第六話 人魚の鱗
昨夜は、栗原さんが好きなものを作ってあげた。
これが最後の食事になるだろうし、私もその先を望んでない。
栗原さんをベットへ運び、何もすることなく、自室へ行く。
「人魚の鱗」が入った瓶のみを手で持って、一人海へ行く。
蓋を開け、ひとつずつ通して。
「人間」だから、地上で呼吸するのが苦しくなって、海に入る。
海に入ると呼吸が楽になり、下へ下へと下降していくうちに、深いところまできてしまった。
そこで本物の人魚を見たが、彼らは私を敵と見なし、石を投げてきた。
「くるんじゃねえ! 人間の分際で!」
「私たちの仲間を騙して、ここまできたのよ! じゃないと、ここまで辿りつけない!」
呼吸が上手くできても、脚がひとつになったわけじゃないから、彼らの仲間にはなれない。
血が出るほど石をぶつけられたあげく、屈強な戦士に捕まって、牢屋に閉じ込められた。
ここでは何も与えられないし、死ぬのを待つだけ。
……栗原さんに、何か言っておくべきだったかな。
でも恥ずかしくて、何も言葉にできない。
最期くらい、ちゃんと言葉にできれば……。
「……相楽さん!」
聞き覚えのある声が、近付いてくる。
栗原……さんの声。
「今、助けますからね!」
「栗原さん……、どうして」
猛スピードで海中から出ると、栗原さんの脚はふたつになった。
「……知ってたんですか」
私は頷く。
「……知っていて、置いてくれていたんですか」
それにも、私は頷く。
「……でも、生かされた。明日から、また仕事しなきゃならない」
「……相楽さ」
「私……、死のうとしてたの」
栗原さんが助けにこなかったら、私は死ねた。
「人間」として生きていても楽しいことなんか何もないし、異性として付き合ってみても、彼女らの悲しみの意味を知らず、泣かせてばっかだったから……。
「……だから、もう関わらないで」
「なん……で」
「栗原さんだって、ほんとは私のこと嫌いでしょう?」
話すことすら、しんどい。
至るところを擦って、話す度に傷が滲む。
「……見放したりしませんよ」
私の両手を包み込んで、栗原さんは微笑む。
「それに、私もあと何年か後に死ぬので」
「脚の代償で?」
「? はい」
いやいやいや……。
こんなの、笑顔で語ることじゃないでしょ……。
「何年か後に死ぬ」と言われて、「あ、そうなんですね」なんて言えない……。
「だから、諦めないでください」
「……でも、栗原さんは先に死んじゃうんでしょう……」
「私じゃなくて、蟹守さんを大事にしてあげてください」
「いや、あいつは……」
「あの方は良い人です。私より、相楽さんのことを大事にしてあげられます」
……そうは、思わないけど。
「だから、諦めたりしないでください」
「……私が好きなのは蟹守じゃなくて、栗原さんなんだけど」
口にするだけで、おこがましい……。
「い、いやいやいや、好き? 今、すきって言いました? えええ……」
「あと、数年は生きられるんでしょう? 人魚やめて人になるぐらいだから、覚悟決めてんでしょ」
自らの「寿命」と引き換えに、「脚」を手に入れるなんて……。
私もこのくらいの覚悟があったら、上手くやれたのかな。
「い……、家から救急箱持ってきますね。相楽さんは、ここで待っていてください」
風のように消える栗原さん。
栗原さん。
前々から思ってたけど、足速いな。
「救急箱」も、すぐ持ってきたし。
「だ、だめです! 自分で手当てなんか……」
「平気。血だらけだけど、なんとか動けるし」
「だめですって! 蟹守さん呼ぶので、安静にしててください!」
ほんとに呼んだし、ほんとにきた。
自殺未遂して二人から説教されるくらいなら、誰とも関わりを持たず死ねた方が……。
「……あと、何回書けばいいの」
「あたしがいいと言うまで」
「はいはい」
生きるって、めんどくさい事の連続だな。