第2話-3
神社を後にした俺たちは横断歩道を渡り、先程とは逆方向に向かう。
もう少し探索したいという先輩に付き添い、未開の地を歩くことに。
しばらく平坦な道を歩き進め、信号で足を止める。
目の前にそびえ立つビルの2階。
ガラス張りの向こうでは、トレーニングする人の姿がちらほら。
ガラスに大きな文字で書かれたジム名は、何度か耳にしたことがある。
「ジムに興味あるの?」
視線を向けていることに気づいた先輩が聞いてくる。
「いえ、部活やめてから体動かす機会が減ってるなと思っただけです」
「今までは玲にたくさん扱かれてたもんね」
「扱かれ・・・まぁ、何度も練習相手になってくれて感謝してます」
「玲も西濱くんとテニスするの好きみたいだったから感謝してると思うよ」
「そうだと嬉しいですが」
俺への期待もあったかもしれないが、なにより先輩が優しいから練習に付き合ってくれていた。俺はそう思っている。
「そうだよ、部活やめるってなった時悲しんでたから」
「でしたね」
あの時唯一引き止めてきたのが森岡先輩だった。
リハビリして怪我が治った頃には先輩は引退直前。
すぐに練習相手がいなくなる、そんな中で部活を続ける気力が持てなかった。
まぁ、他にも理由はあるのだが。
「ちなみに先輩は日頃運動してます?」
青信号に変わり、人が一斉に動き出す。
すれ違う人の視線を何度か感じ、少しだけ誇らしげになる。
「毎朝近くの公園でランニングしてるよ」
「え、ちょっと意外です。あんまり運動のイメージないので」
「私だって運動するよ」
そう言って力こぶを作る。
筋肉があるようには見えないが、細すぎないきれいな腕。確かに多少は運動しているみたい。
「俺も走ってみようかな」
「オススメだよ」
果たして朝起きれるだろうか。それが一番の心配。
「そういえば先輩って、やっぱり女子大を受験するんですか?」
先程の神社でのやり取りを思い出し尋ねてみる。
「そうだね、第1志望は変わらず女子大。西濱くんも山澄でしょ?」
「はい」
「お互い頑張ろうね。まぁ、西濱くんは1年後だけど」
1年後。モチベーションを保てているだろうか。不安でしかない。
「先輩と同じ学年なら一緒に受験勉強できて頑張れたのに」
「そしてら一緒の大学受験してたかもね」
冗談に冗談で返す先輩。
本当にそうだったら良かったのに。
「先輩卒業したらピアスもっと開けます?」
「かも」
「えー急に6個とか空いてたらどうしよ」
「そんなに開けないよ。・・・けど、もし開けたら引く?」
「うーん、どうだろ。先輩なら・・・ごめんなさい、引きます」
菅原さんのそんな姿を想像して、見たくないものまで現れ首を振り頭から消す。
せめて増やすなら右に開けて両耳一つずつにしてほしい。
「西濱くんも卒業したら開けてあげようか」
「えー先輩に任せて大丈夫ですかね?」
「大丈夫、痛いのは一瞬だから」
「痛いのは確定なんですね」
「うん」
ニコニコで言う菅原さん。
菅原さんに頼んでも痛いなら少し考えてしまう。
「けど、勝手に西濱くんに手出したら玲に怒られちゃうかな」
「なんで森岡先輩の名前出るんですか?」
「だって玲って君のこと大好きじゃん?」
「まぁ、テニス部の後輩として可愛がられてはいました」
嫌われてはいないと思うが、好かれていたかは微妙。
「けど、マジで開けてもらうなら菅原さんがいいです」
「ホント?じゃあ任されようかな」
「なんなら先輩が次開けたくなったら、俺がやりたいです」
「それ、本気で言ってる?」
「はい」
「ふーん、それじゃ頼んじゃおうかな」
心なしか先輩の頬が上がった気がする。
俺の目にフィルターがかかってなければだけど。
「はい」
先輩が右手の小指を差し出してくる。
こちらも真似て右手の小指を出す。
「約束ね」
「約束です」
何秒か指を絡め同時に離す。
「わー楽しみが一つ増えた。いつ開けてもらおうかな」
「合格後か卒業後か。タイミングは菅原さんに任せます」
「うん」
俺にも一つ楽しみができた。まだ先の話だけど。
もし先輩が忘れても俺から連絡すればいい。
(連絡・・・あれ、連絡先持ってたか?)
ズボンのポケットから素早くスマホを取り出す。
LIWEの友達リストを見てみるも菅原さんの名前はない。
思い返せば交換した記憶がなかった。
「あの、菅原さん」
「なに?」
足を止め先輩に声をかける。
先輩も同様に止まってくれてこちらを振り向いた。
「俺と連絡先交換してください」
手に持ったスマホを少しだけ先輩に近づけお願いする。
先輩は目を丸くし不思議そうにカバンからスマホを取り出した。
「交換してなかった?」
「はい、今確認したらなかったです」
「えーしてると思ってた・・・あ、ホントだ」
出会ってもうすぐ1年。だいぶ遅いながらも連絡先を交換。
友達リストに新たに増えた『もえか』の名前。心なしか光って見える。
「なにニヤついてるの?」
「えっ」
自然と顔がニヤけていたらしい。気をつけないと。
早速スタンプを送信すると、同じものが返ってくる。
「毎日連絡しますね」
「嬉しい、私からも送るね」
先輩とメッセージのやり取りができる。
適度な距離感を保とうと思っていたけど、どうやら無理みたいだ。
もう少しだけ先輩に近づきたい。
隠していた思いが、段々と外に出そうになってきている。