3 私の婚約者の異変
あれからマリアの婚約者であるカルンが例の令嬢と逢引きしている様子を見ていないのか、元気になったマリアと共にアリエスは校内を歩いていた。
目的は久しぶりに婚約者に会うためだ。
アリエスは婚約者であるカリウスと最後に顔を会わせたのは、カリウスが学園へ入学した二年前が最後。
一年間手紙でやり取りしていたとはいえ、アリエスが入学して一度も顔を会わせることもなく、手紙のやりとりもしていなかった。
だからこそ久しぶりに顔を会わせるために、アリエスはカリウスが在籍している騎士クラスへと向かっていたのである。
そんな中淑女クラスと他クラスをつなぐ渡り廊下を歩いている最中、アリエスは見慣れた体格の男性が視界に入った。
アリエスの婚約者であるカリウス・プロントは、十二歳という若さで将来を期待されるほどの実力を持った将来の騎士だった。
伯爵家の出身でありながらも、王太子の護衛騎士候補として声がかかる程である。
だからこそ同年代の男性と比べ、とびぬけて鍛え上げられた肉体は目を引いた。
アリエスでなくとも、体格を見てカリウスだと気付くほど制服越しの筋肉がよくわかる。
そんなカリウスは手入れされた花に囲まれたベンチに座り、アリエス自身もあまり見ることがなくなった屈託のない笑顔を浮かべていた。
勿論一人ではない。
カリウスの隣にはピンクブロンドの女性が座り、同じように笑みを浮かべていた。
膝丈が基本の制服の裾をはしたなく上げ、その短いスカートを気にすることなく座っているから白く細い腿と膝が丸見えだ。
アリエスとマリアの目には、だらしなく鼻の下を伸ばしているカリウスの姿が映る。
「……あ、アリエス様…」
マリアはハッとした様子で隣に並ぶアリエスに視線を向けた。
一方アリエスは怒ることも悲しむこともなく、はぁとため息をついている。
まるで面倒だと言わんばかりのアリエスの態度にマリアは首を傾げながら「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「ええ……、それよりもカリウス様がどんな意図で他の令嬢と二人っきりであっているのかがわかりませんの」
婚約は家と家を繋ぐ縁、そして利益の為に結ばれた契約なのに、と呟くアリエスは本当に不思議そうに首を傾げた。
「それとあの令嬢ですが、マリア様がみたという女性なのでしょうか?ピンクブロンドの髪色をしていますが…」
「あ、はい。背格好は同じです。ただ顔は私が見た時は見えなかったので、同一人物かはわかりませんが……」
マリアの答えにアリエスは「そう…」とだけ呟く。
「……どうやらエリザベス様に協力していただいたほうがいいかもしれませんね」
「エリザベス様に?」
アリエスは頷いた。
「恐らく殿下は彼女のこのような一面を知らないのでしょう。だから私たちに対して“心を広く持つように”と告げられた……、ですが私たちは婚姻を約束した婚約者です。他の令嬢と二人っきりで会うことがどういうことかを理解していない彼女のことを殿下に伝え、マナーを知ることを理解してもらわなくてはなりません」
「アリエス様……、はい!そうですね!」
マリアは目を輝かせて頷いた。
手を握り気合を入れたマリアはやる気に満ち溢れ、アリエスはそんなマリアを見て口角を上げて微笑んだ。
カリウスに会う気がなくなったアリエスは淑女クラスへと戻るために踵を返す。
騎士クラスに向かう用もなくなり、別のクラス―一般クラス―に向かう用事もなかったからだ。
「アリス!」
だがそんなアリエスを引き留めたのは一般クラス棟から現れた一人の男性の声だった。
家族だけが呼ぶアリエスの愛称を呼ばれ、咄嗟に振り向いたアリエスは男性の姿を視界に入れる。
焦ったような様子の男性は、輝く銀髪の髪の毛を靡かせながらアリエスに向かって駆けていた。
男性の海のように濃い青い瞳がアリエスだけに向けられ、まるで吸い込まれそうな気分にさせられたアリエスは小さく呟く。
「……ユン?」