第2話-2
「あ、西濱くん」
手を振ってその場でぴょんぴょん跳ねる菅原さん。
ゴールデンウィーク休みの昼間。まさか街中で出会えると思わず、無意識に笑顔になる。
「菅原さん、こんな場所で会うなんて奇遇ですね」
「ね、ビックリだよ」
白のトップスにネイビーのフレアスカート。
袖がレースのブラウスは可愛らしくもきれいで、先輩によく似合っている。
「先輩の私服大人っぽくて素敵ですね」
「ありがと、西濱くんも似合っててカッコイイよ」
「ありがとうございます」
こちらが褒めたことでのお礼。お世辞とは分かっていても嬉しさを感じる。
「あっ」
先輩が動いた拍子に、左耳につけられた赤くて丸い物に気づく。
「先輩いいんですか?」
自分の耳たぶを触りながら聞く。
「うん、この辺りなら知り合いに出会わないだろうし・・・って西濱くんに会ってるか」
微笑む先輩。
確かにここは高校から離れているし、俺もたまたま来ただけ。日頃は来ない。
出会ったのが俺で良かった。安心と嬉しさが同時に現れる。
「菅原さん買い物してたんですか?」
「今日はさっきまで映画見てたの」
そう言ってチケットを見せてくる。
書かれているのは洋画のタイトル。確か数日前に公開になった映画のはず。
「一人で見に来たんだけど、思ったより内容が合わなくて」
どうやら途中で映画館を抜けてきたらしい。
「このまま帰るのもなって思ってたら西濱くん見つけたの」
「そうだったんですね」
「西濱くんは何してたの?」
「新しいスニーカーを買いに来たんですけど、あんま欲しいデザインがなくて」
いつも行く店舗より広いため期待していたのだが、欲しい商品は見つからなかった。
「そっか、お互い消化不良って感じだね」
「ですね。先輩はこの後どこ行くか決めてます?」
「ううん、何も」
「なら適当に散歩でもしませんか?」
この辺りの立地は互いに疎い。
色々と発見があるかもと先輩を誘う。
「いいよ、たまには後輩と休日過ごすのも面白そう」
「それじゃ、早速行きましょ」
心弾ませ先輩の隣に並ぶ。
互いに私服姿。
偶然出会い散歩するだけだが、デートみたいだなと一人で勝手にテンションが上がる。
互いに駅の北側へは向かったので南側を歩く。
この辺りは繁華街なこともあり、南側でも人通りは多め。
先輩と逸れないよう手が触れるギリギリの距離感を保つ。
時折左手が菅原さんの右手に触れその都度視線を送るが、先輩は特に気にしていない様子。
言い訳をつけて先輩の手を握れるチャンスだが、あいにく今の俺にその勇気はない。
あったら今頃、関係性はだいぶ変わっていただろう。
「ここ入ってみない?」
しばらく大通りを歩くと先輩が立ち止まる。
菅原さんが指さしたのはお店、ではなくビル間を通る道路。
せっかく散歩するなら大通りだけ歩いても面白みがない。
先輩の案に乗り、大通りから左へ曲がり裏路地へと続く道を進む。
居酒屋にラーメン店、パスタ専門店。
裏路地には飲食店が多く並び、人通りもそこそこ。
進む度に変わる食のにおいに、昼食後の胃が食を求めそうだ。
直進したり曲がってみたり。直感で進んでいくと細い道路に出た。
「あれって神社かな」
菅原さんが指さす先には歩道から繋がる数段の階段。そしてその先には赤い鳥居が立っている。
「神社だと思います」
「こんな場所にあるんだね」
見つけたのも何かの縁。せっかくなので行ってみることに。
横断歩道を渡り階段の真下へ向かう。
およそ20段続くコンクリート製の階段はだいぶ年季が入っており、所々亀裂が入り変色している。
駅前の高層ビルなど、最新の建物とは対照的だ。
半分まで上がると茶色い屋根が見え始め本殿が顔を出す。
そのまま境内も見えてくるのだが、他の建物が見当たらない。
あるのは左手に見える手水舎とその近くにある御神木のみ。
どうやら神社とはいえ、街中にある小さなものらしい。
(巫女さんいないのか)
もしかしたら会えるかも、と期待していただけに少し残念。
周りは一周木で囲まれており、昼間なのに少し薄気味悪を感じる。
夜なら確実に近づくのを躊躇う場所だ。
手水舎で手と口を清め、参道を歩き本殿へと向かう。
先輩がカバンから財布を取り出すのを見て、慌てて俺も取り出す。
「菅原さん、お賽銭っていくら入れてます?」
「いつも105円」
「決まってるんですね」
「私の誕生日だから」
「え?」
予想外の返しに素で驚く。
「いい意味もあったと思うけど、単に10月5日生まれで105円」
もう一度聞いても驚き、今度は少し笑う。
ただ、思わぬタイミングで先輩の誕生日が知れて嬉しくもなる。
こちらが笑ったからか、先輩も舌を少し出してお茶目に笑う。
「可愛い・・・」
「なに?」
「へ?」
「今なにか言わなかった?」
「いや、独り言です。俺も105円入れよって」
誤魔化すように財布の中を覗く。
適当に漁っていると運良く小銭が見つかり、賽銭箱に投下する。
(この先も菅原さんが幸せでありますように)
何の神様が祀られているのかはわからない。
けれど、きっと叶うと願って祈る。
「先輩はやっぱ合格祈願ですか?」
参道を戻りながら先輩に聞いてみる。
「うん、ちょっと早いけどね。そっちは随分と真剣に祈ってたけど、なにお願いしてたの?」
「え、見てたんですか?」
「ちょっとね」
「マジか・・・まぁ、菅原さん関連のお願いですね」
詳細は濁して伝える。
「私の?」
先輩は予想外だったのか、少し声が高くなり驚いた表情を見せる。
「もー自分のお願いしなよ」
「自分のために先輩のお願いしたんです」
「うーん、頭の良い西濱くんの考えは分からないな」
首を傾げてお手上げの先輩。
わからなくていい。けど、少しだけわかってほしいような。そんな相反する思いで先輩の横顔を眺めた。