第1話
新しい日常も日々繰り返せば単なる日常。
数週経てば新鮮な気持ちはほぼ皆無。
進級してどこか浮ついた日常を過ごしていたのも随分と前のように感じる。
「委員長、質問なんだけどさ」
「なに?」
「背ネームってクラス内で被ってもいい?」
「大丈夫だよ」
クラス委員や委員長と呼ばれることにも慣れてきた。
来月のテスト後に行われる球技大会。今日はそれに向けてのクラスTシャツのデザインと種目決めを行う日。
デザインはみんなの投票ですぐに決まり、今は各自クラスTシャツに入れる名前を相談し合っている。
名前は自由な分、逆に頭を悩ます生徒が多いよう。
教室内を見渡しても決まった生徒はいそうにない。
できればこの時間中に決めてほしかったが仕方ない。
手元で文字を入力し送信ボタンを押す。
間髪を入れず教室中から様々な通知音が聞こえてくる。
「クラスLIWEにクラスTシャツの詳細載せたから、名前決める時の参考にしてください」
各々スマホの通知を確認する中、追加で説明を加える。
疎らではあるが返事もきたので次へ進む。
「この後種目決めるから一旦席に戻ってください」
長峰さんの呼びかけに、散らばっていた生徒が席へ戻っていく。特に男子の動きが速い。
やはり俺が呼びかけるより長峰さんの方が男子には効く。
これから始める球技大会の種目決め。昨年は体育祭だったため全員が初見になる。
ここはうちの高校が他校と少し変わっている点だと思う。
毎年5月に体育祭を行うか球技大会を行うか、生徒の投票で決まる。
これは県内でも唯一で、多くの高校は毎年両方を開催するらしい。
なぜ片方しかやらないかの理由までは知らないが。
投票は新入生が入学する前の3月に行われ、年度末に結果が出る。
そのため1年生には選択権がない。
何も知らず先輩たちが決めた方に参加することになる。当然昨年の俺たちも何も知らずに体育祭に参加した。
参加した当時は球技大会が選択肢にあることも知らず。
後に森岡先輩に教えてもらうまで投票システムも知らずにいた。
生徒会では毎年交互に開催する案も検討されているらしいが、現状制度が変わることはなさそうだ。
ちなみに今回の球技大会への投票率は9割ほどだったそう。俺もその中の一人。
片方しかできないのなら、昨年と違う方に参加したいと思ったから。
球技大会は2日間に分けて開催される。
人によっては1日目に負けて、2日目は応援に回る人も。
下手するとクラスの全種目が初日で負け、2日目は暇という場合もある。
種目は以下の通り。
種目一覧
・バスケ(男女1チームずつ)
・バレーボール(男女1チームずつ)
・ドッジボール(1チーム)
・卓球(ダブルスのみ、3ペア)
・テニス(ダブルスのみ、女子のみ、2ペア)
・サッカー(男子のみ、1チーム)
一人2種目まで出場可。最低1種目はエントリーする必要がある。
各種目に参加できる所属部員は一人まで。
審判は所属部員(ドッジボールだけは運営から派遣)が務める。
ちなみに補足だが、ドッジボールの人数は12人。
特に記載のない種目は男女混合で出場できる。
「えっと、先に質問なんだけど。2種目出ても良いよって人いますか?」
「はい」
長峰さんが尋ねると、クラスの男子半数が手を挙げる。
「わかりやすっ」
バレないよう口元を隠しながら呟く。
長峰さんがいてくれて本当に助かる。
多分俺が聞いても数人しか挙手しなかったと思う。
長峰親衛隊(俺が勝手に呼んでいるだけ)のおかげで、各種目すんなりと出場する生徒を決めれた。
俺は健と共にドッジボール。月野はテニス、穂波と長峰さんはバレーに出場することになった。
「最後に一つ、クラスTシャツの方で連絡。背ネームが決まったら僕か長峰さんに直接メッセージ送って。LIWEじゃなくて直接伝えるなら紙とかに書いたのを見せてください」
「明後日までにはクラス委員に伝えておけよ」
「はーい」
早速手元で通知が鳴る。
先程から何件かメッセージを受信しており、決まった人は送ってくれているみたい。
「西濱くん宛にメッセージ送ったけど見えてる?」
「ちょっと待ってね・・・うん、ちゃんと来てるよ」
