第九話 お引越し
「似合い……ますかね」
「超、似合ってる! 服のサイズも、ばっちり!」
マスターに、褒められてしまった……。
「今日蟹守休みだから、栗原と私の二人で働くわよ」
「理由は?」
「いや……、休みに理由なんかないでしょ。大丈夫。難しい仕事はさせないから」
私の配属先は、主に清掃。
テーブルの掃除と、食器の後片付け。
慣れると楽しいもので、休憩時間は飲み物もついてくる。
「栗原、毒見してくれる?」
「毒見……ですか」
「試作品なんだけど、試しに食べてみて」
マスターが出したのは、かぼちゃケーキ。
一口食べると、ほんのりとかぼちゃの甘みが口に広がる。
「おいしい……です」
「蟹守に食べさせたら、微妙だって言われたんだけど」
「理由は」
「生地がパサパサしてるって。蟹守はしっとりさせた方が美味しいって言うし、栗原はそのままでも良いって言うから……」
私の不用意な発言で、マスターを悩ませてしまった……。
「……まだ先だから、いくらでも改良の余地はあるんだけどね」
「お一人で作られてるんですか」
「いや、時々蟹守も手伝うよ。私一人で厨房やったら、店潰れちゃうし」
マスター一人だと、本当にありそうで怖い。
「開業して2年になるけど、出来に関しては未だに不安が残るんだ。お客さんが食べてくれるのは店側としては嬉しいけど、個人店となると、キープを取るかその先を取るかの二択になるでしょ。本当は向いてないんじゃないかって落ち込むこともあるけど、その度に蟹守に支えられたんだ」
「……世話焼き、ですものね」
「彼女と色々あって大変だったのに。私なんかの世話も焼いてくれてさ。今思うと、あれが分岐点だね」
あの頃を懐かしむように、マスターは目を細める。
その先には、ミミズクを象った壁時計。
「毒見、ありがとね」
「いいえ。いつでも毒見させてください」