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第2話

 俺にはテニスが全てだった。テニスが一番好き。


 1日の中で何をしている時が一番好きかと聞かれたら、テニスをしている時と迷わず答えるほどに。


 中学入学と同時に始め、迷うことなく高校入学後も硬式テニス部に入部した。


 正直この高校の男子テニス部はレベルが低い。


 団体戦に出場できるだけの人数は揃っているものの、部員のやる気が一切ない。よくて1回戦勝てる程度。


 今思い返しても練習相手は監督か女子部員だった。


 男子と試合以外で打ち合うのなんて片手で数え切れるほど。


 それでも良かった。俺がテニスをできれば。


 最初はそんな気持ちだった俺に、別のモチベをくれた先輩が二人いた。


 一人は男子のモチベが低いテニス部で、ある意味異質な存在だった俺にいち早く声をかけてきた人物。


 真面目に練習する部員。素質があると見込まれよく練習相手を買ってくれた。


 森岡(もりおか)先輩。初対面の印象は少し怖い先輩って感じ。実際に話してみたら言葉遣いが少し荒くて怖さが増した。


 最初の頃は先輩来ないでと祈ったこともあったかな。


 けど、何度も関わるうちに先輩に期待されているのが分かってきた。


 期待しているから練習相手を務めてくれているんだと。


 そのことに気づいてから、なんとか先輩の期待に応えようと頑張った。


 自主練したり先輩にアドバイス貰ったり。


 自分のできることは積極的に行った。


 そしてもう一人はそんな森岡先輩と親しい人物。


 練習していると時々森岡先輩に話しかけにくる菅原(すがわら)さん。


 出会った当初はクラス委員長で生徒会の書記だったかな。


 黒髪でお淑やか。言葉遣いもきれいと俺の中で絵に書いた優等生という感じだった。


 まさしく高嶺の花。森岡先輩と関わらなければ俺のような普通の生徒が話すこともできない存在。


 そんな先輩に見てもらえてると嬉しくて。先輩が見に来てると俄然やる気が出た。


 普段より声を出しフットワークも軽い。


 そんな姿を菅原さんに褒められたら嬉しくてまた頑張る。


 今考えても単純なヤツだなって思う。


 けど、菅原さんに見てもらいたいと思う気持ちも、部活へのモチベの一つになっていた。


 その二人のおかげかは分からないけど、秋に開催された新人戦ではシングルスベスト8入り。


 練習試合では全国区の選手にも何度か勝利できた。


 練習が結果に結びつく。結果が出ると余計に気合いが入る。


 もっと二人に活躍している姿を見てもらいたい。


 そんな、より一層気合いの入っていた俺に、更なるモチベを加速される出来事が起こった。


 それはある日の放課後。


 職員室に用があった俺は、帰り際廊下で菅原さんを見かける。


 先輩はこちらに気づかず、すぐその場を離れたのだが、その際何かを落としたのが見えた。


 咄嗟に近づいてそれを拾うと急いで先輩を追いかける。


「菅原先輩」

「あれ、西濱くんだ」

「これ落としましたよ」


 手を振る先輩に近づき、手のひらを出し、拾った物を見せる。


「あっ」


 声を発するのと同時くらいのスピードで、落し物を回収する先輩。


 手を体の後ろに隠し、こちらを見ている。


「見た?」

「え?」

「そりゃ見たよね」


 一瞬なんのことか分からなかったが、すぐに落し物のことだと理解する。


「先輩に渡すことだけ考えてて、よく見てなかったです」

「ホントかな?」


 悪いことしたわけでもないのに言葉が詰まる。


 先輩はいつもと同じ笑顔なのに、今は別の意味でドキドキしている。


「なんか赤い可愛い飾りみたいなやつだったかと」

「やっぱ見てる。けど、これが何かは分かってないんだね」

「はい・・・分からないです」


 分からない。一つだけ分かるのは人に見られると不味いもの。


「こうやって使うの」


 先輩が1歩近づくと俺の耳たぶに指先で優しく触れる。


 至近距離まで近づかれ、甘いバニラの香りが顔中を包む。


「イヤリングとかピアスですか?」


 回らない頭で必死に答えると、先輩は俺から少しだけ離れ。


「正解」


 左手で髪を耳にかけた。


 その美しい所作に目を奪われるが、現れた左耳の耳たぶを見て息が詰まる。


 人生で初めて見る耳たぶに開く空洞。


 いくら知識のない俺でも、その穴が何のために開けられたものかは理解できる。


「やっぱり引いた?」

「いえ、単にビックリしてます。初めて見たので」

「そっか」

「あの、右の耳もですか?」

「ううん、こっちは開けてない。思ったより痛くて左しかできなかった」


 そう言って右側も髪をかける。


 確かに穴は開いていなかった。


 けれど先輩の表情を見て、その理由が嘘だということは分かった。


「このことは家族含め誰も知らないから・・・内緒ね、二人だけの」


 耳元で囁かれた甘いセリフ。


 鼻腔をくすぐり続けるバニラの香り。


 優等生な先輩の意外な一面。


 高嶺の花だと思っていた。俺とは住む世界が違う人だと。


 けれど、そんな先輩も時には校則を破る。


 本来は悪いこと。それでも俺の中に芽生えた感情は嬉しさだった。


 俺でも先輩の隣に立てるかも。


 今まで以上に先輩に心掴まれた俺。


 この日以降、俺は菅原先輩に憧れを抱くようになった。


 先輩に追いつきたい。先輩の隣に立ちたい。


 もっとテニスで結果を出せば、少しはその自信が持てるかも。


 多少の違和感があっても頑張る。結果としてそれが怪我の症状を悪化させ、テニスをやめることになったのだが。


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