挫折
かるーい下ネタテイストのギャグ風な
深刻な挫折体験談ですぅ。
このお話しは、
私が初めて挫折を経験した時の体験です。
その挫折体験の前に、
少しお付き合いして頂きたい家族の身の上話しに
ほんの少し寄り添ってくださいませ。
私が小学生の高学年くらいの頃の夏休みの事なのですが
私はひと夏の夏休み丸々、祖父祖母の家ですごしました。
祖父祖母の家は長崎県の農村地帯にある、小高い山丸々
祖父祖母の家というか土地でして
その土地には、使わなくなった井戸や、池もありました。
祖父祖母は変わった暮らしをしていて
まるで大正時代にタイムスリップしているかのような営みでしたが
時代は今から30年前ほどなのですが
私は、どうも大正時代としか思えません。
川で、どんぶらこどんぶらこー
とまではありませんが、だいぶ風変わりな営みでした。
とはいっても家の外には二層式の洗濯機もありましたし
冷蔵庫やテレビ、クーラーもありました。
祖父祖母は農業ををしていて、主にみかん農業を中心に
自給自足で暮らしていて
おそらく年金をもらっていたとは思うのですが
まさに大正時代でした。
池の鯉やウナギ、スッポンやよく分からない鳥もたべていました。
今の時代に自給自足というと
野菜は自分たちで調達して、肉や魚はスーパーに買いに行くのが
普通の自給自足だと、思うのですが
祖父祖母は、肉や魚も自分たちで調達していたのでした。
祖母はよく、みかんの剪定バサミを腰にさげていて、色んなものを
切っていました。
みかんの仕分け倉庫でマムシをみつけると
そのマムシを、チョッキンしたり。
祖父はよく、ナタを持ち歩いて、山に入っていました。
私が祖父に、なぜ、ナタを持っているのと聞くと
「山をおよぐ時はナタがいるっさね。危なかもんな。持っとかんと。およぐ時はな。便利かったいね。」
と…。
およぐとは今も分からない表現ですが、
父もよく、山をおよぐと言ってました。
父は山をおよぐ際は、新聞紙で足先からスネまでをぐるぐる巻きにして
長靴を履いてました。
私が父に、なぜ、新聞紙を巻くのかと聞くと
「マムシの歯はな、長靴ば貫通するけんな、だけん、こがんして
新聞紙ば巻くとた。」
このように風変わりな夏休み生活を送っていました。
兄もいたので、暇はしませんでした。
兄とは、棒きれでチャンバラごっこをして遊んでいました。
兄と遊んでいると祖母が
「おい!今日は魚ば捕まえてこい。」
や
「おい!今日は鳥ば捕まえてこい。」
と
私たち兄弟を促すのでした。
祖母からは生きる知恵を教えてもらいました。
「つかさ!あの鳥は旨かもんね。」
や
「つかさ!あの鳴き声のハトは旨かもんね。」
や
「つかさ!あの鳥は小そうして、羽ば、むしったら骨しか無かもんね」
や
「つかさ!鯉はようと、泥ば吐かせんと臭かもんね。」
などなど…。
父は具体的に魚の捕り方や鳥の捕まえ方を教えてくれました。
ある日の事。
祖母が「よか鳥もちばもらったけん、太か鳥ば捕まえてこい。3人くらい捕まえて今日はケンタッキーばするぞ。」
と言ったのでした。
鳥もちとは、鳥を捕まえる道具の事です。
祖父が「つかさ、けいいち、頼んだぞ。」と言い
ナタを持って山の中に入っていくのでした。
いや、およいで行くのでした。
祖母は鳥も魚も(人)にん で数えるのでした。
そして山を降りてどこかに行った日は人の事を(人間)が
おったと言うのでした。
まさに大正時代です。
私と、兄は父の教えのおかげで、鳥を3羽。
いや(3人)捕まえて家に持ち帰ると、祖母は大喜びして
「これは今日のご馳走たいな。よう捕まえたな。後で褒美ばやる。」
と言い、その、3人の名前が分からない鳥を持って
家の外の台所にいきました。
テレビを観ていた父も、祖母と一緒に外の台所に行きました。
兄と私はついて行こうとすると父が、
「新館にいっとけ。褒美ば持ってくるけん。」
と言い、何やら忙しそうにしていました。
兄と私は言われた通りに(新館)という増築した部屋に向かいました。
私と兄は褒美はなんだろうと胸を弾ませながら待っていたのでした。
しばらくすると父が来て、
無言のまま、クーラーを付け、窓を閉め、カーテンを閉め、
そしてテレビを点けました。
「ちょっと待っとけ。」
と言いながらテレビの音量を上げ、(新館)を出たのでした。
兄と私は何が始まるのだろうと少し不安を感じながら
兄と私とで待っていると、父が来て、
「好きなだけ見ていいぞ。褒美た。よく働いたな。」
と言い、
エロ本を床に置いたのでした。
兄と私は、父が去ると、食い入るように
そのエロ本を見て興奮していました。
しばらくして私は兄に
「黒いマジックはなんであると?」
と聞くと
兄は
「分からん。けど俺達がもっといい鳥とか、スッポンば捕まえたりすると、黒いマジックが無いエロ本ば貰えるんだと思う。」
私はその言葉を聞いて、いつか、スッポンを捕まえれるようになろう。そう決めたのでした。
どれくらい時間がたったのかは分からなかったのですが
父が、来て
「エロ本返せ。」
と言い、兄と私は家の外でチャンバラごっこをして遊んでいました。
すると、揚げ物の良い匂いがしてきて
兄と私は次はどういうやり方で、もっと大きい鳥を、捕まえるかや、
スッポンを捕まえるにはどうしたらいいか
どんな仕掛けをするか話し込んでると、
鳥の大量の羽が風にのって飛んでいました。
ですが兄と私は鳥の羽には
目もくれず
熱心に捕まえ方の話し合ってあたのでした。
やがて兄と私は
家の中に戻って広告の裏紙に
スッポンの捕まえ方を書こうとしていると
祖母が
「ケンタッキーできたばい。」
と言ってテーブルを、拭いて晩御飯の準備をするのでした。
それからすぐに、祖父が帰ってきて
祖父の合図で、
「頂きます!」
をして、食事をしていて、その時に
私は父に
「マジックが無いエロ本、スッポンば捕まえるけん、
そん時はマジックが無いエロ本、見たい!」
そう言うと父は
「マジックが無いエロ本?そげんかとがあるなら俺も見てみたか、
あのマジック、こすってもマジックが薄くなるだけ。
マジックが無いエロ本。有るなら俺も見てみたか。」
その父の言葉を、聞いた時、私は初めて挫折というものを知りました。
最後まで読んで頂き
ありがとうございますっ。