「ねぇ、委員長。背ネームって何色?」
「白だよ」
帰りのホームルームが終わってからも、質問に来る生徒で席を囲まれる。
ただ幸い似た質問だったらしく、数人に答えると集団は散らばっていった。
「エントリーシート私が生徒会室に持っていくね」
「ちょっと待って、俺行くよ」
「ううん、色々と西濱くんに任せてるから私が行くよ」
「あーまぁ、そういうことなら」
密かに生徒会室に入るのを楽しみにしていたので、本当は譲りたくないが仕方ない。
長峰さんに任せて一足先に帰宅の準備をする。
部活のない俺は流れるような動きで1階へ降り、靴を履き替え歩き出す。
「あ、先輩」
なんとなく自分が呼ばれた気がして振り返る。
「あーえっと、栗原さんだよね」
「はい」
数週前に一度会っただけだが、名前を覚えていた。自分の記憶力に少し驚く。
後ろ姿で気づかなかったが、たった今横から抜いたらしい。
「この時間に帰るなんて仕事?」
「はい、球技大会のことで色々と」
「そっちもか、俺もそれで帰るの少し遅くなった」
「そうなんですね。・・・えっと、ごめんなさいお名前なんでしたっけ?」
申し訳なさそうに聞いてくる栗原さん。正直1回自己紹介したくらいで覚えてもらったはずもない。
「西濱啓太、名字だけでも覚えてくれたら嬉しい」
「西濱先輩ですね、今度こそちゃんと覚えました」
俺の名字を呪文のように繰り返し呟いている。
本人は真面目なんだろうけど、傍から見ると面白い。
「西濱先輩は何の種目出るんですか?」
「ドッジボールだよ」
「おぉー、ドッジボールですか」
「栗原さんは?」
「私はバレーボールです」
特に何も言わずとも並んで歩き出す。
後輩と帰る経験は初めて。なんだか新鮮で、つい彼女の方を何度も見てしまう。
その都度目が合うが、彼女の方は特に気にしていない様子。
栗原さんは電車通学で、駅から10分強かけて歩いてくるらしい。
平坦な道ではあるが、部活帰りは遠く感じるそう。
せっかくなので、少しだけ帰路を体感しようと途中まで付き添うことに。
いつものルートではないが、途中の信号で曲がれば直進して帰ることができる。
「小学校からじゃバスケ経験長いね」
「今年で9年目になります」
「すごいや、部活でも即レギュラーでしょ」
「全然です、もっとアピールしないと」
目線変わらないなと昨日も思っていたが、バスケ部だったとは。どこか納得する。
「先輩は部活入ってますか?」
「ううん、帰宅部」
「そうなんですね」
こういう会話の時の悩み。帰宅部だと返答に一瞬間ができたり会話が途切れたりする。やっぱり元テニス部の方が返答として良いだろうか。
「高校生だと帰宅部って結構多いですよね。うちのクラスも3分の1が帰宅部です」
「バイトとか他のことに時間使ったりするよね」
「先輩もバイトですか?」
「ううん、バイトしてない。暇な放課後をどう過ごそうか考えて半年経ってる」
「やりたいこと見つかるといいですね」
関係値が浅いため踏み込んでこない。それが良いか悪いかは分からないが、栗原さんが良い人なのは伝わる。
「それじゃ俺こっちだから」
「もう着いちゃったんですね」
信号で立ち止まり右を指さすと、少し寂しそうに視線を落とす。
こちらも会話が楽しかったため、その反応は嬉しい限り。
「また今度ね」
「はい、また」
信号を渡る栗原さんに手を振り見送る。
彼女はこちらを振り返りながら渡り終えると、なぜかその場に立ち止まった。
駅へは直進すれば着く。
一瞬疑問が浮かぶが、彼女が信号を見つめているのに気づきなんとなく察する。
こちらも視線を信号に向け、青に変わると歩き出す。
渡りきって振り返ると、遠慮がちに手を振る栗原さんと目が合う。
周りに人が増え少し恥ずかしいみたい。
そんな彼女がなんだか可愛らしく思わず微笑む。
(もっと仲良くなりたいな)
まだ知り合って間もない後輩。
会う機会は少ないだろうけど、もっと話してみたい。
そう思わせる何かを栗原さんから感じた。
(近いうちに、練習見に行ってみようかな)
そんなことを思いながら、薄暗くなりだした住宅街を一人歩いて行くのだった。