重ねたブルーシートと防水シートを張り巡らせる。その底にヒーターマットと循環用ポンプが設置された。


作業が進むにつれ、田中の呼吸は荒くなっていった。


「はぁ……はぁ……ッ! くぅ……」


彼女がパイプを固定しようと屈んだ瞬間、裂けたTシャツの隙間から肉がこぼれ落ちた。

赤黒く鬱血し、青い静脈が網の目のように浮き上がった乳房。


ただ肥大化しただけではなく、内部で何かが蠢いているかのように、不規則に波打っている。


「痛い……張って、千切れそう……」


彼女は呻きながら、脂汗を滴らせた。


乳頭からは、絶え間なく白い雫が滴り落ち、真新しいブルーシートの上にポツポツと染みを作っていく。


【21:30 - 注水】


完成したプールは、部屋の照明を反射して青色に輝いていた。


「さあ、引越しよ」


田中は、震える手でシャーレを持ち上げた。


「ヤマモト君、あなたは下がっていて。もし飛び跳ねたら、普通の人間なら即死よ」


「田中さんは、普通の人間じゃないって言うんですか」


「ええ。もう、とっくにね」


彼女は自嘲気味に笑うと、プールの中央へと身を乗り出した。


カタン、とシャーレの蓋が外される。


その瞬間、部屋の空気が変わった。腐った果実の臭いが爆発的に広がる。


シャーレの中の「カオス・ドロップ」は、自由を得たことを察知したのか、激しく泡立ち、鎌首をもたげる蛇のように立ち上がった。


「行きなさい。……広い世界へ」


田中がシャーレを傾ける。


ドロリ、とした黒い塊が、重力に従って滑り落ちた。


ジュワアアアア……ッ!


シートが焼けるような音がしたが、溶解はしない。


黒い塊は、アメーバのように急速に広がり、プールの底を漆黒に染め上げていく。薄く広がるにつれて、その表面には無数の幾何学模様が浮かび上がり、高速で回転し始めた。


「水を入れるんですか? それとも培養液を?」


私は、壁際のタンクを示して尋ねた。


「いいえ。……そんな不純物じゃ、この子の喉は潤せない」


田中はゆっくりと振り返った。その顔には凄絶な笑みが張り付いていた。

彼女は、着ていたボロボロのTシャツに手をかけ、一気に引き裂いた。


ビリリッ、という布の裂ける音が合図となった。

露わになったのは、人間の骨格では支えきれない圧倒的な肉だった。


重力に引かれて垂れ下がる二つの巨大な乳房は、それぞれが幼児の頭部ほどの大きさにまで膨れ上がり、皮膚は限界まで引き伸ばされて半透明になり、内部の乳腺組織が透けて見える。


乳輪は黒く硬化し、まるで噴火口のように盛り上がっている。

そして、その火口からは、既に白いマグマが噴き出し始めていた。


「ああ……やっと、楽になれる……」


田中は、プールの縁に膝立ちになり、その巨大な質量をプールの内側へと突き出した。


彼女の視線の先、プールの底では、黒い液体が「餌」の気配を察知して、ざわめき立っている。

無数の棘を逆立て、口のような穴を開け、待ち構えている。


「ヤマモト君、よく見ていなさい。」


田中は両手で自らの乳房を鷲掴みにした。指が肉に深く食い込み、赤く跡が残る。


「くっ……んぁッ!」


彼女が力を込めると同時に、二つの乳頭から、凄まじい勢いで白濁した液体が噴出した。


ポタポタと垂れるような生易しいものではなかった。

壊れた水道管のように、太い水流となって迸り、黒い塊めがけて一直線に降り注いだ。


バシャバシャバシャバシャッ!


