第4話
「もう少し頑張ろうね」
「はーい」
森先生から試験結果の紙を渡され、苦笑いの月野。
昨年も何度か見た光景だが、今回も撃沈されたらしい。
それでも穂波同様に追試は免れたらしいので一安心だろう。
「はい、長峰。この調子でな」
「はい」
「西濱」
「はい」
先生に呼ばれ紙を受け取りに行く。
「次は満点な」
「満点はハードル高いですよ」
「何言ってんだ、もうちょいだろ」
全7教科のテスト結果が書かれた横長の紙。
各教科の点数に平均点、学年順位が上から順に記載されている。
国語 文学国語 地理 日本史 数ⅠA 生物基礎 英語 西濱啓太
97 96 97 97 100 95 96 678
65.7 68.9 68.8 69.4 67.8 70.1 68.6 515.2
1 1 2 1 1 2 1 1
勉強した成果は出せた。
目標としていた全教科3位以内も達成。
出だしとしては良いだろう。
けれど中間テスト。期末で躓いては目標の成績を出せない。
うちの高校の評価は5段階評価。5をつける人数は限定していると聞いた。
中間が良くても期末で躓けば評価は下がる。
ここで調子に乗らないようにと己に言い聞かせファイルに紙をしまう。
「委員長さよなら」
「さよなら」
時間が流れ放課後。
クラスメイトに手を振り教室を出る。
今日はそのまま真っ直ぐ帰らず駅前に向かう。
用はない。たまには道草もいいかなと思っただけ。
駅へ続く歩道を進むが、平日の昼間なだけあり人通りは少ない。
そんな比較的静かな街中で、後方からバタバタと走る音が聞こえてくる。
おそらく信号の先にあるバス停を目指しているのだろう。
赤信号で立ち止まると、足音がどんどん近づいてくる。
後方からはバスの走行音も聞こえてきた。
「えっ」
間に合うのだろうか。そんなことを考えていたら突然右肩を叩かれ声が出る。
そんな俺の横に肩で息をする長峰さんが立っていた。
「え、長峰さん?」
「やっと・・・はぁ、追いついた・・・はぁ・・・」
「ちょっ、息あがりすぎだよ。水飲みな」
「も、持ってない・・・」
追いかけてきた理由を聞くよりも、体調の心配が勝る。
信号が変わり急いで横断歩道を渡ると、自販機でお茶を買う。
買ったペットボトルを渡すと、一気に口に流し込む彼女。
中身が半分ほど減るとようやく口を離した。
「スポドリ売ってなかったら、お茶にしちゃった」
「ありがと、生き返った」
とはいえ息はまだ乱れている。数分待ち彼女が落ち着くと並んで歩き出す。
「ごめん、時間取らせちゃって」
「それは大丈夫。というかなんで走ってきたの?」
「歩いてたら遠目に西濱くん見つけたから追いかけたんだけど、全然追いつけなくて」
「あーもしかして走るの苦手?」
「うん」
先程のバタバタ聞こえた走る音でなんとなく察する。
それにしても息切れがすごかった。
今も額に浮かんだ汗をハンカチで拭いている。
「西濱くんどこ行くの?」
「行き先は決めてない。寄り道して帰ろうとしてるだけ」
「そっか」
「長峰さんは?」
「私はこれから塾。テストの結果報告しに行かないと」
「塾か、どの辺にあるの?」
「駅の近くだよ」
駅の近く。そういえば、駅前で学習塾をいくつか見たことあるかもしれない。
「ちなみに、西濱くんは今回も点数トップ?」
「なんとかね。けど、期末でもキープしないと評価もらえないから」
「前から思ってたけど、もしかして推薦狙ってる?」
「うん」
「もう行きたい大学決まってるんだ」
「行きたい・・・」
行きたい大学は現時点ではない。正確にはあるけど俺には不可能。
今の第一志望は単に偏差値が高いから狙っているに過ぎない。
「まぁ、選択肢の一つかな。どの道進むか悩んでるし」
「それならさ、うちの塾でやる夏期講習来てみない?進路の相談とか先生たち聞いてくれるから」
「それ嬉しいかも、今まで森先生と親にしか話したことないし」
「来月から応募できると思うから、なんなら今から来てみる?」
なぜかノリノリの長峰さん。
それだけ積極的だと断るのも悪い。
「外観だけでも見てみようかな」
「うんうん、雰囲気大事だもんね」
そんなノリノリな彼女に案内されたのは駅近くのビル。
1階が塾で2階以降に不動産会社なり色々入っているみたい。
道路を挟んだ目の前にはコンビニもある。
「うち個別指導なんだ。もし集団指導がいいなら他になるけど」
「個別の方が話聞いてくれそうだし嬉しいよ」
「よかった、今夏期講習のチラシ貰ってくるね」
「いや、そこまで・・・」
止める間もなく中へ入っていった長峰さん。
自動ドアが開き、受付のようなところで女性と話している。
走るの苦手とは言っていたが、動くのは俊敏だと思う。
しばらく眺めていると、彼女がこちらを向き手招きしてきた。
何やら呼んでいるよう。
部外者が勝手に入っていいのか一抹の不安はあるが、足を踏み入れる。
「彼のこと?」
「はい」
女性と目が合うと会釈され 、こちらも返す。
女性は受付嬢のようで、手元にはパソコンや固定電話、紙の資料などが置かれている。
「夏期講習への参加希望って聞いたけど」
長峰さんへ向けていた視線がこちらに向かれる。
「はい、それでこの塾に通っている彼女に案内してもらってました」
「うんうん、応募は来月からだから早めに連絡してね。はい、これチラシ」
「ありがとうございます」
「良かったね、彼氏が同じ塾に来てくれて」
「か、か、彼氏っ」
声が裏返るほど動揺する長峰さん。
俺相手だからそんな反応しなくてもいいのだが。
「僕と長峰さんは同じクラスの友達です」
「え、そうなの?」
「はい、彼氏じゃないです」
顔を真っ赤にしてテンパる彼女に代わり否定する。
とはいえ言葉で否定しても、彼女のそんな顔を見れば信じてもらえる気がしない。
「あ、一応名前聞いておいていい?」
「西濱です」
「西濱くん。栞ちゃんと怪しい関係と」
「ち、違います」
もう完全に遊ばれている。
これ以上俺がいると長峰さんが可哀想。
ここはお暇させてもらう。
「部外者が居座るのもよくないので、そろそろ失礼します。長峰さん今日はありがと、塾頑張って」
「うん、また明日」
長峰さんの部分を少し強調して立ち去る。
あれで伝わってくれればいいけど。
「だから違いますって」
ダメだったみたい。
また声を裏返して反論している。
あれはしばらく弄られるかもしれない。
(そういや母さんに夏期講習の話しないとな)
トントン拍子で話が進んだが、親の許しは得なければ。
帰ったら両親に話そうと思う。