プロローグ
失恋した。告白する前日に。
視線の先。教室内でキスをする二人。相手は自分の友人。
見ていたくない。心が痛む。それでも視線は外せない。
金縛りにあったように体が固まる。
目の前の光景に理解が追いつかない。それでも二人の関係が特別なことは分かる。
交際していたのなら事前に報告してほしかった。
痛む心に少しだけ怒りの感情が顔を覗かす。
何度目かのキスを終えると満足したように離れる。その瞳はお互いしか見えていないのだろう。
まさに二人だけの世界。まさか第三者が見てるだなんて微塵も思っていないはず。
カバンを持って動き出す二人。
教室を出るようで咄嗟に近くのトイレに駆け込む。見つかると面倒だと思うくらいは頭が回っていたらしい。それに金縛りにあってはいなかった。
なんで二人は教室でキスしている。帰ってから互いの部屋ですればいいだろ。
次第に失恋したショックよりも二人の行動に不満を持ち始める。
教室でするなんて破廉恥。破廉恥だ。
「はぁ…」
ため息を吐き悪い感情を外に追い出す。代わりに目一杯息を吸うが芳香剤のにおいがキツく顔を顰める。
そのまま体内で恋愛感情を消してくれないだろうか。そうすれば二度と失恋せずに済む。
そんなわけの分からない考えに至るあたり、自分はしっかり失恋したのだと思う。
手洗い場に設置された鏡に映る自分。これが数分前に失恋した人間の顔。
日頃と何も変わらない。全くと言っていいほどに。毎日見ている自分が思うのだから間違いない。
逆に変わっていたのは二人の表情。自分と会話する時には見せない、いつもと少し違う笑顔。恋人にしか見せない表情というものだろうか。
くだらない。自分にだって見えた。くだらない。羨ましい。
二人の話し声が次第に遠くなっていく。そのまま階段を下りる内履きの音が聞こえ廊下に出る。
音がする方を見つめるも人の姿はない。
そのまま後を追うように踏み出そうとした足を教室へ向ける。
予想外のイベントに遭遇し本来の目的を忘れるところだった。
自席に向かい机の中からスマホを取り出す。
これのせい。もしくはおかげで失恋した。
スマホに向けていた顔を動かし例の場所を見る。
失恋発生地点。立ち入り禁止区域。
唯一の救いは今日でこの教室とお別れ。助かる。でなければ明日以降そこだけ避けて生活する必要があった。
「好きだったよ」
現在進行形から過去形に変わった気持ち。
誰に聞かれることもない愛の告白。
この恋愛は告白を前に幕を閉じた。