液体が叩きつけられる激しい水音が響き渡る。


青白い燐光を放つ液体は、空中を飛ぶ間に甘美な香りを撒き散らす。


熟れた桃と女性の体液と海の匂いを凝縮したような芳香だった。

思わず咽せ返りタオルの上から口を押さえたが、脳髄に直接侵入してくるようだった。


「ああっ! 出る! 全部出るッ! ひグッ、あぁぁぁッ!」


田中の身体が、弓なりに反る。

搾り出される快感と苦痛が、彼女の理性を焼き切っていく。


彼女の喉から漏れるのは、もはや言葉ではなく、獣の咆哮に近い嬌声だった。


私の目の前で、信じがたい光景が展開されていた。


人間の身体から、これほどの量の液体が生成されるなど、物理的にあり得ない。

質量保存の法則が崩壊している。


搾っても搾っても肉塊は萎むどころか、さらに赤く、熱く、脈動を強めていく。


「見て! 混ざってる! ああ、すごい……!」


プールの底で、黒と白の饗宴が始まっていた。


「カオス・ドロップ」の漆黒と、田中から注がれる純白。

本来であれば、水と油のように反発するか、あるいは単純に灰色に濁るだけのはずだ。


だが、そこで起きていたのは。


黒い液体が槍のように伸びて白い液体を貫き、白い液体が網のように広がって黒い液体を包み込む。

ジュッ、ジュッ、という何かが焦げるような音が断続的に響き、接触面から紫色のスパークが散る。


化学反応? いや、これは戦争だ。


水位は、見る見るうちに上昇していった。


プールの内側は激しく渦を巻き発光する泥沼と化していた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


数分、あるいは数十分が経過しただろうか。

田中は肩で息をしながら、なおも自らの胸を絞り続けていた。


彼女の顔は汗と涙、そして飛び散った自分の母乳で濡れそぼり、髪は顔にへばりついている。


「まだ……まだ足りないの? 欲張りね……」


彼女は、プールの底で渦巻く泥沼に語りかける。

その泥沼から、一本の黒い触手が鎌首をもたげ、田中の垂れ下がった乳房へと伸びてきた。


ピチャリ。


触手の先端が、彼女の張れ上がった乳首に触れる。


「ひャッ!?」


田中が短く悲鳴を上げ、身を震わせた。

それは捕食行動だった。触手は、乳首に吸い付くと、そこから直接、彼女の体液を吸引し始めたのだ。


ギュルルルル……。


ポンプで汲み上げられるような音が、彼女の胸の内部から響く。


「だ、だめ……! 吸わないで! そんなに強く吸ったら……壊れちゃう!」


彼女は拒絶の言葉を口にするが、逃げようとしない。

むしろ、自らプールの縁に身を乗り出し、その胸を触手に押し付けている。


「うあ、あ、あ、あ……ッ! 入ってくる……黒いのが、逆流して……!」


恐ろしい事態が起きていた。

吸われるだけではない。


黒い液体の一部が、乳管を通じて、田中の体内へと侵入しようとしているのだ。

血管が黒く変色し、その浸食が鎖骨、そして首筋へと這い上がっていく。


「田中さん! 離れてください!」


叫び、彼女の方へ駆け寄ろうとした。

だが、その時。


ポケットの中で、あの胎盤が激しく脈打った。

ドクン!!


まるで心臓発作のような衝撃が走り、その場に膝をついた。


「うぐっ……!?」


胎盤が熱い。ポケットの中で、まるで焼けた石のように熱を発している。

そして、その熱は、私の下腹部へと伝播していく。


「ヤマモト君……来ないで……!」


田中が、虚ろな目で制した。


彼女の左胸は黒い触手に占領され、右胸からは依然として白い噴流がほとばしっている。

彼女は今、固定されている。


プールの水位は、ついに半分を超えた。


見た。


プールの水面から、何かが「生まれよう」としているのを。


黒と白が混ざり合った灰色の泥の中から、人の顔のような、あるいは胎児のような形状をした膨らみが、いくつも浮かび上がっては消えていく。


「オギャア……オギャア……」


幻聴ではない。

プールの中から、確かに赤ん坊の泣き声が聞こえる。


いや、それは泣き声ではない。

数千、数万の微小な生物たちが、一斉に摩擦し合い、振動することで発している産声だ。


「聞こえる……? ヤマモト君……」


田中は、恍惚とした表情で天井を見上げた。


「歌っているわ」


彼女の言葉が終わると同時に、プールの水面が爆発した。


ドパンッ!!


大量の粘液が、天井まで吹き上がる。

それは雨のように降り注ぎ、私と、そして部屋中の機材を濡らした。


粘つく雨。

甘く、生臭い、生命のスープ。


顔についたそれを拭いもせず、呆然とプールを見つめた。


プールの枠から溢れ出しそうなほどに膨張した、巨大な「肉のゼリー」が脈打っていた。

その表面には、無数の目玉と、小さな口が形成され、パクパクと空気を求めて開閉している。


そして、その中心には。

精根尽き果て、白目を剥いてぐったりと凭れかかる田中の姿があった。


不意に、名前を呼ばれた気がした。

田中さんの声ではない。

もっと低く、もっと腹の底に響く声。


それは、ポケットの中の胎盤から響いていた。


ガタガタと震える足で、ゆっくりと立ち上がった。


逃げなければならない。

理性はそう叫んでいる。

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