第一章:俺は「クソ野郎」なのか?
33歳独身男性。都会の喧騒の中では、さほど珍しくもない肩書きかもしれない。けれど、田舎の、星が降るような静かな夜空の下に帰れば、「まだ結婚しないのか」という、言葉には出されないけれど、ひしひしと感じる無言の圧力に、いつも肩身が狭くなる。いや、実際、物理的に肩が凝るほど、その空気は重い。ああ、人生、どこでボタンを掛け違えたんだろう。こんなはずやなかったんやけどな……。
最近、心の奥底に澱のように沈んでいるもやもやは、三週間前の、あの部署の歓送迎会に端を発している。あの夜、酒の勢いに身を任せて、まさか福原さんに告白してしまうなんて。今思い出しても、顔から火が出る。
ああ、なんで、ただの「推し」という、安全な距離に留めておけなかったんや。福原さん。そう、俺にとって、彼女は手の届かない、夜空に輝く星のような存在やったはずやのに。なのに、あの夜、アルコールの力を借りて、うっかり口走ってしまった恋心は、これまで以上に、いや、これまでとは比べ物にならないくらい、本気で彼女を手に入れたいという、どうしようもない衝動に変わってしまったんだ。
おまけに最悪なことに、あの日は、初めて福原さんに同棲している彼氏がいるって知った、衝撃的な日でもあった。だからこそ、余計に、「好き」という気持ちを、なりふり構わず、本気で伝えざるを得亡くなった。適齢期の、魅力的な女性が、大切な彼氏と同棲を始めるなんて、それはもう、結婚へのカウントダウンが始まったも同然やんか。本気で彼女が欲しいのなら、今の彼氏以上の、圧倒的な「好き」の物量で、彼女の心をこっちに振り向かせるしかない。あの時の俺は、そう、愚かにもそう信じ込んでしまっていた。
普段なら、どれだけビールを煽っても、頭がぼんやりとすることはあっても、思考回路が完全にショートすることなんてありえないのに、あの夜は一体どうしたんやろ。飲みすぎたのか。それとも、これまで、遠くから眺めることしかできなかった、憧れの福原さんと、生まれて初めてあんなにも至近距離で言葉を交わしたことで、心臓が文字通り蜂の巣になったからか。きっと、両方やろうな。歓送迎会という、ある意味お祭りみたいな空気の中で、周りの連中には、笑いのネタ、あるいは最高の酒の肴を提供できたかもしれん。でも、新しい仕事でただでさえキャパオーバー気味だった福原さんに、これ以上ない、最悪の余計な負担をかけてしまったことを、今の俺は、激しく後悔している。
「33歳がする後悔ちゃうって?」
そんなことは、痛いほど、わかっとる。でも、本気で、本当に心の底から恋に落ちてしまったたら、理性なんてものは、まるで制御不能な暴走車みたいに、急降下して、自分で自分を制御しきれなくなるもんやろ?
そんな、思春期の熱病みたいな経験、実に20年ぶりだった。恋に落ちた時の、自分自身の操縦マニュアルなんて、もう二度と使うことはないだろうと、完全に油断して、余裕で捨ててたよ。思春期の頃みたいに、何か一つでも、寝食を忘れて打ち込めるようなものでもあれば良いけど、これといって熱中できる趣味もない。仕事は、元々、自分のキャパシティを遥かに超えるほど打ち込みすぎてて、これ以上、出力を上げることは、物理的に不可能。あかん、もう、完全に、お手上げ状態。




