16 心強い?協力者?
「……アリスは、婚約者の男に好意を抱いてはいないの?」
ぱちくりと目を瞬くユージンはアリエスに尋ねた。
アリエスはそんなユージンの表情も可愛いと感じながら頷く。
「うん。カリウスとは七歳の頃に婚約したんだけど、当時は優しかったのに今はまるで男友達に対する接し方……みたいな感じで、この人どう考えてるんだろうって思っていたところなの。
まぁ友人としてなら不満はないから、友達のような夫婦って感じでもいいかなって思って敢えて誰かに言ったりはしてなかったんだけど。だから好意もないから婚約破棄しても未練はないわ」
アリエスの調査をしてアリエスが七歳の時に婚約したことを知ったユージンは、それと同時に相手の男と仲がいいという情報も仕入れていた。
ユージンとアリエスが初めて会った時の様に、手を繋ぎ合い楽しく過ごしていたのだろうなと考えると嫉妬もしたが、小石を投げつける子供たちとも遊ぶアリエスが誰かと不仲になるなんて想像も出来なかった。
だから仲がいいというのは当たり前で、五年も婚約関係を続けていればいい関係になっているのだなと思っていたのだ。
今、急に現れた女にアリエスの婚約者が惚れこみ、関係が悪くなっているだけで、それまでは良い関係を気付いていたのだろうと考えたからこそ、アリエスには男に対しての気持ちもあったのだろうと思っていた。
だがそれを否定されたユージンはぽかんと口を開けてアリエスを見ていた。
そして、吹き出す様に笑う。
「アハハ!!!そうか!そういうことなら安心したよ!!」
「安心?」
突然笑い声をあげるユージンに驚きながらも、アリエスは尋ねた。
「ああ。話を聞いている限り、アリスの婚約者は他の女に惚れているようだからね。アリスを大事に思っている僕としては、アリスがいるのに他の女に現を抜かす輩が婚約者だってことが許せないんだ」
“カリウスが惚れている”と告げたのは、アリエスにカリウスが元に戻る可能性を考えなくさせる為だ。
といっても、アリスと出会う前から婚約者の女性としてアリエスに接していないことから、アリエスとカリウスの心の距離が深くなることはないと考えられるが、念には念を入れてユージンは言葉を選ぶ。
そんなユージンの心を知らないアリエスは気が抜けた返事をしていた。
「え、ええ……」
「だから、アリスの今の婚約はなくす方向で動こう。でも安心して。君が婚約を解消したら僕がすぐに申し込むから、相手探しには困らないよ」
まるで今日の朝食の話でもするかのようにあっさりと言葉を告げたユージンに、アリエスはぽかんとした表情で立ち上がったユージンを見上げた。
そしてユージンが何を言ったのか、理解した時顔を真っ赤に染める。
それはもう顔でお湯が沸きそうな程に真っ赤に染めあがっていたから、ユージンはくすくすと楽しそうに笑っていた。
だが冗談だとは思うことが出来なかった。
ユージンはベンチに座るアリエスの前に立つと、白い制服が汚れることも躊躇わず膝をつき、アリエスの手を取って唇を落とす。
柔らかく温かい唇が手の甲に軽く触れたまま、ユージンはアリエスを見つめた。
「僕にとっても折角のチャンスだ、全力で助力させてもらうよ」
手の甲に唇が触れた状態でユージンが喋るため、アリエスはユージンの吐息をもろに意識した。
アリエスにとってユージンの顔面はかなりドストライク。
そんなユージンが色気を纏わせ、そして吐息を吹き付ける(?)のだからアリエスとしては心臓が忙しく動いても仕方のない事だった。
そしてユージンは呆然と見上げるアリエスの耳元に顔を寄せると、「それじゃあ、アリスは他の令嬢たちにも婚約関係をどうしたいか聞いておいて。僕は聖女に纏わる話を調べてみるから」と囁いた。
ゾクリと身震いするほどの色気ある声色にアリエスは本当に同い年なのかと思いながら、生唾を飲み込んだ。
吐息がかかった耳を手で押さえ、ユージンを見ると既に遠く離れた場所にいてアリエスに対して手を振っている。
心強い協力者を得たアリエスは、今後どうなっていくんだろうと、期待に高鳴る胸を制服の上から抑えたのだった。