第2話-3
「ねぇ、啓太」
「ん?」
昼食を食べ終え一旦お手洗いで席を外した俺。
トイレから出ると俺を待っていたように穂波が近づいてきた。
「放課後少し時間ある?」
「あるよ」
「部活行く前に少しだけ話したいことあって」
「いいよ、なんか頼み事?」
「うーん、ちょっと違うんだけど・・・まぁ、後で話すから」
表情は変わらないけど、珍しく歯切れが悪い。一体何の話だろうか。
一足先に戻る穂波の背中を見ながら、何か嫌な予感を感じる。
それが単なる気のせいだと信じ、穂波の後を追うように教室へ戻った。
「はい、終了」
本日5回目の終了を告げるチャイムと先生の声。
長かったテストもこれにて終了だ。
理科(化学基礎、生物基礎)が唯一の不安要素だったが、難易度が低かった分問題なく解けた。
最後の国語は一瞬睡魔との戦いもあったが勝利。全教科8割は固いだろう。
先生からの連絡は無いらしく、テストが終わるとそのまま解散になった。
「テストお疲れ様」
「お疲れ様」
「1日で5教科はキツいね」
「だね、途中何度か集中力切れかけた」
「私も」
長峰さんと喋っていると徐々に教室から人が減っていく。
頃合いを見て会話を切り上げ穂波の元へ向かう。
「場所どうする?」
「空き教室がいいな」
「おっけ」
日頃使うことのない空き教室。
誰も来ない場所を指定するあたり、よほど人には聞かれたくないらしい。
改めて何の話だろうかと考えるが思い浮かばない。
(ま、すぐに答えが分かるからいいか)
廊下を進み途中で左へ曲がると、今度は隣の校舎へと続く廊下に出る。
その廊下の途中、理科室の隣が空き教室。
文化祭の時に荷物置き場や更衣室として利用されるが、日頃は誰も使わない。
俺も昨年の文化祭で一度入っただけ。おそらく穂波も同じ。
鍵は施錠されておらず、穂波に続いて中に入る。
相変わらず物は何一つ置かれていない。そのため圧倒的に他の教室よりも広く感じる。
直近であった大掃除の影響か、床や窓際の汚れも少ない。
これなら日頃から何かに使用できるのにと思ってしまう。
具体的な使用例は浮かばないけど。
「いやーテスト疲れたね」
「そうだな」
すぐに本題に入ると思ったが雑談から始めるらしい。俺は構わないが穂波は部活に間に合うのだろうか。
教室内を歩き回ったり壁に寄りかかったり。何時になく落ち着かない様子の穂波。
こちらは動かず、そんな彼女を見守る。
「あのさ」
「なに?」
しばらく話し続けると穂波がこちらを向く。その表情は先程までと違い真剣な顔付き。こちらも笑顔をやめ真面目に聞く。
「その、大島くんと仲良いよね」
「そうだな」
「大島くんが仲良い女の子って誰かいる?」
「アイツモテるけど男子といる方が多いからな・・・なんなら穂波たちがよく話す方だと思う」
嫌な予感がしながらも返答する。まさかな。というより今のところその可能性が一番高い。
「そ、そっか」
俺の返答に対する穂波の態度でより確信に変わっていく。
嫌な汗が背中を伝う。ワイシャツが張り付き不快さが増す。
「けど、なんで健について聞くの?」
分かりきったこと。分かりきってはいても本人の口から聞くまでは確定ではない。
僅かな望みにかけて聞いた答えは…。
「そ、それは・・・大島くんのことが・・・好きだから」
呆気なく散った。
喉が締まった感じがする。息がしづらい。
最初から嫌な感じがしていたが当たってしまうとは。
健には彼女がいる。それは多分俺だけが知っていること。
伝えてしまった方がいいだろうか。けれど公表していない手前、勝手に話していいのか悩む。
「啓太?」
俺が無言だからかこちらを覗くように見てきた。
「悪い、いきなりでビックリしただけ」
「そうだよね、今まで恋愛話なんてしてこなかったもんね」
脱出ボタンがあるなら速攻押したい。恋バナには疎いからと会話から離脱したい。
「その、チャンスあるかな?」
「えっ・・・まぁ、どうだろ。俺あんま恋愛に疎いから」
穂波相手とは思えないほど返答がぎこちなくなる。
それでも指摘されないあたり穂波も余裕がない様子。
「けど、大島くんの趣味とか好きなこととか分かるでしょ?」
「まぁ、一応」
「なら、そういうの教えて」
今まで見たことないくらい前のめりでお願いしてくる。その目はまるで光り輝いてるくらい眩しい。
「教えるくらいなら。ただ、恋愛相談とかマジで俺向いてないからそれは勘弁して」
「うん、分かった・・・。けど、一緒に話してる時とかさりげなくサポートしてほしいなって」
「まぁ、俺が間入れば会話続くかもな」
「うん・・・啓太」
「なに?」
「私の恋、応援してほしい。そしたら頑張れると思う」
「・・・分かった」
「ありがとう」
断ったらきっと穂波は悲しそうな顔をする。それが見たくなくて受け入れてしまった。
けど、これは問題を後回しにしたに過ぎない。
いずれ来るその時。俺も穂波も向き合わなければならない。
けれど、今の俺には無理。悲しむ穂波を受け止めきれない。
だから逃げた。この先うまくいくと信じて。
時間が経てば変化すると。
穂波、健、もしくは第三者。誰かしらに変化が起きると信じて。
現状その可能性は非常に低いが。
遅かれ早かれ穂波は悲しい思いをする。
どうすればいい。今からでも本当のことを伝えるべきだろうか。
「やっぱり一番頼れるのは啓太だね」
もう手遅れのようだ。
穂波は笑顔で前を見ると、そのまま空き教室を出ていった。
少し遅れて廊下に出るとスキップしている穂波の後ろ姿が。
「これで・・・これで良かったのか」
自問するように呟く。穂波の足音だけが響く廊下で、その問いに返事を返してくれるものはいなかった。