第5話
川嶋穂波は面食いではない自覚があった。
周りの友人がイケメンアイドルや俳優に目を輝かせる中、特に心躍ることなくその話を聞く。
聞く分には楽しいが決して自分も興味を持つことはない。
芸能人だけでなく、学校で人気のある男子にも興味が持てなかった。
顔立ちが整っているとは思えた。けれどそれだけ。
その人から目が離せないとか、胸がドキドキすることはない。
だから自分は深く相手のことを知って恋に落ちるタイプだと思っていた。半年前までは。
その日は文化祭を数日後に控え、クラス全員で出し物の準備をしていた。
穂波も精力的に準備に参加。毎日のように校内を動き回っていた。
「椅子二つで足りるよね?」
「大丈夫だと思うよ」
荷物運びを任された穂波は、その時手が空いていた大島と共に体育館下の倉庫へ来ていた。
この準備期間が始まるまで、大島とは挨拶を交わしたことがある程度。会話した記憶もほぼないほど関わりの薄い生徒だった。
顔つきは整っていると思えたが、身長や髪型など他の男子と変わらない普通な感じ。
強いて印象を上げればサッカー部の男子とよく一緒にいるなくらい。
「あれ、こんなとこにバレーボールある」
倉庫の中を見て回っていると隙間に挟まるバレーボールを見つけた。
手に持ってみるも空気が抜け使えるか微妙そう。
「川嶋さんってバレー部だっけ」
「そうだよ」
穂波がボールを持っているのに気づいて部活の話をしてくる。
穂波同様に大島も相手の所属する部活は把握しているよう。
もう一度ボールの硬さを確かめるが、やはり使用は出来そうにないので元の場所に戻す。
「川嶋さんって部活仲間といる時いつも笑顔だよね」
「え、そうかな?」
「無自覚なくらい自然なことなんだね」
意識はしてないため彼の言う通りかもしれない。ただそれよりも、大島がそれだけ自分のことを見ていたことに少し驚く。
穂波自身は友人以外を意識的に見たりしないから。
「そうなのかも」
「いいね、そういうの。川嶋さんは笑ってる方が可愛い」
たったそれだけ。その言葉と笑顔に穂波の心臓はうるさくなった。今まで経験のないほどに。
滅多に言われることのない『可愛い』という言葉。それが穂波の心を動かした。
「他に使えそうな物ないし戻ろうか」
「そ、そうだね」
さっきまで普通に見えていた彼の笑顔が眩しい。経験の浅い穂波にも自分が恋に落ちたことは容易に理解できた。
(好きになっちゃった・・・)
それから数ヶ月、話す機会は少し増えたものの距離感は変化せず。
特に進展もしないまま1年生を終えようとしていた。
「来月入ってくる新入生にイケメンいるかな」
「いや、あんた歳下狙うの?」
「いいじゃんカッコよければ」
「穂波は相変わらず引っかかる男子いないの?」
「うん、いない」
ずっと前からカッコイイ人には興味ないだの面食いを否定していた穂波。
仮に大島を好きと友人二人に告げ、好きな理由を聞かれたら迷わず顔と答える。
それで弄られるのが恥ずかしく言い出せずにいた。
「あれは、あのテニス部だった幼馴染」
「啓太?」
「そそ、彼とは何もないの?」
「ないない」
友人の後藤に聞かれ即座に否定。
恋愛対象外すぎて思わず笑って答える穂波。
決して西濱を男子として見てないとか、ダメな点があるわけでもない。
単に付き合いが長く家族に近い存在になってしまい、恋愛対象からは外れているだけ。
言葉に出したことはないが、きっと西濱も同じ気持ちだろうと穂波は思っている。
「えーじゃあ紹介してよ」
「啓太を?」
「うん、意外と話したら気が合うかも」
「どうだろ、啓太に恋愛のイメージ無さすぎるからな・・・あ、そうか」
「どしたの?」
「ううん、なんでもない」
恋愛のイメージがない西濱。
そんな幼馴染になら恋愛話ができるかもと考えた穂波。
加えて西濱と大島は友人同士。何度か会話や一緒に食事しているのを見たことがある。
きっと協力もしてくれると思い、彼に大島が好きなことを告げることにした。
まぁ、実際に告げるまでに1ヶ月かかったけど。
彼からの反応は正直穂波の予想とは違く、随分と驚かれた。
西濱の性格からして興味なさげに返されると思っていたから。
「私の恋、応援してほしい。そしたら頑張れると思う」
「・・・分かった」
「ありがとう」
けれど最終的には自分の恋を応援してもらえることになり勇気が出た穂波。
「やっぱり一番頼れるのは啓太だね」
根拠のない自信で前向きになった穂波。
この恋は上手くいく。
『成功』の2文字だけが穂波の心の中に強く刻まれた。
「おはよう啓太」
「おはよう健」
「川嶋さんもおはよう」
「おはよ」
靴を履き替えながら過去を回想してたら、想い人が近づいていたことに気づかなかった。
咄嗟の反応で挨拶が短くなる。
少し不自然な反応をした穂波だが、そのことに大島は気づいていなそう。
彼の顔を見ただけで心臓がうるさい。
顔に出さないように必死にポーカーフェイスを意識する。
「そういや健、昨日もあのバラエティ見たの?」
「もち、お前は?」
「見てない」
「オススメしたのに全然見ないな」
笑いながら西濱の肩を叩く大島。
その反応を見るに一度や二度ではないらしい。
「そのうちな・・・穂波は毎週見てるよな」
番組名を西濱に言われ頷く。
穂波も好きな番組で毎週欠かさず見ている。
「お、マジか川嶋さん見てるのか」
「うん、毎週欠かさず」
「昨日の一発目のネタめっちゃ面白かったよね?」
「わかる、あれ超面白かった」
初めて彼と共通の話題が見つかりテンションが上がる。
側で見ている西濱が苦笑いするほど声も表情もいつもと違う。
(この間相談したから話振ってくれたのかな。啓太もたまには良いことするじゃん)
密かに幼馴染に感謝し大島と会話を続ける穂波。
教室に着いてからも会話は途切れず、席の近い二人はホームルームが始まるまで盛り上がっていた。
「こういう話する相手いなかったからマジで楽しい」
「私も」
共通の話題ができた二人は、この日を境に会話が増え親しくなっていく。
そんな二人の様子を遠目に見つめる複数の視線。
視線の先は大島。あるいは穂波。
『恋』を知る者と知らない者。
現状では誰の恋も実らない。
そのまま進むか、別の道に進むか。あるいは三つ目の道を開くか。
今まさにその分岐点に立つ者。
恋が実るかどうかは、その人物の判断に委ねられる。